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France 治安・防犯・トラブル
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モンマルトル Montmartre
 
             
updated on  /31 Jul.2007 / 1 Mar.2008 増量
ミサンガ押し売り
サン・クレール寺院前の例のミサンガ売り黒人が視界に入った途端、5m先から「えーくすきゅーーずみーー」ときたのには、ある意味感激した。本当にいるんだあと。

その時は反射的に「のーーん、めるしいいーーー!」と叫んでフリクラーレ乗り場までダッシュで逃げた。
(2007年7月 WoyukiChimakiNL 様)
 

人が多かったせいか全然声もかけられず。ただ、手首にミサンガをまかれた外人は見ました。嫌がってる風でも無かった。
テアトル広場でも似顔絵を書きましょうとも言われませんで、多少拍子抜けしました。
モンマルトルらしい石の階段は崩れているところがあったのですが、強行突破で無理矢理降りてしまいました。
 

モンマルトルのミサンガ売りはひどい。このページで予習していったので覚悟していたが、連れ(男性)が英語で「下がれ」となどと相手に言ったら「下がれとか言うな」と逆ギレして、ちょっとどついてきた。

帰り道に彼らと顔を合わせたくなかったので、別の道を探した。ケーブルカーの横の直線の階段はミサンガ売りも全くおらず、しかも雰囲気のいい横道もあり、最初からこちらを見つけて通れば良かった。
(2007年6月 えたろうののし 様)
 

モンマルトルの危なさを事前に読んだが、私(男性)は、全く感じなかった。むしろ、ミサンガや、エッフェル塔などの土産物の行商をやっている連中に哀れさを感じたほど。
(2007年5月/6月 享之助 様)
 

サクレ・クール寺院に続く階段の下側に、メリーゴーランドや滑り台のある、ちょっとした公園があった。その辺りで、ミサンガ売りに遭遇。バックパッカーの女の子が捕まっていて、気の毒だった。私も捕まりそうになり、英語はできないけど態度は万国共通、と「要らない!要らない!要らないって言ってるでしょ!」と手を振りながら日本語で思いっきり嫌そうに断ったら、それ以上はついて来なかった。
(2007年4月 タクテクあるこ様)
 

朝の9時頃はミサンガ売りもおらず、快適。付近にはゴミがたくさん落ちていて汚かった。
(2007年4月 mexicosky 様)
 

サクレ・クール寺院の階段手前にある弧を描いた坂に黒人10人前後が関所を作っていた。「自分たちに危険はないから安心して!」などとうるさく、かなりしつこくとおせんぼしてきた。普通に両肩に触れてきた。手を出すと、ミサンガを編み出し、終了後「我々はアーティストだ。対価の金をくれ。」 もちろん断り続けたが、しつこかった。しかも日本円を要求してきた。

彼らは怒ったそぶりを見せていたが、私も本気で腹が立っていたため、ひたすら「No!」、肩を触ってくるので「Don't touch me !」と怒鳴り声を上げ、相手の肩を突き飛ばした。もちろん突き返されたが。その後、悶着を2、30分続け、彼らはあきらめ、私の腕に付けたミサンガを切って、また観光客をとおせんぼしていた。

あまりのしつこさにお金で解決している人が多かった。白人も被害にあっていた。関所を作っていたら、迂回する事をすすめる。
(2008年2月 マッシュ sam様)

サクレ・クール寺院でミサンガ売りに腕を掴まれた。振りほどいたら舌打ちされた。
女性や東洋人を集中的に狙っている気配があった。
(2007年4月 葛西こーひー 様)
 
 

ミサンガ売りに絡まれた。添乗員と15人くらいのグループで行動していたが、最後尾の私に「ミサンガ、ミサンガ」といいながら近寄ってきた。「ノンノン」と言いながらグループにしっかりついていったため、売りつけられることは無かったが、体を触られ非常に不快な思いをした
(2007年3月 和食のマメ 様)
 
 
 

付近の治安が悪いからか、パトカーが回っていた。その後、いたはずのミサンガ売りが姿を消していた。
(2007年1月 鈍感ポチョムキン様)
 
 

怖かったことは、サクレクール寺院のミサンガ売り。階段の両側にいて降りるのをためらった。結局欧米人カップルの後について、目を合わせないように降りた。
(2006年11月 のんきなちびっこはびびり 様)
 
 

サクレクール寺院のふもとで黒人が「ジャパニーズ?ナカータなんたらかんたら」と言いながらミサンガを勝手に巻きつけてくる。有名な話で、想定内のことなので、私はすぐに追い払ったが、ツレが別の黒人にしつこく付きまとわれた。

