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5 Oct.2007 / 11 Nov.2009
船旅の本質かもしれないこと。もう少し深く 考えてみたこと。
 

列車と飛行機の違いのように、 クルーズも船という特質であるから、それなりに普段と違う思いを抱きました。

個人的な感傷で、あまりまとまっていませんがが、そのとき思った貴重な感慨なので、記しておきます。
 
 
 

港湾都市に正面入り口から訪れる。古の旅行者・貿易商人に思いをはせる。
ナポリの正面
寄港するのは、だいたいが、古(いにしえ)から 港湾都市として栄えた町です。

つまり、港を中心に町がすりばち状にさかえ、港から町へはアクセスがよく、港付近に広場や市場が集まり 教会もあり。沖あいからみる都市風景というのが、「正面入り口」「顔」 であったのだと いまごろですが、思い知った次第です。
 

それに気づかされたのは、ナポリであり、ヴァレッタであり。遠くからみつめるうちに、なぜ王宮がここに配されてあるのか、要塞が、広場が なぜここにあるのか、どうやって 船を迎え入れながらも、侵略・攻撃から身を守ろうとしたのか、平面の地図で無機質に見知ったつもりになっていた町の配置の意味が、形になり、 支配者たちの意図が、むくむくと立ち上がってくるようでした。
 

あたりまえですが、見はらしのよい台や城は 観光や絶景のためではないこと。こうやってきた船を 遠くから 敵か見方か見分していたのでしょう、その緊張感が いまは兵も王もいない建物からも伝わってきました。

ナポリが、世界三大美港といわれるのは、たしかに本来、上から見た縮図かもしれません。でも私にとっては、この正面からの顔で十分納得。降りてみると、きれいでもない大阪みたいな町なのに、この朝焼けのナポリの崇高さと気品と そして、その威厳は、ひれ伏してしまいたいほどのものでした。
 
 

 

ヴァレッタも、あの城壁、物見台の配置や役目など、海側からみて 堅牢さがひしひしと伝わってきました。要塞都市といわれる由縁。 そして 神戸や大阪でも入らないギガシップがやすやすと着岸できる、地中海屈指の天然の良港といわれる実力。いずれも「体感」できました。
 

都市 対 海、 都市 対 都市、 歴史上の権勢のぶつかり合い、 地中海における海路と重要港湾都市の権勢のようなものを、今回船で入出港することで、肌身にびりびりと感じた次第です。

 

40分ぐらいかけて港に近づいていくというのは、なんとも筆舌につくしがたい感動です。

うまく伝えられないのがもどかしいのですが、いわば、真正面から艶然たる美女と向かい合うような。とっておきの銘酒を 夜間に一人で開けて グラスについでしまって口をつけるときのような。なんともいえない 背筋がぞくぞくするような 感動があります。これは、ちょっと島へ渡るとかいう短時間のクルーズでは あじわえなかったものです。
 

皆さんは、はじめてパリ、シャンゼリゼにいったときの興奮を覚えておられますか? はじめて欧州の町並みをみたときの信じられないような感動を 覚えておられますか? 

今回、ひさかたぶりにこれに似た つかみどころのないような大きなものを味わうことができました。(これでハマるのかもなぁ・・・)

 


船からの入市というのは、歴史的に商人や移民なども通ってきた道でしょう。今回、どの本にもよく書かれているところの、「古くから貿易港として交易が栄えた云々」 を、身をもって体感した思いです。多くの船を迎え入れる設備がある都市、その強み、威容。都市の威勢を 外国船にしらしめるせいもあったに違いない、建築。市内に外国公館が立ち並ぶ意味。いままで港湾都市・貿易都市という意味を 本質的にわかっていなかった。自分に呆れました。
 
けして貿易商船ではありませんでしたが、こうやって遠くからやってきた船を、いかに市民は歓迎しただろうか、載せてきた異国の産物を高値で買い取ったであろう有様など、ありありと追体験したような、シンクロしたような、微妙な心持がしました。
 

