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父づれ 父連れ の旅

            
8 Mar./ 21 Mar./ 5 Dec.2010  経験談追加
  

父は、まぁ仕事や経験、性格によりかなり違うので、よく父のパターンを把握し、対応しましょう。

アルコールや趣味を満喫させてあげましょう。

よれっとなると 競馬か競艇のおじさんになるので(ごめんね) ぱりっとした服装だけ意識しましょう。

 
追加経験談は 直行フォーマットから どしどし お願いします。

鉄則、失敗談、成功ポイント、くぅぬぉぉぉ!!と思った点、困らされた点、ウケのよいホテル、
母との違い etc.
を、箇条書きで書いてください。
 

えー 父の場合は 別にいっかな、と思いますが、 まぁ希望あれば匿名OKです。


 
 
 

父  60代、海外英語圏在住経験有。この経験が面倒臭い事になると後で知る・・
 

・手配
父が仕事関係で弟子共々パリに行くことになり、心臓に持病を持つ父のお目付け役として母に同行を頼まれ参加。

旅の手配は旅行サロン、航空券とホテルのみのフリープラン。大雑把な父は、話をよく聞いていない。
添乗員は現地合流。ホテルまでの同行案内と帰国時のシャトルバスを手配してくれたのみ。気付いたら私が素人添乗員になっていた。

団体で行ったものの、現地ではほぼ個人行動。血眼で旅程・日程などをチェックさせられ、何故か自分がそれを元に、成田や現地のホテルで他の同行人の行動指示をする羽目に。その間、勿論父はノータッチ。
 

・鉄則
持病を持っている場合は必ず必ず薬を持参して。持っているだけで安心感が違う。

それと、他の父親は現地食を素直に受け入れてくれた方が多いようだが、ウチはすでに飛行機の中で洋食にげんなり。往復とも和食が選択できなかった。

海外在住経験があるとはいえ、それは父が若い頃の話。
接待関係で洋食が続いた事もあって体調を崩し、毎日 和食の買出しに「十字屋」に走らされた。

洋食に対して柔軟性が無い両親と旅行するのなら、日本食が手に入る店は事前チェックまたはその近くに宿を取るのが鉄則。食事が取れなくなると、体調にも影響するので。近所に無かったらと思うと、ぞっとした・・・。
 

・失敗談
失くすと困るものは、娘(あるいは息子)が持つようにしたほうが良い。航空券だけは自分が持つと言って聞かなかったので預けていたが、帰国前日に無いと大焦りで、部屋中探した。結局、失くさないようにとかばんの隠しポケットに入れていた。

でもまあ、自分が持っているから大丈夫とも言い切れないけど、今は航空券が無いのでこういった心配は減った。コピーが取れる書類は、自分のと父の分もコピーして、互いが持つと安心。
 

・成功ポイント
ディナーの時の服装は、あまりきちんとし過ぎるスーツだとかえって着せられた感が出てしまう。お洒落感がありながらもきちんと見えるようなジャケットスーツをプレゼントとして用意。滞在中、ずっと着てくれた。

普段プレゼントなど殆どしない親不孝なので、たまには旅行も良いねとかなり喜んで貰えたようだ。(母談)

とにかく、海外在住経験有って言うのが自慢の父だったので、常に父を立てるようにした。解らないだろうと先回りし過ぎるとプライドが傷つくらしく、一気に不機嫌になるので、何かする前にはお伺いを立てるようにしたら機嫌も良くなり、こちらも気分良し。

また、美術関係の仕事をしていたので美術館を積極的に回れたのも、嬉しかったようだ。父の好みに合わせてルートプランを考えるのは、大事だ。
 

・くぅぬぉぉぉ!!と思った点

狭い道で通路を譲ったラテン系の男性に絡まれても、嬉しそうな顔をしていた(困)。実はスリ集団だったらしく、胸ポケットから名刺入れを盗られていた。財布じゃないと気付いた彼らに返してもらったので事無きを得たが、当人は「自分が出すのも大変なくらいキツイポケットから気付かずに盗るとは・・さすがだ」と感心していた。