間に割って入った私と黒人とで、ちょっともみ合いになったことは、想定外。私は身長180cm 体重80kgと、体格で連中に負けていないのでそんなことができたが、年配や女性だけではそこまでできないだろう。

横のケーブルカーの方には、ミサンガ売りが一人しかいなかったので、年配や女性だけの方は正面から登るのではなく、ケーブルカーまたはケーブルカー横の階段を利用したほうが良いかもしれない。
(2006年10月 どこでも馬 様)
 
 

寺院に登る階段で絡まれた。「NO!」と小柄な私に不釣合いな大きな声で振り払うと、
驚いた様子で後ずさりした。その後も、日本語で「威嚇」しつづけ(この方が逆に怖いだろうと思って、家族にも注意させた。あれが一番気分が悪かった。
(2006年10月 cao半ゼリゼ 様)
 

囲まれた。何とか逃げたがとても怖かった。
(2006年10月 相模鱈子 様)
 

寺院に向かう階段で、黒人の男性がみつあみをする仕草(ミサンガ売り)をしたので、「ノン」と手で払いのけたら「チィッ」と舌打ちされ、にらまれた。
(2006年9月/10月 よりぞう 様)
 

サクレクール寺院で物売りに腕を掴まれ「ももたろう〜」と言われた。一人だったからびっくりしたが、ちょっと笑えた。
(2006年9月 とさいり 様)
 

一番下の階段を上ったところにヒモを持った人が何人かいるのが見えた。おお、これが噂のミサンガ屋ねと直感。同行者にあいつらは完全に無視して、とっととやり過ごすよと言い、足早につぎの階段へ。やつらはノープロブレム、ルッキングとか言いながら近づいてきた。ノープロブレムな人はそんなこと言わないだろ、とか思いながら階段を上る。追いかけてはこなかった。

帰りもまた会うのかとおもうとちょっと面倒。帰る頃には人数が増えていた。今度はリスペ
クトリー何とかとかいいながら一瞬肩をつかまれたが、振り払って階段を下りた。
(2006年9月 鈍感ポチョムキン様)
 

友人がモンマルトルで黒人に囲まれ、ミサンガを55ユーロで売りつけられた。
友人は初パリで単独行動だったので、無防備だったのだと思う。サクレクールの階段を下りてきたら黒人が何人か寄ってきて、いきなりミサンガを腕に巻き「スモールマネー」と言ったので諦めたら「55ユーロ」だというここと。多分私なら走って逃げただろう。もっと周囲に気を配るよう言うべきだった。
(2006年8月/9月 デルフィーヌおばさん 様)
 
 

とりあえず外国人観光客(家族連れ)の後についていった。そしたら、その家族の息子がミサンガ作りに捕まった。
(2006年7月 おりんご様)
 

ふもとのケーブルカー乗り場あたりで、ミサンガを売っている黒人の売り子に声をかけられたが「ノン・メルシー」と言って歩みを止めなければ、しつこく追ってくることもなかった。
( 2006年5月 ベルニーニ61 様)
 

広場や階段に物売りがたくさんいる。気を抜いていると、ミサンガを巻かれて買わされそうになる
(2005年12月 ぴちの休日 様)
 
 

サクレ・クール寺院で(寺院の入り口付近)、いきなり黒人(セネガル人と言っていた。)が日本語で「こんにちは」と話しかけ、ちょいと立ち止まってしまったのが、間違い。直ぐに私の腕をとり、腕にミサンガを作り出した。

作り終えた後、「50ユーロくれ」と言ってきたので、「そんなに払う金はありません。」というと
「財布の中を見せろ」と横にいた仲間の黒人と2人がかりで言い寄ってきた。こちらは周りに警官が居ることも知っていたので、「財布の中身は見せられない。」といい、「2ユーロ払う」といって2ユーロ渡した。作業時間1分程度での作業賃と考えて(こちらは良い気は全くしなかったので、値段はビジネスライクに考えた。)

払い終えたあとは、「さよなら」と言ってその場を去た。

特に追いかけて来るとかの様子もなく、その後目的であった寺院の見学もその後も何のトラブルもなく終えることができた。(ちなみに以上の会話のやりとりは全て英語でした。)
(2005年4月 コンクリート・ジャングル 様)
 
 
 

