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テロ、大規模災害・騒動後に出発するとき 
           15  Mar.2008 経験談追加
 
2001年のテロの3週後、新婚旅行でエジプトに。

テロ前に、新婚旅行は親族の希望(個人旅行は待っている方が不安だからツアーにしてほしい)で日本旅行のパックツアーに申し込み。

旅行3週間前にテロが発生。テロ直後はツアーや飛行機がキャンセルになったので旅行に行けるか不安でしたが、私たちが申し込んだツアーはキャンセルにはなりませんでした。
 

旅行に行くのを止めなかった理由

 
・行き先がアメリカではない。
・テロ後も外務省がエジプトの危険度を上げなかった。
・旅行会社がツアーの催行中止をしなかった。
・テロ後、一定期間が過ぎ、アフガン空爆前だったので、テロによるキャンセル料免除の措置が適用されず、キャンセルすると通常のキャンセル料がかかる。
・パックツアーなので、何かあれば旅行会社が対処してくれる。
・エジプトとアフガニスタンは地理的に離れている。エジプトとアフガニスタンは近いから危ない、と勘違いしている人が周囲に多かった。エジプトはアフリカ大陸で、アフガニスタンはパキスタンの隣でインドの近くだよ、と説明すると、結構みんな驚いていた。
・テロ対象はキリスト教圏である(主にアメリカや欧州)
・使用する飛行機がエジプト航空(さすがに同朋は狙わないだろう、と推測)

旅行中に気をつけたり、気づいたこと

 
ホテル
・ホテルで時間があっても自由行動は控え、むやみに街中に行ったり
しなかった。
・安全を考慮して、旅行会社が中州のホテルを用意してくれたので治
安の不安はなかった。宿泊客は欧米系の人ばかりでした。日本人は私た
ちだけ。
 
観光客
・現地では、日本人は日本旅行の私たち4人とJTBの団体さん(20人ぐら
い)しか見ませんでした。
・テロ対象だと思われる欧米系の観光客は大勢いました。テロに関係
ないと思われるアジア圏の人は自粛したようで少なかった。(これが一
番印象的でした)


エジプト

・エジプト国内では特にテロでピリピリしたような雰囲気は感じられなかった。どちらかというと、迷惑しているような感じでした。
・時期が時期だったせいか、空港などでエジプト人で英語が話せる人に「今回のテロについてどう思うか」とか、「日本人は原爆落とされたのに、どうしてアメリカに怒らないのか」など、聞かれました。(原爆に関しては、この時期じゃなくてもよく聞かれるらしいのですが。エジ
プトの人に言わせると、とても不思議なんだそうです)
・現地のエジプト人のガイドさんや観光に携わっている人たちは、テロの影響で観光客が減って仕事が少なくなることを心配していた。


飛行機

・日本からエジプトの飛行機はがらがら(400人弱乗れる飛行機に60人ぐらい)でした。対照的に、エジプト国内の飛行機(約100人乗り)は、ほぼ満席でした。(計4回利用しましたが、4回とも)
・旅行中、テロの影響でJTBの団体さんが利用していたスイスエアーが倒産した。(無事に帰国できたようです)
・旅行の最終日にアフガン空爆が始まってしまい、外務省から退避勧告が出た。これに関しては見込みが甘かった、と反省。その影響で、帰りはエジプト航空からトルコ航空に変更になり、カイロからイスタンブール経由で関空への帰国となりました。
・カイロからイスタンブールへ行く飛行機で隣に座った、個人で来ていた日本人女性は帰りの飛行機が取れず苦労したそうです。その点、非常時には旅行社が手配してくれるので楽でした。
 

「パックツアーは非常時には旅行社が対処してくれる」と、いう安心感や上記の理由のため、旅行に行くことに特に不安はありませんでした。やはりこういう場合は、本人達よりも会社や家族の方が心配していま
した。

もし、個人旅行だったり、行き先が欧州(特に英国)やアメリカなどなら、旅行を中止していた、と、思います。
 

(2001年 羊のどんざえもん 様)

