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 30 May  / 1 Nov.2014 経験談追加
 
けっこうあります。

客数が少ないときに間引くこともあります(間引いた、とは当然いうわけがないが)
飛行機1機 飛ばすにはお金いりますから、わかってあげましょう。
 

打開策は とにかくチェックインカウンターで アピールしてアピールして なんとか別の便をもらうこと。
交渉しまくりです。

待ってて、とか言われることがありますが、だまって座っていても
空いた席は どんどんアピールする人にまわされます。

だめそうなときは、1泊か、他地周回を覚悟して、最初から 交渉。ホテル券をもらったり。

保険で補償される場合もあるので、気になる人は、特約をつけていこう。掛け金50円ぐらい。
 
 

 

 (AF) 羽田-パリ 


 故障による欠航。夜便の予定が飛ばずに、翌日となった。

自宅を出る5分前に、留守電が光っているのを発見。
再生してみると、エールフランスから、「お客様の新しい便名をお知らせします〜」などと言っている。何が何だか分からず、「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせた。

ホテルの予約は?キャンセルは?レンタカーの予約は?と色々な考えが、頭の中を走馬灯のように駆け巡る。もう、カスタマーセンターは閉まっている時間。 が、これがいたずら電話だったら、困るし、本当なのか?と思い、その時間でも営業していたフライングブルーのカスタマーセンターにとりあえず電話をしてみ た。

親切な人が対応してくれ、調べると、確かに今晩は飛ばないという。これでこの留守電は間違いではないことが分かった。

ともかく、ホテルにキャンセルのメールを送ろう、と思った。今回は、個人手配で、前日までキャンセル料金がかからなかったので、嬉しかった。

パソコンを立ち上げ、メールを開くと、次のようなメールが2通も来ていた。

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お客様へ
●月○日 の AF△便のスケジュール変更をご連絡申し上げます。

出発 ●月○日 TOKYO HND I 出発時刻 1030 到着 PARIS CDG 到着時刻 1615。
以下の代替お乗り継ぎ便を手配いたしました
●月●日 出発 PARIS CDG 2F 1830 到着 MARSEILLE MRS 1955。
何卒ご理解の程お願い申し上げます。快適なフライトをお過ごしください。

このメールへのご返信は受け付けておりません。
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そんなこと言われたって、わたしの予定はどうなる〜。
明日の朝はレンタカーの予約だってしているのに、まだ日本にいるなんて。
第一、何で、飛行機が明日になったのか、理由も分からなかったら、納得のしようもない。
それに羽田空港の駐車場だって、今日から予約してある。明日行ったら、駐車場もキャンセルになっているのではないかと心配する。

もうこれは空港に行くしかないと思い、羽田に向けて出発する。羽田に着いてから、気が付く。エールフランスに羽田から乗るのは初めてだ。受け付けはどこだろう。誰もいなかったらどうしよう。ずっと端まで歩いて、一番端に見つける。

係員はいた。パリを出発しようと思った時、機材の不具合が発見され、修理をしようとしたが、結局、飛行機ごと、変更となった。12時間遅れでパリを出発したので、羽田発も12時間遅れになる。という説明だった。

ホテルをキャンセルしなくてはならないが、保障はあるのかと聞くと、「ここではそのお返事はできません。」との答え。できるだけ自宅に帰るか、空港のレス トルームで過ごすか。と言う。拒否すると、しぶしぶ一人一万円まで宿泊費を出すが、足が出た分は自己負担だし、ホテルもリストはあるが、自分で探してくれ と言う。

また、タクシー代は出ないし、公共交通機関を使ったら、領収書を取ってくれと言う。
翌日の航空券と、ホテル代請求書をもらった。

結局、空港近くのJALシティに空室を見つけ、タクシーで行き、宿泊した。(ツインで22,000円)大きな荷物は空港で預けて、機内持ち込みの鞄だけ持って行く。ド・ゴール空港でシャワーを浴びるつもりで、若干の着替えや化粧道具は持っていたので、よかった。

翌朝、早く起きてホテルのシャトルバスで空港に向かった。
さくらラウンジで朝食をとり、搭乗ゲートに向かった。搭乗ゲートの係員に、ホテル代金の請求書を渡す。受け取るだけで、何も渡されないので、控えが欲しい と伝えた。「これをお渡ししてしまったら、何かあった時、私の方に何にも証拠が残らないでしょう?」と言うと、係員もそう思ったようで、「何とかします」 と言ってから、とても時間がかかったが、それでも搭乗ぎりぎりで、やっとコピーが渡された。


(2014年9月上旬 カングーシュバル 様)
(JL)伊丹-成田-パリ

(トラブル) = 欠航と振替。
AFのWebから予約。

本来の予定なら、成田でJALからJAL便への乗り継ぎだった。

成田では荷物のピックアップなしで、第二ターミナル内の移動だけで済むはずだった。が、乗り継ぐ便がエールフランスに変更され、第一ターミナルへ移動した。

当日、伊丹のJALカウンターで荷物預けの際、乗り継ぎ便が、予定の便の2時間後のエールフランスに変更されていると知らされた。理由は知るすべが無く、とりあえず成田で荷物をピックアップしてカウンターで確認することにした。

