ップ > 準備 > 母連れ > 接待報告2


母づれ  母連れの旅
接待報告2


21 Aug. 2012

 
 
 

総括
母連れの場合、予習と計画で 8割が決まる。



母の満足度をあげるには、娘の調査・努力あるのみ! 

70代母。
 

母連れの旅の皆様のレポートに いたく感動し、心して臨んだ。しかし、旅行後、反省点が多かった。
 

・母の希望
近年出かけていないので 母からは頻繁に海外旅行に行きたい旨を訴えられていた。どこでもいいから・・・と言いながら、アジアは対象外。

パッケージツアーでのヴェネツィア+ニース旅行が一番の思い出のようだった。パリへはいつか連れて行く、と約束していたことと、私自身、パリは20年来になるが、一応の土地勘もあるため、盆休みを利用して行くことになった。
 

・手配
若くないし、脚もよくない。ハードな旅行のアシストは無理だと考えた。そのため、日本でできることはインターネットで手配し、細々した情報を収集した。

まず航空会社は、少しでもフライト時間の短いフィンランド航空を選択。空港からホテルへは、シティラマ社の送迎バンを手配。ホテルは立地重視。オプショナルツアーに便利で、ルーヴルなどに近い、などを考慮して、ブライトンを予約。
 

・観光
パリヴィジョン社のオプショナルツアーを3件予約した。パリの観光名所を効率よく周れたと思う。奇跡のメダイユ教会やノートルダム寺院、凱旋門へ はタクシーの使用も考えたが、以前2回ほどよその町でボラれて交渉したことがあり、トラウマになっている。あまり乗りたくなかった。結局、バスとメトロ で。移動に問題はなかった。
 

・防犯
メトロやエッフェル塔界隈などでの防犯に、ショルダーバッグのチャックを閉めて、安全ピンを留めるよう、口を酸っぱくして言った。が、母はいつも閉め忘れていた。幸い2個の安全ピンが目立ったのか、事なきを得たが、防犯意識は低かった。
 

・持ち物
また最後に気付いたが、全部おまかせで自分自身の時計を持っていなかった! 携帯を持つようになってから腕時計を持たなくなっていたらしい。母用に、現地時間に合わせた時計を用意すればよかった。

私は海外で携帯を利用するつもりはなかったケチである。代わりに、はぐれた時のためにホテルの住所とタクシー代は持たせた。

・食事
何でも食べる母なので、その点はOK。しかし、最初は口に合わなかったようで「薄味どひゃーんは、もう勘弁して」と言われた。

一部はホテルのコンシェルジェに相談して選んだので、無難なレストランとなり、母はエビとライス また私の注文したステーキに添えたポテトも美味しそうに食べていた。

ほか、ルーヴル、凱旋門、ヴィトンの後、レオンで昼食。生ビールが旨かった! 海老や烏賊の入ったブイヤーベース風のムール貝を一番気に入ってくれた。ここでパリでの食事の評価は一気にアップした。

レオンではヴィトンでの買い物袋からエコバッグに移し変えたり、トイレ、午後のプランの確認などもできて良かった。

オプショナルツアーに付いている食事は仕方ないと伝えて、諦めてもらった。私はワイン以外、それほど不満はなかった。夏期で閉店も多く、グルメには向かない季節だった。

・買物
すべて人まかせではなく、母も自力で買い物などはしていた。しかし、私がちょっと迷ったりすると、(自分はできないので) 「ほら あの人に聞けば」 など一々指示するのが、うるさく思った。

旅行を私まかせにするのなら、誰に聞くかまで私に任せてほしい。地図などで調べてわからない時はしかるべき人に聞くのが筋というもの。でも、母なりに心配し、助言してくれていた。ごめんなさい。

・空港
今回、街中、メトロなどは、さほど問題なく、一番わかりにくかったのは空港だった。もっと詳しいデータがあれば(調べる事ができたなら)母を不安にさせることがなかったかも、と反省。
 