友人がモンマルトルで黒人に囲まれ、ミサンガを55ユーロで売りつけられた。友人は初パリで単独行動だったので、無防備だったのだと思う。サクレクールの階段を下りてきたら黒人が何人か寄ってきて、いきなりミサンガを腕に巻き「スモールマネー」と言ったので諦めたら
「55ユーロ」だというここと。多分私なら走って逃げただろう。もっと周囲に気を配るよう言うべきだった。
(2006年8月/9月 デルフィーヌおばさん 様)
 

サクレクールの広場の周りには予想以上にミサンガ売りつけ人が多くいた。
No problem、と言っているが絶対プロブレム・・
( 2005年9月 leventdemai 様)
 
 
 

自分達は目もくれず、サッサと通り過ぎたので、近寄っては来なかったが、サクレ・クールの下辺り。ミサンガを巻いては、お金を要求するアフリカ系の黒人が多くいた
(2006年1月 とまけち 様)
 
 

びっくりしたのは、モンマルトルのミサンガ売り。英語でしっかり手を払いのけて答えた。
(2005年3月/4月 yasu7202000 様)
 
 

サクレ・クール寺院へ丘を登っていたら、途中黒人のグループがたむろしており、やってくる人々に次々に話しかけ、何かを売りつけようとしていた。こっちが避けると、黒人も避けた方向に体を移動し、進路妨害をしてくる。こっちの肩をたたいて、止めようとする。強引に突破した。往復2回、奴らと戦わないといけない。
(2005年2月 まっちょんちょん 様)
 
 
 

サクレクール寺院のミサンガを売りつけてくる人。目を合わせたらだめだよ、と言われて
どきどきしながら間をすり抜けた。
(2004年9月 やっちにゃんこ先生様)
 

モンマルトルの丘は、観光客目当ての怪しい人たちがとても多かった。
ふもとでは、ミサンガを無理やり売りつける人。勝手に手首に巻いておいて、後で「取れないよ!」と現金を要求するタイプ。初老のご夫婦が被害にあわれていました。
(2004年7月 さぼてんの華 様)
 
 
 
 

サクレクール寺院ふもとの大階段で座っていて、ミサンガ(昔流行った、刺繍糸で編むブレス)を巻かれて買わされてしまった。

初め、若い男性が、英語で爽やかに話しかけてきて、サッカーの話などしていました。ここで気づけよ!という感じですが、天気もよく、私も中途半端に旅慣れた頃でしたので、警戒心が薄れていた。話している途中に、それはそれは見事な手さばきで、ホンの一瞬で編みあがりました。

「友達だから6ユーロでいいよ」というような事を言うので、一応英語で「頼んでへんのに、勝手にアンタが編んだんやん!」と言い返しました。が、本当にしつこく、仕方なく夫のポケットに入っていた小銭で2ユーロ程渡しました。

暴力を振るう訳でもなく野次を飛ばす訳でもなく、不服そうに去っていきました。私たちは2ユーロよりも、自分たちのマヌケさが悔しかったですが、ミサンガを編む手さばきは本当にスゴかったので、パフォーマンスでも見た「おひねり」だと思ってあきらめました。

「ミサンガ編み」はパリだけでなく、サッカーが人気の国の観光地全部に出没しているようです。ご注意を!!
(サクサクブレッド 様 2004年1月)
 
 
 
 

寺院前。沢山怖そうな男性がヒモみたいなものを持ってタムロしていた。我々を日本人と見るとサーっと寄ってきて、4、5人に囲まれた。体を触ってくるし、多人数に囲まれるとさすがに怖い。何かすごい早口で言っている、夫が怒ってもついてくる。ダッシュで逃げた。
(2004年5月 あぶらやエリー様)
 
 

サクレクール寺院のミサンガを売りつけてくる人。目を合わせたらだめだよ、と言われて
どきどきしながら間をすり抜けた。
(2004年4月 タルトット マロン 様)
 
 

サクレクール寺院ふもとの大階段で座っていて、ミサンガ(昔流行った、刺繍糸で編むブレス)を巻かれてしまった。

初め、若い男性が、英語で爽やかに話しかけてきて、サッカーの話などしていました。ここで気づけよ!という感じですが、天気もよく、私も中途半端に旅慣れた頃でしたので、警戒心が薄れていた。

話している途中に、それはそれは見事な手さばきで、ホンの一瞬で編みあがりました。

「友達だから6ユーロでいいよ」というような事を言うので、一応英語で「頼んでへんのに、勝手にアンタが編んだんやん!」と言い返しましたが、本当にしつこく、仕方なく夫のポケットに入っていた小銭で2ユーロ程渡しました。