更に、「返してくれたのは気をつけろって事だね、親切に道を譲ってあげたからだ」とか寝ぼけた事を言っていた。

海外に慣れているとはいえ、ヨーロッパは初めてなのに、あまりにも危機感が無さ過ぎた。他にも、オペラ座の前でぼったくりカメラマンに勝手に写真を撮られても、笑顔でお金を払っちまったりと、団体で動くより父と2人で動くほうが気苦労が絶えなかった。
 

・困らされた点
元々が飲兵衛+酒癖が悪い+自分は海外に慣れていると思い込んでいるため、物凄い勢いで消費していくワインを止めるのが大変だった。

旅先で気が大きくなっていた事もあってか、店に迷惑を掛けた事もあり、店員に謝りまくった。レストランやビストロでは、食事の内容より謝った記憶しか無い。
 

・ウケのよいホテル
水周りがきちんとしているところの方が、国民性として安心するようだ。シャワーが安定して出るとか、バスタブのお湯が早く抜けるとか。設備が悪いホテルだと、侘しさを感じる年代らしい。

こぢんまりとしたところも楽しめる人なら良いが、年配の父親なら、広いベッドでゆっくり休ませてあげると次の日が違うと思う。
 

・母との違い
母は旅先だと肝が据わるので、何かあった時心強い。トラブっても意外と冷静。父は普段、身の回りの事を母に任せきりにしているため、その役を私がやる事になったため負担倍増。でも、それも親孝行のひとつ。
 
 

+++

亡くなった父との思い出。当時は自分後回しで好きなように観光も出来ず、何のために行ったか解らんわ!!と思っていたが、空いた時間に2人でカフェ巡りをしたのも、良い思い出。

父のためにココまで世話を焼く経験は最初で最後だったので、良い親孝行が出来たかなと思う。

(kotetsu 様)


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

70代前半 父
 

父、母、自分の3人で数回旅行したが、なかなか完璧な旅にならない。

父は、団体行動が苦手。よって便利なパッケージツアーを利用できない。行き先のリクエストは一切無く、欧州っぽい建物があって賑やかな町ならどこでも可。テレビの旅番組などで旅行した街が映ると凄く嬉しいらしい。不肖の娘ができる唯一の親孝行なので、素人添乗員として奮闘している。

なにより大事なのは「安全」。無事に父・母を日本に帰国させる使命を果たす為に道中は緊張しまくる。
そして毎度旅の最後に気が緩んで失敗する。友人との旅行だと全然緊張しないのに、何故だろう?

母と二人でも特に疲れないのだが、父が一緒だと「守らねば」と力が入るみたいだ。なぜなら父はスリに狙われやすい体質だから。

香港で信号待ちしている父のズボンのポケットに、スリが手を入れてる現場を家族全員が目撃した時は、驚いた。全然、気がついてない。他国でも、スリが寄ってくることがしばしばあった。

なので、旅行中は人ごみの中を歩くとき、私は添乗員からSPに変身する

周りにガンをとばし、後頭部にも目をつけて(そんな気分で)歩くので観光どころではない。それなのにこんな失敗をしてしまった。
 

失敗1
最終日。乗り継ぎのパリにて。モンマルトルに行く途中、地下鉄Anvers駅で降りて地上に出る階段。父がリュックに入れてたビデオカメラ・デジカメ・写真が入ってるメモリー一式をスラれた。リュックには鍵を3個もかけて万全のセキュリティだったのに、この時だけ鍵をかけ間違って、「いつでも開けて下さい」状態だったのだ。

旅行中、何度も父のリュックの鍵をチェックしてたのに旅の最後に気が緩んでしまった。SP失格だ。

呆然としつつも、なんだかアラビアンチックなバルベスの警察署に行き、盗難証明書を作成してもらった。対応してくれた警官が大変親切で見目麗しかったのが救いだった。保険でカメラは買いなおしできたものの、旅行の写真が全部無くなり、父の消沈ぶりったら、なかった。それ以来モンマルトルは我が家の鬼門となり、サクレ・クール聖堂を見る度に心が痛む。
 