・総括

旅行中、何度か立腹した私だったが、母も慣れていた。帰りの空港で、母が
 「来春、パスポートが切れるけど、その前に更新した方がいいよね?」

自動車免許と違い、パスポートは切れる前に更新しなくていいのだよ・・・・

母はまだまだ元気なので これからも海外出かけられる。

いくつになっても母には頭が上がらない気がする。できる限り、母の満足度を上げるよう、努力する。これがミッションかな。私もまだまだだ。脚の手術をしたら、もっと行動範囲は広くなるかも、と野望を抱いている。いつか 再度 母とパリを訪れることができれば。
 
 

(2010年8月 おかめいんこマメ 様)
 







もっとちゃんと準備していたら・・・ 

60代半ばの母
 

互いに2度目のパリ、主な観光名所にはそれぞれ行ったことがある。今回の目的は
・パリにいる親族に会う(荷物を渡す)
・のんびり観光
・少し買い物

深く考えずにホテル指定なしの激安ツアーに決定。しかし・・・
 

・準備・予習不足
15年以上前に実家を出てからは、年に2度くらいしか会わない母と私。
事前の打ち合わせもほとんどなしだったため、現地では様々な点で苦労した。
 

・ホテル
12区の外れ、予想はしていたものの相当なボロさ。私もさすがにもうちょっとマシなホテルを想像していたが、母のショックはかなり大きかった。

私にとっては帰って寝るだけの部屋だが、母世代はくつろげる空間でないと一日の疲れが取れない。 しかもこの立地では観光に疲れても気軽にホテルに戻って休むことができず、滞在中 後半になるほど悔やんだ。 やはり母連れの旅はホテルの立地は重要。

 
管理人補記
※こういうときは、主催会社なりに頼んでホテルを別料金で変更するか、現地クレジットカードデスクに頼んで、自分でとって移る手をおすすめします。
・体力
自力で観光ということで あまり詰め込みすぎず、前日や当日にどこへ行くか決めたりしていた。が、メトロがメインの移動だったため、かなり足が疲れた様子。原因は、石畳とメトロの階段。

日頃スポーツをしているので普通の60代より体力はあるほうだと思うが、それでも年をとったのだと思った。疲れて荷物が多いとき、メトロの乗り換えが多い移動のときは、タクシーを利用した。
 

・買い物
以前もパリに来ているので大丈夫だろうと思い、あまり口うるさく事前に確認はしなかったが、フランスでのマナーを知らず本当に困った。挨拶ぐらいはするだろうと思っていたが、しない。商品をあれこれ勝手に触る。ソルドの時期だったので百貨店では目立たなかったが、シャンゼリゼの路面店でも観光スタイルのままどんどん入ろうとする。

私が腹を立てた。母はフランス語はまったくわからないし、英語もほとんどわからない。結局相手をするのは私なので、「買わないなら入らないで!」  と止めたが、「ここだけはどうしても見たい」と言って一人で入ってしまった。

しょうがないのでしばらくして私も入ると、一応接客されていたが、会話はなく、私が挨拶して英語で対応した。

めでたくバッグとポーチを買うことができボソッと 「カバンがどうしても欲しかったの」と言われたとき、悪いことをしたな・・と思った。
 
母は今まで添乗員付きのツアーしか行ったことがなく、一人で買い物をすることなどなかったのだ。常識的に知っているだろうと思わず、事前に確認しておかなかった自分も悪かった。

買い物メインではなく、のんびり観光・・・という予定と寒さのため、きれいなカジュアル(ラメ入りのニットや、パンツはデニム以外)の服装しか持って行かなかった。が、母はシャンゼリゼで少し買い物がしたかったらしく、せめてダウン以外のコートを持っていけばよかった。

 

・お土産探し
相当なもので、リストの重要性を実感。 父の「あれこれ買い物してまわるのに付いて歩くのは疲れるから、留守番のほうがいい」という一言が頭をよぎる。買い物メインの旅行じゃないのに・・・と思っていたが、父は母との旅行ではいつも連れまわされているのだろう。 


