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Fontaine-de-Vaucluse フォンテーヌ・ドゥ・ヴォークリューズ

(フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズ、 ヴォークリューズの泉)

updated on 4 May 2006
 

アクセス

アヴィニョンから20km
車手配、または ツアーなどが便利。

川がすがすがしいので、プロヴァンスの乾いた?!村めぐりに混ぜると コースに起伏がでる。とくに春〜秋は
涼しげ。

年間でかなり水量が異なる。

世界最大の湧水量を誇る水源。何度も潜水調査が行われているが、いまだに途中までしか分かっていない。

欧州ではかなり有名で、年間100万人以上の観光客を集め、宿、レストラン、土産物屋など一通り。


ツアー
 

プロヴァンス発着ツアー 参照


2006/6/24〜6/25


観光局  リール・シュル・ラ・ソルグの観光局が管轄
 

Place de la Liberte, 84800 L'ISLE-SUR-LA-SORGUE
http://www.oti-delasorgue.fr/

 
 

Phohoshi no anty

(子供向け?) = 子供にはむかないかも

(所要時間) = 小さな町で、30分〜1時間くらいで町の端から端を歩けます。

(印象的だったもの) = 川の水は本当に透明度が高く、昔から水車と川の水を使って紙を作っていて、ちょっとした資料館があったり、その土地で作られた紙を売っていた。

(その他) = 町の名前の通り、町には本当に綺麗な川が通っています。町の端には泉があり、そこが川のスタート地点です。泉は底がないと言われていて(崖に囲まれた形)、雨が降り大地を通った水が、その泉にたどり着くようです。

季節によって泉の水量も下流へと流れる水量も変わり、私が行ったときは全く水が流れていませんでした。(途中から水がながれていましたけど・・)
 
季節によってはものすごいしぶきを上げて水が下流へ流れていくそうで、何回か来ているといっていた同行者も、泉の水量の少なさや流れていない事に驚いていました。

他の地域に比べて、ちょっと肌寒いけど、どうやら欧州の人にはとても人気の場所らしく、沢山の観光客がやってきていました。ここは、本当にお奨めします。是非、寄ってみて欲しい場所です。
 

(2005年5月 Meg_bluesky_Toulon様)
 

Photo by hoshi no anty
ご存知、ものすごい泉湧量をほこる、泉だ。100年以上も潜水調査がなされているが、まだ奥がわからないというからすごい。 

日本人にはほっとする、ざぁーっという、水音が聞こえる。あぁ! 木陰と水! 
  
花咲き乱れ、美しいとはいえ、乾いた大地を駆ってきたわれわれは、思わずほおがゆるむ。 
  
春から初夏あたりは湧き出す量が豊富ときいたが、なるほど、強い流れである。透明で、強い日差しにきらきらと輝いている。岸の植物や、流れを眺める人の目も、みな きらきらしている。水というものは、かくも生命を潤すものであると、また思わされる。 
 

エメラルドグリーンの川面をのぞきこむと、緑色の宝石のような色をした藻が、水になびき、京都の友禅染の反物をあらっているかのような風景だ。 

時折、くねった個所では、水がすこし休むかのようによどみ、行き場をうしなった強い流れが、力をもてあますかのように、渦をまいている。 
  
そういうところは、なにか居そうな 深遠な色の、すこしにごった翠(みどり)だ。 

かとおもうと、そこを抜け出した気の早い水は、また川を疾風(はやて)のように駆け下りる。途中の岩とぶつかり、負けまいと水しぶきをはなち、また駆け抜ける。水自体はきれいなきれいな、ガラスみたいな透明である。 

途中、水をもとめてたれさがる大きな木立、むかしのままにおかれた水車小屋(見学できる)、のぞきこむ人々をかるく笑うかのように、水はざぁざぁと、ひたすら下流に、広大な肥沃なフランスの平野に、そして海にむかって、ここから湧き出ているのだ。 
  
そう思うと、なんだか元気がでてくる。原点というのは、おもしろいものだ。 
 
 
 