失敗2
最終日。乗り継ぎのロンドン・ヒースロー空港で。
治安が悪いと聞いていたスペインで神経すり減らし、後は帰国便に乗るだけだと思うと、つい気が緩んでしまった。
関空行きの搭乗がはじまり、ゲートに向っている途中、父が、私に「カバンは?」と聞いた。なんと私は手ぶらだった。当然持ってるはずのパスポートや搭乗券・カード・財布などが入っているバックが無い。そうだ、空港のトイレの扉のフックにバックをかけたまま出てしまったのだ。これじゃぁ、私は帰国できないではないか! 当然トイレに猛ダッシュした。

ここは外国、もう無いだろなと覚悟を決めていたが、なんとトイレの前で私のバッグを持った女性警官が「誰のじゃ〜」と立っていた。顔面蒼白で駆けてきた東洋人を見て「来た〜」と笑いながら何も確認せずにバッグを渡してくれた。私が守っていると思っていた父に「信じられへん」と呆れられた。

他にも、空港での失敗はまだまだあるのだが、要するに父連れの旅に限り、「もうすぐ帰国できるう」と思うと極度の緊張が緩んで失敗するのを繰り返しているのだ。

(明石海苔スカヤ 様)


 
 
 
50代後半 父

初の父娘海外旅行。

父はアジアの出張などで英語は話せるはずなのだが・・・日本語でも頭がまわらなくなりつつあり、ホントに二人だけで大丈夫なんだろうかと思いながら、出発。

娘ベルギー一人旅すると言ったら、心配した母が「お父さん行ってらっしゃいよ」の一言で、足腰が痛いと杖をつく生活をしている父連れで、厳冬11月のベルギーへ。

退職記念に、母にダイヤの指輪をプレゼント&妹にはダイヤのピアスの買物をするため、ブルージュとアントワープにも日帰りで。

とにかく寒かったが、あちこちにバーがあるので、父ビール、娘ワッフルで休憩しながらの観光。父が杖をついているのでブルージュのダイヤモンド店主が駅まで自家用車で送ってくれたり、親切にしてもらえた。

鉄則:

こちらが何から何まで注意を払い、すべてやっているのだが、父が安心でき、自信のある所では、必ず頼っているフリをする。→かっこつけてがんばろうとするので、ボケっとなるのを防げる。

ガイドブックなどで事前学習をさせ、どこに行きたいか、何を見たいかを自分の口から言わせる。行きたいか、行きたくないか、見たいか、見たくないかを確認し、そのために何が出来るか、どうしたらできるかを後から考えること(現地でも)。

最初はお前が大変だろうと遠慮していたが、一問一答形式でほとんどアンケート。私の希望はこうしたい、これはできないという理由も、必ず説明した。ほとんど仕事状態

失敗談:

到着した初の食事(ランチ)で、父の前歯の差し歯が折れた。パンが固くてガリっと音がした。差し歯がかけただけでよかった。笑うときれいに歯抜けの、なんとも間の抜けたおじいさんに・・・。以後、「俺は今後一切笑わないぞ。しゃべらないぞ。」といいつつも、ウェイターに「おいしい?」と聞かれたら「うまい!」と笑ってしまい、あわてて口元を隠していた。

写真は最初一生懸命口を閉じているのでこわい顔になっていたが、旅後半には気にせず、歯抜けのまま写っていた。

旅後半、だんだんと街や「海外」に慣れ、飲んで気をよくして体もあたたまったところで、ランチをした店に杖を忘れて来た。あわてて取りに帰ったら、「もう必要ないよ」なんてからかわれた。
 

成功:

日程はゆっくりめ、疲れたかなと思う前に、必ず休憩。「飲ませて」「食わせて」「休ませて」。父はスケッチが趣味なので、面白いものを見つけて写真を撮ったり、人間ウォッチングをしたりする時間を作った。昼寝をすると夜に眠れなくなると母に聞いていたので、移動の車中でも絵の道具をいじらせて、へんな時間に昼寝をさせないようにした。

ディナーにはジャケットに黒シャツ、シルバータイでかっこつけさせ、ホテルのバーで食前酒を飲んで出かけた。ジェントルマン扱いされて気をよくした様子。

フライトでは杖をついているので、足を伸ばせる席にと言うと、足元の広い席にしてくれてこちらも助かった。
電車の中でも、チケット売り場でも、何かと親切にしてもらえた。 「おれはそんなに年寄りかね?!」なんて本人は恐縮していたが・・・。
 

くぅぬぉぉぉ!!と思った点:

飲んで同じ話を何度も聞かされること。今日のあの時、あの店員がこう言った時、とっさに出なかったんだけど、こう返せばよかったなぁとか英会話の復習をしていたが、わかってたならちゃんと返事してくれよ!と何度か思った。
 

困らされた点:

常に何かがない、どこに入れたっけ?を独り言のようにつぶやいて、焦っていた。最初はいちいち気にかけていたが、一日中なので・・・これは独り言なのだと思うようにした。最終的には「あった!」となっていたが、イライラしないように見て見ぬフリ。
 

ウケのよいホテル:

部屋が広く、照明の明るいところ。規模の大きいホテルが安心する様子。古いリフトがえらく気に入った様子で、早い方ではなく、あえて古い方に乗りたがった。朝食はビュッフェ形式でいろいろと選べるのが楽しいみたい。現地のものを食べたいと言うタイプなので和食はなくて平気だった。

冬料金でいつもの6割くらいの値段で泊まれるお得感と、ホテルの隣はインターネットショップで日本とメールが出来ることで安心した様子。今日一日の出来事を、英語とローマ字で毎日メールした。
 

母との違いetc. :

変にびびったりしない。母は見るもの聞くもの全部が「こわい」と思っていた節があるが、「大丈夫だよ」とこちらもできるだけ落ち着いた態度で言えば、そうなんだ、とあっさり納得していた。

人にどう思われようと気にしないもんね!と飲んだら強気で、ああ〜おいしかったぁ!と大蒜のニオイをプンプンさせながら、平気で街を歩いていた。

(トラジ番 様)

80代父。
3年間にチェジュ島、パリ、韓国(ソウル、扶余)、イタリア(ミラノ、フィレンツェ、ローマ)に父と個人旅行。

それまではまったく海外旅行に興味を示さなかった父なので、突然の変化に驚いた。
が、父の年齢を思うと、できる限り希望に添いたかった。それらを叶えられる状況にあったことを、幸せだと思う。
 
準備; もちろんすべて私の仕事。航空券、ホテル、スケジュール等々。どうしても行きたい場所、見たい物については何度も確認した。また、父には特に持病はないが、なにぶんにも80代なので、旅行中の健康維持に最も気を遣った
 

留守中の危機管理: 万が一の場合の残された家族のことや、旅行保険の受け取り手続きなど、従兄弟に頼んで出かけた。快く引き受けてくれたので、とても心強かった。
 

飛行機: ヨーロッパへはビジネスクラスだったので楽だったようだが、それでも

ファースト・クラスは高いのか」という質問が出た。これ以上は無理です、お父様・・・

また広大な空港内の移動は辛かったようで、私も父が倒れはしないかと心配だった。
父としては随分頑張って歩いた。そして、それが出来たことが、旅行後の日常生活の自信にも繋がったようだ。
 

ホテル: スケジュール的に可能な限り、いわゆるパラス・ホテルに部屋を取った。父が具合でも悪くなって病院に行ったり救急車を呼んでもらうような事態になった場合、大きなホテルの方が対応がスムーズと考えてのこと。
 