・食事
比較的和食なしでも大丈夫な母なので、その点は楽だったが、やはり毎日外食だと量も多いし胃がもたれるらしい。一度だけビストロへ行き、美味しかったのだが、量の多さとサービスの遅さにイライラしていた。
中華の惣菜をテイクアウトしたり、マルシェでサラダを買ったりして、夜はホテルで食べることが多かった。
 
昼間はカフェに入ったりもしたが、メニューを私が通訳しなくてはならない。しかもフランス語のメニューしかない場合もあり、非常に疲れたので、お互いホテルでの夕食が良かったように思う。



・日本との違い
スーパーのレジでも空港のカウンターでも、とにかくサービスが遅いことにイライラしていた母。日本とは違う・・・ということが受け入れられなかった様子。フランス語が理解できず、ストレスが溜まっていたせいもあると思うが、やはり年を取って違う環境を受け入れにくくなっていると感じた。

もっと色々と予習させておくべきだった。強く反省。

・観光 
「セーヌ川クルーズしたい」と言い出したのに、乗ってしばらくしたら、うとうとしだした。ほぼ貸切状態で、私と妹で囲んでいたので問題なかったのだが、2月のパリは夜明けも遅く、 (時差ぼけ解消になる日照時間も短く) 天気も悪かったので、ずっと時差ボケがなおらなかったようだ。

メトロでも油断するとまぶたを閉じていたので、必ず窓際に座らせガードした。が、バスツアーなどで到着まで眠れるような日程を入れたほうが良かったかもしれない。 もしくはホテルで昼寝。

 
・帰国後
大変ではあったが私自身は楽しめた旅行だった。しかし上記のように反省点が多く、自宅で本誌の母連れの旅について読んでいたら、涙が出てきた。

もっとちゃんと準備していたら母をがっかりさせることもなく、もう少し楽な旅行をさせてあげられたのに・・・
 
そうだ、もう一度行こう! 今度は花の好きな母の為に、初夏に行けばいい!  モネの庭もきれいらしいし・・・しかし母は 「6月? うーん・・・考えさせて」  母は母で、やはり疲れたようだ。

(2010年2月 ルイス少尉 様)






洗脳と予習

60代後半母
 

ホテルは少し贅沢なル・グランを取った。オペラ座の近くで、デパートなど買い物にも便利。

途中で、買ったものを置きに戻ったり、休憩に帰ったりできた。ホテルの部屋がきれいで静か、しかも高級ホテルという安心感があったせいか、母が、昼寝したいと言い出した。その間、私だけちょっと一人で自由に振舞えた。母は、休憩できたおかげで、夜からの観光や食事なども楽しめたようだ。
 

母がドガが好きで、複製の絵を家に飾っている。本物を見ることができて非常に感激していた。
しかも一緒に写真が撮れる、というので大変喜んでいた。日本ではこうはいかないわよね、といって、フランスのことがとても好きになったようだ。フラッシュがたけないので、ぶれた写真になったが、それでもとても満足している。
 

・準備

ガイドブック、中でもほとんど写真で構成されているようなムック本を与え、いきたいところをまずはピックアップさせた。文章が多いよりも、画像の方がイメージできてよかったようだ。観光バスに乗るコースを打ち出して見せたら、自分で本と照らし合わせてこのコースねと言いながら、予習していた。普段は地図を見るのは人任せなのに、絵が多かったのが功を奏したよう。

臆病なところがあるので、はじめは何となく不安があったようだが、パリの地図を見ているうちになれてきて安心した模様。

パリを舞台にした映画のDVDを見せて、予習。

自分の経験から、漫然と観光するよりも何かテーマを決めて周った方が思い出が増すので好きなオードリー・ヘップバーンのDVDをプレゼント。結果、凱旋門やリッツホテル、ルーヴルのニケ像など超有名どころも、おざなりでなく、すごく思い出深く周れたと言っていた。ヘップバーンになりきりで写真を撮っていた。
 