 

源泉へむかう。道は4人も並べば、肩がふれてしまうような、小さいな道だ。とちゅう、ミヤゲものやが並び、ぞくぞくと人がむかい、そして戻ってくる。 10分ほども歩くと、いきなりぽかんと、それがあらわれた。 
  
深い淵(ふち)だ。 
  
そう、泉、なんてかわいらしいものではない。淵としかいいようがない。絵の具の筆洗のあの色、いろんなものを混ぜてしまったあとにできる、なんだかみどり系、あるいは水色系の、でもにごった不思議な色。 
  
阿蘇の白川の源泉みたいな、ごく透明なかわいい泉を想像していたわたしは、がつんと衝撃をうけた。そんな軽いものではないよ、と風景をなめているワレワレをあざわらうかのような、凄みが、この淵にはあった。 
 

深い。深そうだ。もぐってもまだ底がわかっていない、なぞの淵。 

コバルト色という表現があるが、ほんとに。 

ここから、見えない底からもくもくと、水が湧き出ているのだ。古代の雪水なのか、地中にたまった水なのか? 本でよんだ知識はすでにすっとんで、ただここから湧き出るという、人間には太刀打ちのできない、理解をこえた現象を、ただただ みな 呆然と眺めていたのだ。 
 

周囲は岸壁そのままである。塀も柵もルートもない。かろうじて、少しだけ降りられるような砂地がある。 
でも、がたごとの岩肌をしがみついて、降りねばならない。へたをすると、ばっしゃんと淵におちそうな気配で、みなそろそろと降りている。 

こういったところを、むやみに手を加えてルート化したりしていないところが、すごい。 
たぶん、季節による水量の違い、水かさもあってのことだろうが、、 
 
 

すこしだけ、この水がきているらしい、ヴォークリューズ山地の岩の裂け目をのぞいて、我々には、当然なにもわかるはずがないのであるが、一応のぞく”ふり”をして、みなとりあえず帰路につく。 
 

人間がつくった名所ならば「おお、ここが」と 感極まって、決着がつく。それがいままでの観光であったが、ここはなんだか勝手が違う。 
  
しょうもないといえばしょうもないのだが、人間のつくった価値観・レベルを逸脱した、なにか深遠な神秘な、野生な雄大な、おそろしげな、冷たげな、理解のできない大きなものを感じた。 

ヴォークリューズの源泉は、つくった名所ではない。みなが思っているような、ガイド本が書き上げているような、立派な”価値”はない。とくに風光明媚でナイスショットというわけでも、けっしてない。 
  
ただ、ここが”始まり”なのだ。根源なのだ。われわれには、それしかわからない。人間がすべての自然の一部しかわからないように。それだけの風景なのだ。 
 
 
 

ぱっとみて、しけた水と思う人もいるかもしれない。が、できたら時間をとって、ぼーっとその淵、水をながめてみてほしい。 
  
普段我々が、蛇口をひねり、水道管を埋設して水をムリやり作って・導いていることとくらべたら、なんだかこの淵、そして 地球という星の深遠さを感じられるかもしれない。 

けして誰もバルブをひねってはいない。 

ただ、ここが、世界で最も豊富な水量を誇る、源泉であることを、我々がみても理解はできない。我々は自然を全部頭にいれ、手にいれたつもりだったが、水ひとつとっても、扱えないし、作ることはできない、それだけがわかった。 

この水はやがて川となり、リィル・シュル・ラ・ソルグなどをすぎ、アヴィニョンで法王に軽く会釈をしたあと、あの累々たるローヌ川にいたる。 
 

今、時間がたってこの旅をおっている私に、一番深いヴィジョンをもたらすのは、ほかでもないこの淵の雰囲気であった。

(2001年6月  Chun3)

7月上旬はヴォークリューズの源泉が、涸れ気味。でも下流はなみなみ流れ美しかったので、好きな場所。
(おなすま様)

 
 
 
 
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