暴力を振るう訳でもなく野次を飛ばす訳でもなく、不服そうに去っていきました。

私たちは2ユーロよりも、自分たちのマヌケさが悔しかったですが、ミサンガを編む手さばきは本当にスゴかったので、パフォーマンスでも見た「おひねり」だと思ってあきらめました。
(2002年5月 ゆたぷーぷーわいわい 様)
 
 
 
 

似顔絵
モンマルトルで、似顔絵を描いてもらった。はじめ値段を聞いて、躊躇していたら、
20ユーロ下がった。周囲の相場と比べて、かなり安かった。
(2007年6月 あきもとミン 様)
 

テルトル広場には画家がいっぱい。書いてもらうのもよい記念になるが、やはり画板を持ってウロウロしてる人には書いてもらわないほうがいい。
(2006年8月 愛のブタ様)
 

テルトル広場で家族それぞれが、違った作風の画家に似顔絵を描いてもらった。
(2006年7月/8月 nailoblige  様)
 

ツアーでモンマルトルに。
ガイドの説明によると、絵を描く場所を持っている画家と、場所を持たない画家がいるそうです。場所を持っている画家さんの方が安心と言うことでした。

わたしがカフェの外でコーヒーを飲んでいたら、フリーの切り絵が来て、勝手にうちの息子をモデルに切り絵を始めた。

出来上がりが可愛かったし、大きな金額でもなかったので、言い値をかなり値切って買いました。同様に、フリーの絵描きがこちらの同意もなしに描き始めてしまうので、「いらない」を連発してかわした。

購入する気がないなら無視するか、「いらない」と言って逃げるに限ります。しつこく追ってくることはありませんでした。

場所を持っている画家の場合、最初にちゃんと値段を聞いておけば大丈夫だと思います。
ご参考までに。
(くらら_chinchin 様)
 
 

あの周辺は広場も含めて、偽絵描きがほとんどなのでツアーの案内の人に気をつけて下さい!と注意された。ノン、シルブプレと言ってはっきり断ったら追いかけては来ませんでした。
(アントニオ・ジュニア77様 2005年3月)
 

モンマルトル。アコーディオン弾きやハープ弾きなど、大道芸人がいっぱい。いんちき絵描きの情報を事前にこのページでチェックしていたので、引っかかりませんでした。
(2005年3月 プルリエル様)
 

テルトル広場から少し離れた小道では、似顔絵書きがわらわらと寄ってきます。カタコトの日本語や中国語で気を引こうとしていましたが、とにかく無視して歩いていたら、嫌がらせに耳元でげっぷされたり。うんざり。
(2004年7月 さぼてんの華 様)
 
 
 

モンマルトル名物・似顔絵を書いてもらっていると、 似顔絵を書いてもらっている人の”れ”を狙ってくるすりが、良く見えます。 相方にサインを送ってあげてください。似顔絵結構高かったです・・・ 300Fr(約5,400円)くらい言ってきます。前はいなかったと思うのですが、切り絵で似顔絵。黒い紙で横顔の似顔絵を切ってくれます。
(ぽち様)
 

モンマルトルの近くで、絵描きのおじさんにお金を取られそうになった。「デモンストレーション」と言いながら似顔絵を書かせてと言って近づいてきて、最後は「50」「ワーク」と言ってきた。

でも、私は無視をして似顔絵も受け取らずに(受け取ったけれど、即返品した。)坂道を降りてきました。ちなみに、似顔絵は全然似てなかった。
(おじさんの一人旅 様   2003年4月)

スリ
 
 

サクレ・クール寺院の正面の階段で娘がスリに遭かけました。
バッグからデジカメを取ろうとしたときに黒人の手が伸びてきたけど、本人はマークされているのが分かっていたので、ことなきを得ました。
(アントニオ・ジュニア77様 2005年3月)
 
 

サクレクール寺院へ行こうとしたとき。地下鉄の駅を降りた時から、ぴったりとくっついてきた黒人男性がいた。私たちが立ち止まったり、歩くのを遅くしたら、不自然に店(TATI)の外の
女性客がたまるワゴンに混ざったりしていた。

寺院へ行く途中の丘でも黒人グループがたむろしており、何か話しかけていた。どちらも警戒していたので事なきを得ました。
(2005年2月 まめきんとん 様)
 

モンマルトルの丘に行くことに。地下鉄を乗り間違えて、北駅方面に出てしまった!!さらに、急に雨が降り出し、雨宿りしていると、アラブ系、アフリカ系の住人の皆様に囲まれてしまい、あせりました! ほんと、夫と二人でよかった。(夫の顔はかなり怖い系・・・)
 