・トイレと休憩

普段からトイレが近い。チャンスがあったらトイレに行くようにした。美術館や教会など、入るとき出るときは、見つかれば必ず。

トイレは、カフェとか便器の枠が壊れているなどというのは普通にあったが、スターバックスはきれいで清潔なのでその点も助かった。

有料トイレは一度だけ、ルーヴル美術館隣接の地下街(地下鉄へ続く)で使った。日本語でも「公衆トイレ」と書いてある。2ユーロ。清潔だが狭くて、化粧直しも十分にできない。
 

・休憩
 
観光途中はこまめに休憩した。自分は本当はパリらしいカフェとかビストロとか入りたかったのだけれども、母が普段入りなれていて、味もなれているスターバックスに主に入った。前よりも格段に店が増えていたので、非常に助かった。
 

・ハハウケのよいホテル  
母はこれまでの旅行はニューヨークなど都会ばかりで、ホテルも便利で近代的、新しいところにしか泊まったことがなかった。でもパリはそれではあま りに味気ないと思って雰囲気のある重厚なタイプを選んだ。ただし、設備や規模などは整っていないと不評を買いそうなので、比較的高級な部類にした。

前もってパリの町並みの写真など見せ、ヨーロッパは古いものこそ値打ちがあるんだ、と説明し、ホテルもアメリカンタイプよりもヨーロピアンタイプの方が好まれてしかも高級なんだと力説しておいた。

ホテルはル・グラン。母が心配していた古い=薄暗い、寂しい、という印象はなく、古い=歴史がある、落ち着いていて安心できる、と感じたらしく非常に好評だった。建物自体は大きいが、だだっ広いといった感じはなく、従業員の数も多く思われ、これまで泊まってきたアメリカンタイプのホテルとは違って常に人の気配を感じられたので、余計に母には安心感があったようだ。

安心感というのは、今回の母連れの旅には非常に重要だったと言うことに、後で気がついた。というのは、常に一緒にいないと不安な母は、四六時中びったりくっついていたのに、ホテルの部屋では何時間でも一人でいられた。昼寝までした。

このため、娘は食料の買い出しも身軽に一人で行けたし、自分だけの自由な時間も持てた。このガス抜きがあったので、互いに不機嫌にもならず楽しい旅ができた。母は母でそれなりに娘に気を遣っているので。
 

・交通 
パリの前にロンドンによったが、両都市ともに地下鉄が発達しているので駅に近いホテルを選び、活用しようと思っていた。ところが、母と一緒に使ってみると自分が思っていた以上に、階段が多かった。エレベーターやエスカレーターを使っても、必ずどこかで階段を使う羽目になる。母はまだ大丈夫だが、車椅子の場合は無理。日本の鉄道のバリアフリーの取り組みを評価してしまった。
 
母は歩くのは普通にできるが、パリでは気がつかないうちに沢山歩いているので(美術館の中とか) 日本の日常から考えるよりも何倍も疲労している。万歩計が一万歩以上を指していてびっくり。普段は千歩もないのに。
 
結果、タクシーを使うことが多くなり、カルネを買ったが余った。英国ではオイスターというJRのスイカに似たカードを使った。これも非常に便利だがチャージ分を余らせた。冬季なのでバスは戸外で長時間待つことができず一度も乗らなかった。
 
パリもロンドンも小さな都市で移動は短距離ですむので、タクシーは思うほどお金がかからない。足を痛めたり不機嫌になられるよりは、よかった。
 
ただ、地下鉄のホームや駅での写真は必須。団体旅行ではなく個人で行ったことを帰国してから周りに自慢げに披露していた。
 

・土産 
 特別に頼まれたもの以外の、近所や親戚などへの義理土産は、最後の空港の免税店でまとめ買い。だいたいの空港にミュージアムショップ と生チョコの店がある。シャルル・ド・ゴール空港ターミナル2Eのルーヴル美術館のミュージアムショップでミロのヴィーナスやモナリザのレリーフのしおり (15ユーロ)とスカーフ(60ユーロ)、サロン・ド・ショコラで生チョコ(18〜60ユーロ)などを大量に購入。

