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| N74に乗ると今回の目的地の一つ、ヴォーヌ・ロマネまでは一直線。
だんだんとぶどう畑が見えてきて、15:00頃に余裕で到着。・休み中だし有名な村だから結構混むのかとおもいきや、何組か旅行者が散策しているくらいでひっそりだ。
(2004年8月 ちむ様 ) |
| コート・ド・ニュイへ。N74には入らず、D122へ。
ヴージョへ。シャトー・ドゥ・クロ・ド・ヴージョには観光客多数。展示物を観て、売店を物色した後、細い畑道を車で行くと、、、 有りました。ロマネ・コンティ
帰国してネットで見ると37万円から45万円。もっと高いのもあるんだろうな。その後びっくり。91年ものはパリで450万円ですか!? (2003年8月 CALYASU様 )
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| ディジョンからボーヌにかけて、ワイン街道(N74号線)を走り出す頃には雲行きが怪しくなった。雨がぽつぽつ降り出す。それでもブドウ畑にグラン・クリュの看板を見かけると、写真撮影。
本とミシュランの地図を見比べながら、「ここは、ジュヴレ・シャンベルタンらしいよ」などとしゃべっているうちに、ロマネ・コンティの村、Vosne-Romaneeを通り過ぎてしまい、引き返す。 木立の並ぶ赤い道をごとごと進んで、村へ入る。どこを見ても見渡す限りのブドウ畑aBヌれがロマネ・コンティの畑なのかわからないし、雨も大粒になってくる。 私があきらめようと云おうとしたら、夫が「あれだ!」と十字架の塔を指す。降りてみたら、塔の脇の石壁にさりげなく、“ROMANEE CONTI”の文字が。 世界的に有名な場所なら日本であれば、看板だののぼりだのたちまち俗っぽくもなりそうだけれど、そんなの一切なし。人影もなし。なんでも商業化してしまう日本に比べて、このそっけなさが小気味いい。 「この小さい畑だけに、ロマネ・コンティが生み出されるんだねえ」とちょっと感慨にふける。6千本くらいしかできないそうです。 (2003年6〜7月 tomyuki ce様)
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| 目指すは、ロマネ・コンティの畑。
辺りはどんどん暗くなっていくが、私達の車は快調にぶどう畑の間を走り抜けた。途中、ニュイ・サン・ジョルジュの村が、少しだけ賑わっていたが、寄り道はせずに、目的地へ向かう。
村の教会の近くにバス停のような小屋があり、そこにヴォーヌ・ロマネの畑地図があった。
目的の畑名のボタンを押すと、地図上にランプが点く。ロマネ・コンティの畑がどこにあるかは、すぐにわかった。この暗い中を徒歩で散歩する勇気はなかったため、車で移動した。 夜なのに、同じような観光客はいるものだ。
私「これって、ロマネ・コンティの畑に来たってことになるの?」
真っ暗な同じ道をたどって、ボーヌに戻った。でも、全く食欲がないので、夕飯という気分ではない。ワインを買って、夜間戦闘して、早々に宿のあるソーリューに向かうことにした。
(2002年12月 azumi@az様) |