一晩だけ、パリで私の好きなサン・ルイ島のホテルを用いたが、部屋が狭かったので気に入らなかった様子。

チェジュ島及びソウルの「シーラ・ホテル」、パリの「ムーリス」(スィートにアップ・グレードされていて寝室とサロンの2間)、ローマの「エデン」などは広くて気に入っていた。しかし、これも人それぞれの好みがあるだろうし、部屋のあたりも良かったのだろうと思う。

 また、「妻もしくは愛人」という誤解を避けるため、到着時間やあれこれの希望を伝えるメールをホテルへ送る度に、「父」という語を頻用した。

そのせいか、「ムーリス」では、私たちの担当者が父娘であることを確認した上で、ツイン・ベッドがくっついて置かれているが離すこともできる、と言い訳めいた説明をしてくれた。内心おかしかったが、対応には納得した。それ以外には、どこのホテルも私たちの関係には無関心だった。 
 

食事:  朝食はふだんパンなので、アメリカン・ブレックファーストであれビュッフェ式であれ、どこのホテルでもよく食べていた。昼と夜は「人間、食べたいものを食べるのが、元気のもと」と割り切り、父の好みを尊重して、努めて日本食にした。

20時にネクタイと上着着用で「ムーリス」のディナー・・・などというのは最初から諦めていた。私の行きたいレストランには行けなかったが、一人で食事をしなくてすみ、それはとても嬉しかった。父親であれば好みも分かっているので、それさえ気をつければ、気は楽。
 
食事も、親子の世代・年齢、性格、食事の好み、金銭感覚などによって、選択肢はいろいろあるだろう。が、とにかく相手に無理をさせないこと、自分も過度に我慢しないようにすることが、互いに快く旅行を続けるコツだ。
 

服装:  旅行が10月半ばや3月末、4月初旬という季節だったので、防寒もかねてブレザーを着てもらって、出発。その上に、雨に備えて品のよいダウンのコート。ズボンは濡れた場合を考えて、余分に1本スーツケースに入れた。

あとはカジュアル・シャツ、フォーマル対応の白ワイシャツ、ネクタイ、部屋でくつろぐ時のためのカーディガン、下着など。帽子着用、杖は折畳式のもの。セキュリティ・チェックの際には、杖も取り上げられ調べられたように記憶するが、空港の杖を貸してくれた。
 

買い物: 家族などへの土産は、父はいろいろ買いたい性質だった。飛行機嫌いで日本で留守番している家族の好みは判っているので、私がいくつか候補を選びだし、最終的な選択は父にしてもらった。それで納得していた。もちろん店員との交渉、支払い、免税手続きなどは私の仕事。荷物は増える。

しかし、空港などで私がトイレに行ったり免税店を見て歩いている間、注意深く荷物番をしていてくれる人が
いるのは、とても楽で有難かった。
 

失敗: フィレンツェ駅でローマ行きの列車が入ってきた時、
乗降客で混雑するホームで、父とはぐれた。
幸いに、出発のまさに1分前に見つかって電車に乗れたが、それまでの10分か15分、
私は半狂乱でホームや車両内を走り回って父を探した。父は、ミラノでフィレンツェ行きの電車に乗った際の記憶からか、
同じようにホームの先端の方まで歩いて、立っていた。

父には切符も渡しておらず、ローマのホテル名も言っておらず、またお金も100ユーロ程度しか持ってもらっていなかった。

もちろん、列車により車両番号が逆になってホームに入ってくることも、説明していなかった。
父が面倒がっても、それらすべて説明しておくべきだった。また、父にも携帯を持ってもらうべきだった。
冷静に考えれば、切符を持っていない父が乗車するはずはないのだが、その時は無我夢中そこまで思い至らなかった。
笑い話ですみ、本当によかった。

宿泊先などを詳細に記載したスケジュール表、海外用携帯など、
親の年齢・性格などに関わらず、「危機管理」ということで納得させ、かならず父親にも持ってもらうことを強く薦める。
 