絶対足りなくなるので、必要数の3割増しを購入。もし特別に店がなくてもクッキーやキーホルダーなどのベタだけれども土産になるようなものは、たいていどこの空港にも売っている。
 
最後に買えばいいという安心感があるので、気に入って買うものは別として、買い集めなくちゃというプレッシャーがなくて非常に楽。
 

・観光 
ロンドン、パリともに半日市内観光を事前手配。複数の候補がある場合は母に決めさせる。何か不満があってもこちらに文句が来ないので、良い。

観光バスは歩く距離が短いし、写真スポットを外さずに案内してくれるので、記念写真が必須の母連れには最適。半日にしたのは、気に入った場所や時間が足りない場合は、後で個人で再訪することができるから。

ガイドは日本語にすることが重要。でないとこちらが通訳することになるし、また人数があまりに多いと周囲とテンポを合わせなくてはならず年配者を連れて歩くと気を遣う必要が出てくるので、少人数
 

・食事
 好みが激しく、一日一食は和食が必要な母なので、ホテルはその点を重要視し、朝食に和食が出るか近所に和食レストランがあるか、考慮。また、非常時に備え、インスタントのおにぎりとカップ味噌汁、そのほかおかき、甘栗を携帯。これだけ用心していると母は安心するせいか、反対に和の味にこだわらなくなりほとんど洋食で過ごせた。

特に新鮮なチーズをとても気に入り、帰国後もやっぱりフランスのチーズは違うわよね、と買うものを国産からフランス産に鞍替え。
 

・貴重品
出発直前にエールフランス機内ビジネスクラスでの盗難のニュースがあった。よりいっそう危機感が高まった。母だけではなく私も歩き方のセキュリ ティーポーチ・首下げ型をセーターの中に下げていた。母のにはパスポート、予備のクレジットカード、現金100ユーロ、緊急連絡先の電話番号(保険会社と クレジットカードの海外アシスタンスサービス)を書いた紙、ホテルカードを入れておいた。

携帯電話は日本で使っていたらくらくフォンをそのまま持って行けたので安心だった。着いてから何度か練習させた。
 

・失敗談
 ユーロスターのホームのエスカレーターで母が転んだこと。キャリーバッグに引きずられて転倒したので、やはり荷物は一つにして私が持ち、母の手は開けておけばよかったと反省した。

・鉄則
普段はどこへ行っても私は写真はほとんど撮らないが、ふらつーを読んで、これは撮らないと後悔させると思い、急遽デジカメ持参。

移動のたび、休憩のたび、もちろん観光先とほとんど電源を一日中入れっぱなしで、母の専属カメラマンを徹底した。300枚という大量の撮影に自分でもびっくりしたが、母は非常に喜んでくれた。

プリント代だけで一万円以上かかったが、どこへ行くにもアルバム持参で友人親戚に見せて歩いている母をみると、がんばった甲斐があったと思った。
 

・くぅぬぉぉぉ!!と思った点
もう70歳だし、一生に一度のヨーロッパ なんだから…と二言目には言って、わがまま、贅沢三昧を要求していた母が、次はここへ行きたいとか言っているとき。
 

(2010年1月 茶々丸のシッポ 様)
 





もっとちゃんと準備していたら・・・ 
 
 

この頁を見て、心理的・物理的に準備を整えた。
 

母: こだわりがなく、大らか。無理強いはしないし、我慢強い方だと思う。父が結構ワンマンだったが、おとなしく従っていたと思う。ただ し、言いたい事は言う。母とは東京に数回一緒に旅行に行っている。足を悪くしてから初めて東京旅行(2泊)に行って、「もしかしたら海外も行けるかも」と 思った。

最初は足が悪い事を理由に渋っていたが、行くと決めたら、母の決心は固かった。私は「親戚に不幸があったら…」といらぬ心配をしたが、母は「しょうがない」と旅行最優先だった。
 