同時テロ(2001年9月)の翌年の5月に 新婚旅行で アメリカ東海岸にいった
(その5月はちなみに日本でサッカーのワールドカップがあった)
 

航空券の手配を テロ後の2001年12月ぐらいに考えたわけですが。直後で現地も混乱しており、状況は刻々とかわりました。

周囲も心配しますし、現地の状況(観光スポットもしまったり、現地移動手段も運休した)がわからず判断には困りました。

さらに、自分の旅程が 見事に アメリカ大統領の訪問地・重要行事と重なり、え〜っということに。(N.Y.グランド・ゼロでの式典や アーリントンの年一度の式典と重なりました)まぁ非常警戒状態。なにかヤられるかもしれない、という状況でした。

が、とりあえず 下記のようなことを考えて手配しました。
 
 

 
・ホテルに連絡をとって状況を確認した。

・VISA,JCB、ダイナースなど使えるカード会社の現地事務所に
事前に連絡をとって、状況や非常時のサポートについて相談(確認)した。

・親族も心配するので、なにか不安要因があったら即刻行き先か時期をかえる、と自分で 決めておいた。(こうすると気持ちが楽になります)

・保険の内容は確認した。ただし当時最初はテロ・騒乱は一切カバー不可だった。
が、そのあとSARS騒動のときは、一部を負担するような保険商品も後発で出始めましたから、市場も成長していくようです。

・航空券は 直前でもキャンセル料の安いもの(正規個人割引)にした。
(といっても ANAで5月のGW後だったため
伊丹-成田-D.C.-N.Y.-成田-伊丹で 正規で6万円強だった・・・6食もついてるのにねぇ)

痛かったのは 客激減による 航空便スケジュールの変更。関空発 北米いき各社が 減便・運休したのがいたかった。春のスケジュールなどを問い合わせし続けた。(復旧の見込みがなかったので、成田経由に)

・当然 親族や同行者の希望で、日系エアラインにした。当時アメリカ系の航空機テロが再発する、といううわさもあったため。だが、結局出発までに今度は日本発着の航空機がねらわれているとかいう噂も流れて、もうやってられなかった(笑)
まぁ補償の高いところにして お葬式代にしてもらおう、現地で日本語で状況がわかるだろう、程度。
 

・ホテルは 中心部の、ある程度の大型ホテルにした。何か足止めがあってもホテル内で平和に快適に暮らせそうなところ♪レセプション(フロント)がしっかりしているところ。

また、これは防犯とは関係ないが、観光ルート区域内で、巡回観光バスの停留所などが近いところに。(結果的に 交通費がういたし、財布も出し入れしなくてすんだ)

また夕方早く部屋にかえっても窓から楽しめるよう、ビューのよい部屋にした。

いちおう大使館とかその手の近くは避けた。が D.C.自体が政府機関が多いため無意味かなぁとおもった。

・自分のケースでは、それぞれの土地に土地勘があったこと、英語での交渉経験があったこと、そもそもN.Y.+D.C.という地味な商品がほとんどないことから、自然に 個人旅行にしましたが、不慣れな人なら、現地係員や現地代理店がサポートしてくれる主催のパッケージにしたり、振り替え手配などもがんばれる大手のパッケージを利用してもよいかもしれません。

申し込み方法

過去の事例では、大手数社は戦乱キャンセル騒動のとき、臨時でキャンセル料を無料にしたり、フランスW杯の不手際のときはお詫び金も出すなど懐の深さを見せました。(ちなみにその後に たちゆかなくなって倒産した中小代理店多数・・・)

自分が 交渉や言語に不案内な肉親に手配するなら、こういうときは大手のパッケージにしておきます。

背景や状況が違うので、参考になるかわかりませんが、自分が行くときは これだけの想定・準備をしておいたので、腹をくくって渡航できました(ただし やはり日本の家族は心配していたようです)

(2002年 Chun3)


 
 
 
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