安売り店“TATI”の前を通り、ずんずん坂を登り、サクレクールに。テルトル広場ではモディリアニ風に似顔絵を書いてもらいました。この間、夫を狙ったスリが2人。
 
一度なんか、左手は私とつなぎ、右手にはカメラ。上着のボタンは全開状態だったため真正面から来て、上着の内ポケットに思いっきり手を突っ込んできたとのこと。
 
「財布なんか持って歩かないもんねー」とは夫の談。いつもズボンのポケットにお札もレシートも一緒にくしゃくしゃにして、突っ込んでいるらしい。。。。  
 (ぽち様 2001年4月)
 
 

大寒波が来ているときにパリに到着したので、その寒さは予想以上でした。またその寒さのせいか、観光スポットでも人はまばらで、特にサクレクール寺院の辺りは観光客がいないので、明らかに怖い人達ばかり。

”カモは私一人”という状態で、丘の下で即回れ右して、帰ってきました。本当は上まで行きたかったけれど、身の安全にはかえられませんもの。
(パリ風邪ひき娘 様  2003年1月)
 

モンマルトル方面へ観光に行った際、地下鉄乗り場でスリ集団に襲われそうに。
幸い誰も被害にあわず、けが人もでませんでしたが。
(2004年9月 ドガの踊り子 様)
 
 
 
 

5年ほど前、母とサクレクール寺院に行こうとメトロに乗った時の話です。(古いネタですみません)
 
何回も訪れているためかすっかり油断していたのでしょう、モンマルトルの最寄駅につき、地下鉄から降りようとしたとき、降りるわたしたちより乗ってくる子供軍団がわーっと押し寄せてきました。

「もぅ〜」と思いながら降りようとしたその瞬間、「??」

なんだか、ふと頭をよぎるものがあり、とっさにバックの中を確認したら、やっぱり財布がありません 。降りるのをやめ、入り口付近で子供軍団5人くらい(見るからにジプシー)に「財布を返せ!」(日本語)と、手を差し出しました。

母の金も預ってたので、わたしも絶対譲れません。
とにかく日本語でまくし立て、近くの男性にも応援を頼みました。そしたら年長格の2人組男女(とはいえ、12歳くらい?)のうちの女の子が、なんと上に着ているシャツを脱いで上半身裸になるではありませんか!
 
けれど、ひるむことなく、頑として”返せコール”を続けました。地下鉄も何故か発車せず、止まったままでした。そうしているうちに、一番年下のような気弱な女の子がおずおずと、財布を差し出しました。

パッと受取ると、最後に博多弁で 「日本人やけんて、ふざけんしゃんなよー!!」(訳:日本人だからといって、ふざけないでよー!! )と叫んで降りました。
 
怖かったです・・ それ以来モンマルトルには近寄りたくなくなった。
(ちぇりーちぇりー様)
 
 

(現地にいってみてがっかりしたこと、怖かったことは?) =
昼間のムーラン・ルージュの前で、いきなりポン引きの男性に手を捕まれた。
(2007年6月 アレジアBOW 様)

夜にサクレクール寺院周辺に行った時は、駅も工事中にそのままほったらかしたかのような駅で雰囲気は悪かった。地元の友人によると、サクレクールより上の方には行かない方がいいらしい。
( 2005年2月/3月 シャルルドゥアルディ 様)
 

麓の街はちょっと危ない雰囲気のところでした。遅い時間は避けた方が良いかも。
 (ga tun様 2000年5月)
 

夜21時頃、モンパルナス駅近くのMONOPRIXで逮捕劇。黒服のセキュリティの人と被害者の女性が激しており、彼女の仕草から恐らくスリ犯だと思う。犯人は酔っているか、ラリっている状態でひどく抵抗していた。・・・パリの警官は怖かった。
(2008年2月 マッシュ sam様)

アダルトな界隈
 
昼に道に迷って、ピガ―ル広場あたりに来てしまった。いかがわしい店があって、客引きのおじサン達がちょっと恐かった。
(のく nao 様  2002年12月)
 
 

予想外・びっくり:モンマルトルのアダルトな雰囲気。風紀の乱れた所。
(2005年1月 まるゆうオカピ 様)
 
 

ムーランルージュ周辺は風俗店などがあり、治安の面ではちょっと・・・ショーの前に店先で並んでいると、相棒がスリに遭いました。 ポケットに手を入れられた時点で相手を威嚇し、事無きを得ました。
(梅ジュース様 2001年 8月)