・荷物 
足が悪いので、荷物は私が持つ事に。一番大きいスーツケースを借り、50%は母専用、私25%、共有荷物25%にした。

私は肌着やカットソーなど捨てられるものを持参。着用した細かく裁断して廃棄していったので、帰りになると荷物はほとんどなかった。が、そ んなテクニックは知らない母の荷物の量はそのまま。わかってはいるが、もうちょっと考えてと言いたかった。母曰く、「捨てるような服は持っていない」との こと。

機内では足元のエアクッション、ルームシューズが大活躍。ルームシューズは暗くてもわかりやすいようにピンクにした。腰用のエアクッションも2つ買ったが、機内備品の枕で十分だったようだ。

・トイレ
海外にはウォシュレットがないのが、どうしても理解できないようだった。携帯用ウォシュレットを購入。が、準備が面倒なのか、使用せず。ホテルのトイレには乳児用おしり拭きを置いておいた。こちらの方が使い勝手がよかったみたい。

母には最低限の荷物しか持たせないようにした。私の手荷物が多くなった。
 

・海外の不慣れさ
パスポートだけを見せるのか、搭乗券を見せるのか、どちらを見せるのかという判断ができなかった。
初海外なので当然なのだが、私もそこまで想像できず、モタモタしてしまうこともあった。

・食事
ニンニク以外は大丈夫な母なので、特に心配はしていなかった。ホテルの朝食ビュッフェは大好きだったので、朝しっかり食べた。おかげであまりレストラン探しはしなかった。

・土産
娘B(私の姉妹)への土産を「わからないから適当に決めて」と丸投げされたのは面倒臭かった。NAFNAFで見つけたかわいい革手袋を「Bに買っ てやって」と言われた時は、私も自分用に欲しかったので、本当に腹が立った。ただ、母も私が他の服を見ている時にその手袋を見つけていたので、私が手に 取ったのを見て言った訳ではなく、あきらめた。

私が欲しいと知って「あの人(店員)に聞けば?」と自分は話せないのに私に話すように促されると、さらに腹が立った。聞いたが結局なかったし、他のNAFNAFの店にもなかった。手に入らなかったせいか、同じ手袋を買えた、という夢まで見てしまった。

・大量土産
2つの趣味サークルには、ルーヴルでモナ・リザがプリントしてある鉛筆を大量購入。個包装のチョコレートもモノプリで購入。最初に行ったスーパーは品揃えがいま一つで、後で「適当に買って」と言われ、苦労した。飴は嫌だったらしい)。

・絵葉書
母は最初は乗り気ではなかったが、孫達がもらうとうれしいのでは、と言うと俄然やる気になっていた。
自分の姉妹、友人など総勢16人分の住所を持ってきたが、葉書が10枚で安かったので、「選ばれし10名」に葉書を送っていた。

・言葉
当然だが、英語もままならない母なので、最初っからフランス語など読むつもりも話すつもりもない。そもそも娘と行った時点で、そんな考えは毛頭ない。

だが、旅の途中で「言葉は通じなくても気持ちは通じる!」と独自の理論を展開させたのにはびっくりした。
相手に感謝の気持ちを伝えたいがために出た理論のようだ。

・観光
母は初フランスなので、「エッフェル塔・凱旋門・ルーブル・オランジュリー・シャンゼリゼ・ノートルダム大聖堂・セーヌ川クルーズ」など、超ベタなコースにした。オルセー展を東京で見ているのでオルセーは省いた。

オペラ座や、マドレーヌ寺院などにも感動した様子。また、パリの建物が全体的に高さがあるのにも驚いたようで、帰りの伊丹からの空港バスで「日本も、もっと空間を有効に使えばいいのに」と言いだした。