 

忘れていたもの
バルセロナ港にて。帆船(tall ship)と コロンブス像のある柱。

湾内をたどるクルーズとも違うのは、沖から徐々に近づいて 風景がどんどんと大きくなることでしょうか。

古の冒険者たち、商人たち、移民たちは、あそこだ!見えたぞ!着いた! という新鮮な感動とともに、安全な旅に安堵し、航海の終末にほっとしたのでしょう。
 

今回 ゆったりと入港を見続けることで、 効率とか成功とか、いかに長時間見るか、沢山見るか、目的のものを制覇するか、とかいうタガがはずれ、 気分が すぅっと 楽になりました。
 

飛行機、どんどん早くなる土地を切り裂いてまっすぐ走る高速列車、寝ていてどこを走っているのかも分からない、地図をたどることもしなくなったバス ----。気が付けば 自分は 旅、つまりはその町へむかって動いていくということの過程を忘れていたかな。

日の出、波、風、雨を 伺いながらの旅。時刻や分にくくられない旅。静かな海や おだやかな天候を 誰かに感謝する旅。

最近の世の中では、ついつい「移動」と 義務的な範疇におしやりがちな道中ですが、実は「旅」そのものであったわけです。

大事な忘れ物を拾ってきました。


 
 
 
 
観光の質の違い ・・まったり のんびり 欲張らず 自由に。時に応じて。
大きな違いは、やっぱり1都市の滞在は半日〜1日こっきり。(バスツアーよりは長いかもしれない)これは泣いても笑っても仕方ありません。

乗船下船は列車のようにはいかないので、30分〜1時間みておきます。(大きな町だと、船が募集したエクスカーションツアーの下船者が優先されます)

船は出る30分前が「門限」です。なにせ 乗り遅れると「お宿が荷物ごと 行ってしまう(笑)」ので なれないうちは、けっこう緊張感がありました。船で頼むエクスカーションツアーでない場合、復路は常に気にせねばなりません。ま、最悪はタクシーで走ればいいのですが、遠方まで出るときは うまくいかない場合を仮想して、無理をしないよう気をくばりました。

ただ、寄港地には、同じ船のお仲間(乗客)が 「わらわら」 いて、最悪の場合、タクシーに乗るとか、お互い助け合うとかで、なんとかなりそうです。

「いっぱい見てまわりたい欲」が減退してきた年代でもありますが、船のおかげで航海中にほどよく「休暇気分」がすすみまして、中盤から 「ま、いっか」とおおらかになりました。
 

こうして船に「かえる」のも 船員になった気分。

ただ、街の思い出は、全体像・風景が 非常に強く脳裏に焼きつきますので、短すぎた・不満ということはありませんでした。不思議なものです。

長いこと乗っていると、船が我が家のように思えてきます。 「また来たいね」「今度は・・・」「わたしはこの港が好き」など、楽しい思いにつつまれて、船に「帰り」ました。

後ろ髪を引かれながら、空港バスで空港へ向かうのとはちょっと違いましたね。

各国の名だたる名港をつないでいますので、 気に入ったから今度はここに来よう。今度はあの城に登ろう。夢が膨らみました。
 

 

たとえ船にちゃちなアクティビティがなかったとしても、 風光明媚で 珠玉のような都市がならぶ欧州港湾は、相当楽しめることは間違いありません。

今度は マルコ・ポーロだとか貿易商人の伝記や日記のようなものを読みながら乗ってみたい、そして、オスマン・トルコの大軍に包囲されながらも城砦を守り抜いたあのヴァレッタの戦いについても、読んでみたいと思いました。
 

クルーズは 観光地や美術館による時間はさすがに少ないけれど、 海や土地の歴史、地形を体感できる、「旅の2時間目」といえるかもしれません。
 


 
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