アベス駅ホームはちょっと汚かったりするものの、まず心配ありません。
隣はピガール駅ですが、乗客も普通の人々です。サクレクールへ行く際、危なそうな雰囲気だった等の
報告もありますが、このホテル(Timotel Montmartre)方向(アベス駅方面)から行くのはまず問題ないと思います。
 

深夜に一人でウロウロしたりしないのなら、まず問題ないだろう。ホテル Timotel Montmartreをはじめアベス駅周辺は、夜でも9時くらいなら、まだ普通の人々がたくさんスーパーやカフェにいるし、ヤバそうな雰囲気も全くない。また危なそうな人も全くみかけていない。着飾ったパリではなく、身近なパリの生活感が味わえる。
(あきもとミン様 2003年11月)
 
 

アンヴェール一帯は本当に怖かった。駅も閑散としていて(サクレ・クール寺院があるのに)怪しげな男がうろうろしていた。ガキの集団に追いかけられました。
(くじらmm 様 2002年)
 
 

怖かったことは、別に何もなかったが、なーんとなくサクレクール寺院の周辺は、治安の悪そうな雰囲気を感じた。早々にバスでその場を離れました。あくまで”勘”なので、分かりませんが。
(2004年2月 momo@labo 様)
 

モンマルトルでは、物売りとか、変質者などがいて怖かった。女一人で行ったのがいけなかったかもしれない。昼間なら大丈夫かと思ったが、本当に気をつけたほうがいい!
(かおるさかな様 2005年3月) 
 
 

寒さのせいか、観光スポットでも人はまばらで、特にサクレクール寺院の辺りは観光客がいないので、明らかに怖い人達ばかり。”カモは私一人”という状態で、丘の下で即回れ右して、帰ってきました。本当は上まで行きたかったけれど、身の安全にはかえられませんもの。
(パリ風邪ひき娘 様 2003年1月)
 
 

モンマルトルは、やはり少し怖い。アべス駅のあの長い暗い螺旋階段。テルトル広場もやはり、多くの画家が絵を描かせてくれと言ってきたし、サクレクール寺院の階段を降りた所では、黒人の若い人のグループ同士が喧嘩していた。側を通る他の人にも、何やらからんでいる様子。

そんな少し怖いと感じる場面をみたあと、駅まで帰る途中、信号待ちで、横の男の人が私が時計をしてるのを見て、時間を聞いてきました。「よくあるスリかも?」と注意していましたが、普通に急いでいて時間を聞いてきた人だったようで、時間を教えるとありがとうと言って、駅へ走って行きました。

アメリが好きでモンマルトルはぜひ行きたい場所だったので、行けて嬉しかった。コリニョンの八百屋さんはもう観光客もいなくて、ゆっくり写真をとったりできました。何度かフランスへは行っていますが、治安が悪くなってきていると聞き、今回は充分に気をつけて、旅行をした。結果スリにもあうことなく、旅行が楽しめたので、やはり自分自身がどんな所でもしっかりとした気持ちでいることの大事さを感じました。
( 2004年7月 jujubeナツメ 様 )
 
 
 

スリのメッカとおもわれていたけれど、土曜日の朝9時頃だったので、純粋な観光客のみで、くつろぐことができた。緑の木々、かわいらしい花、青々とした芝生がとても美しくて、冬専門の私にはとても新鮮でした。 
帰りはフリクラの横の階段を降りていったが、普通の人々がのんびりと散歩する姿をみて、ほっとしました。
寺院って意外といい所なんだと感じました。
(2004年6月 造船なでしこ様)

 

モンマルトルの坂(階段)を下りてピガールへ向かうとき、前からあまり服装の感じの良くない?中年男性一人が、くしゃくしゃの紙袋に抜栓した(たぶん空の)シャンパーニュのボトルを抱えていたのです。

彼は下から上ってくるところ。
とっさに「ぶつかってきて割って高いワインだぞ!!と言ってくる悪党」というをい出し、同じ側にいた夫に「こっちに来なさい」と手すりの反対に、誘導しました。
(みきやま様  2002年9月)
 
 

人種も全く違う雰囲気。アフリカ系やアジア系が多かった。ここは、ほんとにイタリア人観光客が多かったように思えます。モンマルトルは、ごみごみしてて汚いというか、悪そうなかんじはありました。車をこじ開けている若者も見かけました。
(amitie-kei様 2003/2004年末年始)


 
 
 
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