写真: 帰国後の写真の整理も、もちろん私。希望の写真は引き延ばして飾ってあるし、データーとしてすべて保存。父は、時にそれらの写真を出して眺めている。
 
 

いろいろなことがあった4度の海外旅行だったが、これが30年前、20年前だったら、私もすべてにおいてもっと我が儘を通していただろう。しかし、80代の父との旅行では、守られるよりも守る側として添乗員兼通訳に徹するだけ。そんな苦労よりも、父が満足して喜んでくれたことが何より嬉しかった。いつかそれらの思い出は、無上のものとなるのだろう。 
(コストで行こう 様)

 
管理人補記

私の場合は、母に必ず現金(円、ユーロ両方1万円ずつぐらい)、パスポートコピー、緊急連絡先、ホテルその他日本語の通じるところ、いざとなったらここに連絡する、電話方法、などを持たせています。

万が一、はぐれたら〜する、というのは母以外の同行者でも、想定して、お互いに決めておきます。

また口頭でいってもハイになっていると忘れやすいので、必ず紙に書いて、渡します。

紙はなくしやすいので、二箇所にもたせます。また1つメモを渡して全てそこに時系列発生順に 本人の字で書かせたりもします。


還暦の祝いを機に、3回(アメリカ・トルコ・ロシア)に父娘で。
 

・ツアー
添乗員がいれば安心感が違うまた、ツアーで知り合う皆さんとのおしゃべりが楽しいようだ。私はしゃべらないので助かる。

ツアーで父娘 参加の場合、早めに父子であることをアピールする。夫婦か愛人関係と誤解を招くので、皆さんとの間に、「距離」ができる。

「○子」 「お父さん」 これは夫婦間でもあり得る会話なので、父とはぐれた場合とかに「うちの父 知りませんか?」と投げかける。 これだけで、みんなが安心して声をかけてくれるようになった。

地方からの参加の場合、子は通訳をする。年を取れば取るほど、方言がきついもの。夢中でしゃべる父の言葉を、さりげなく標準語っぽくする。そうしないと、みなさんが困り顔で、無口になっていく。

ツアーのみなさんに知らず知らずのうちに失礼なことを言っている場合がある。その都度、二人きりの時に注意する。本人に悪気が無くても、誰も口をきいてくれなくなったら困るから。
 
 

・マナー
美術品など触ってはいけないものを、触る前に止める。いつも冷や冷やする。
 
 

・写真
一緒に写真に写る。嬉しいようだ。
 

・買いもの
内容はよく相談に乗ってやる。もらって喜ばれるようなものを選んであげたほうが、相手に渡すときに気持ちが満たされるだろうから。
 

・薬
服薬のチェック。トラベルハイで父は飲み忘れたらしく、病院で先生に話すと笑い飛ばされたが、婦長から延々と説教を食らったらしい。とばっちりは、笑い飛ばした先生にまで。
 

・乾燥注意
のど飴と飲み物。日本と比べ大陸は乾燥したり、埃っぽかったり。ロシアの埃っぽさには「もう行かなくて良い」と言い切る父。
 

・写真の整理。
膨大になった写真をできればアルバムに貼るところまでしてあげる。年を取れば取るほど、してあげた方が良い。
 

・母親と違い
父親は娘の言うことは良く聞くもの。意外と楽かも…。

・トイレ
娘はトイレまではついて行けないので、ツアーのほうが防犯の面でも安心。

(がばい黒タン 様)

欧州は 帽子がすごい。さすが本場だ。おじさん、おっさん、おっちゃん、おじさま、紳士ふう、なんでも アレンジできる。

日本でなかなか親父と帽子かいに百貨店に、とはいかないから、頭まわりがでかい父にむけて、たまに買うことにしている。

男性は気に入るとずっと使ってくれるから、是非 帽子をお父さんにプレゼントしてみてほしい。

(ハゲがかくれるので、60以降は意外と使っているようだ)

(Chun3)


 
 
 
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