・母の友人
母の友人は、絵を趣味とするせいか、ヨーロッパに行った人が多い。同窓会なんかで「今度フランスに行く」と言うと、それを聞きつけてわざわざ電話をかけてきてアドバイスをくれる人もいた。
ただ、時期が夏で、場所がニースだったりすると疑問に思った。意地悪な私は「自分の旅話をしたいだけか」と採ったが、素直な母は疑問に思わなかった。

皆の注意点は「石畳につまづかないように」「スリに注意」だった。結果的にこの2つに縁がなかったことはうれしかった。

ただ、友人に聞いたことをそのまま私に伝えてくるので、わずらわしい事もあった。私自身は単身で何回も行っているので、大体の情報は把握し ているつもりだった。夏の旅行者から「粉末のポカリスエットを持って行くように」と聞かされた時は、さすがに我慢ならなかった。が、結局持って行った。
 

・体調
心配していたが、普段風邪さえほとんどひかない母は、異国でも丈夫だった。私はクルーズで調子を悪くしてしまい、結構大変だった。

考えてみると、足が悪いとはいえ、毎日出歩いている母と、デスクワーク主体の私しかも車通勤では体力が違った。

私はアルコールを飲めないところ、母は機内でワインを頼み、機内食を完食し、急性肺動脈血栓塞栓症を防ぐためといってに1時間ごとに機内を歩き、リハビリの膝の曲げ伸ばしもしていた。そのついでに知らない人とおしゃべりを楽しむ母は、私とは「生きる力」が違うのだろう。

・腹が立った点
外国語を話せないのに「あの人に聞けば?」とすぐに言ってくる。

係員だったり店員だった場合はいいのだが、日曜に、ホテルのコンシェルジュに聞いたバスが日曜運休だった。コンシェルジュは地図のようなも ので確認してくれたが、そこに運行情報は載っていなかった。仕方ないかと思っていると「ホテルのコンシェルジュが間違うはずはない。あの人に聞けば?」 と、バス停の近くにいる警備員を指差す。バスには無関係な人。

いくら何でもたまたまそこにいるからといって、たくさんあるバスの運行状況なんて知るはずはないだろうと思っていると、しつこく聞けと言う。

タクシー乗り場にタクシーもなく、かなり手前で停めている人を見て「あんな前で停めてはるで」と言われ、「そう言うんやったら自分で停めてーや!」
 

・反省点
「母だから起こりうる事」ではなく、「話せない友人」と一緒に行っても起こりえた現象だと思うようにした。

旅行中は知らない内に疲れがたまっていて、ちょっとした事でもストレスになる。その場で怒るよりも「フラツーネタができた♪」と思う事で、大分やり過ごせた。それでも一日1、2回は怒ってしまったような気がする。

私は怒りやすい性質なので、航空券を予約した時点から、「旅行中に怒りを出さない訓練」を日常的に行った。普段の仕事で何か問題が起こると、怒るより先に解決策を探すことにした。普通の会社員なら普通の事だが…。結果、上司から 『仕事に対する姿勢が良くなった』と誉められるオマケ付き。

私はすごい方向音痴で、地図を見ながら正反対の方向に歩きだす。そのせいで、目的地にたどり着けなかったり、遠回りしたりしてもったいないことをした。誰かがいるとつい焦ってしまって、とりあえず歩きだしてしまう。本当に自分は馬鹿だと思った。

エスカレーターのないメトロが多く、階段を歩かせてしまったことや、普段タクシーに乗らないので、パリでもあまり乗らなかった事で母に負担を掛けたのでは、と思う。

母は連れて行ってもらったという思いがあるので、不満は口にしないが、どういう風に思っているのだろう。

・その他
「最初で最後の海外」のはずだが、旅行の途中で「英国はどうなの?」「イタリアはどんな感じ?」と聞きだした。帰りの機内では世界地図を見ながら、「カナダもいいって聞くわ」と言っていた。

荷物を持ったり、ホテルではお茶を入れるのも娘の役割だったので、

「ガイド&ゴルゴ&メイド」だと思った。

(2010年11月 塞翁が牛 様)
 







                


ップ > 準備 > 母連れ > 接待報告2