成田のJALカウンターで、予約便が機材変更のため4時間遅れになることを知らされた。なぜ伊丹のJALカウンターでは分からなかったのか、と疑問に思った。

航空券はエールフランスのWebから購入していたからか、エールフランスに振り替えられた。一連のことについて、エールフランスからの案内は一切なかった。

 (2013年11月下旬 ブルブルビウ  様)

(AF)パリ-成田

 搭乗後、機材トラブルで欠航に。

欠航と決まったのが遅かった。当初13時発の予定で、乗客すべて搭乗し、離陸を待つだけの状態だった。そこで3〜4時間待った。一眠りして目覚めてもまだ飛んでいないので、驚いた。この間、水のみ出た。

電気系統のトラブルにより修理中とのアナウンスが何度も繰り返された。

結局17時近くなってから欠航とアナウンスされた。
その日の宿泊などは空港カウンターに行って手続きするようにアナウンスがあった。

(2013年6月下旬  ぶたこエリザベス 様 様)
(SN)バルセロナ-ブリュッセル

当日、フランス管制官のストライキがあった。
バルセロナ-ブリュッセル間にその影響がでるとは思わなかったが、ミュンヘン便も大幅に遅延したり、イベリア航空系のLCCも欠航が続出したりでゲート側のカウンターは、大渋滞していた。

ラウンジにも行ったが、搭乗ゲートの案内板付近でないと、乗客の動きが見えなくて不安だった。結局、14時台の出発が大幅に遅れ、案内板の搭乗ゲート表示、出発時間が何度も変わり、欠航もありかと心配したが、18時台になって出発。

途中、ブリュッセルのホテルには、フライト遅延のメールを送っておいた。即、応答があった。

出発が3時間遅れたが、SNのエコノミークラスの食事は有料らしく、メニューには値段の記載があった。
航空機に乗る場合は、大幅遅延の場合を考えて、食料は持っているべきだと思う。

(2013年6月上旬  Rod・ロッド 様)
(A3)パリ-アテネ 6月にフランス全土でのストライキがあり、搭乗便が欠航した。
パリのメトロ、RER、バスも相当数が運休となった。

(トラブル) = 当初 エーゲ航空の直行便を予約。前日にwebチェックインを試したところ予約がないとメッセージが出た。
空港のフライトインフォメーションをみると、相当数のフライトが欠航になっていて、いやな予感はしていた。
案の定、欠航通知がメールでやってきた。振替はギリシャへの国際電話でしかできず、これがなかなか繋がらない。結局同日の振替はできず、パリでもう一泊して、翌日便(かつミュンヘンで乗継)となった。

(2013年6月 サラダエクスプレス 様)

(BA)(JL)パリ-ロンドン-成田

(トラブル) =
朝から雪が降って、パリ-ロンドン便が欠航になった。

朝一番の便が欠航になったので、遅れや欠航等も予測して、乗るはずだった便の出発時刻の5時間前に空港に到着した。カウンターに並んで交渉し、なんとか乗せてもらった。

ロンドン-成田便に間に合って良かった。欠航になった便がたくさんあった。

雪と関係あるのかどうかは分からないが、何かあったようで、空港到着時、ターミナル2Aのカウンターとカウンター前が、迷彩服の警察?軍人?によって、封鎖されていた。仕方がないので、空いている他のカウンターを探した。

1時間弱経って戻ってみると、封鎖は解消されていたが、欠航に加えてさらに焦った。

(2013年3月上旬 りんだパンプルムース 様)
(AF)パリ-成田

ブレーキの修理による遅延。修理予定時刻が、だんだん延びてゆき、このまま直らなかったら欠航かと心配になった。 帰国後の、休みの余裕を考えて日程を組んだが、
「年始のため満席だろうから、休み中に帰れるのか。」  「修理が終わっても、乗務員の勤務時間が超過したら・・・」と、心配した。

飛行機が出発する放送があった時は、ホッとした。

(2013年1月上旬 うすちゃのもうふ 様)
(OZ)(LH)関西-ソウル-ミュンヘン-フランクフルト-ポルト
ミュンヘン-フランクフルトが雪で欠航に。

ミュンヘンに予定より30分ほど早く着いたが、なかなかゲートに移動できず、40分ほど機内で待たせれた。

なんとなく悪い予感がしたが、シェンゲン行きフライトのエリアに着いて電光掲示板を見ると搭乗予定の便がキャンセルになっていた。他にもキャンセルの便が多数だった。

ルフトハンザのフリークエントトラベラーカードを持っているので、ビジネスラウンジのカウンターで振り替えの手続きができた。サービスセンターより列の長 さがましな、そちらに並んだ。それでも3時間かかった。手続き自体はスムーズにすみ、翌日早朝の便に振り替えてもらった。

ホテル(空港からタクシーで40分くらい市内郊外のウェスティングランド)代、往復のタクシー代はルフトハンザが支払うとのことでクーポンをもらった。

タクシー待ちの列は並んだが、たくさん来るので10分くらいで乗れた。ホテルのチェックインはやはり振り替え客がたくさんおり、15分くらいかかった。夕食代として20ユーロのクーポンをもらった。ホテル内の汎アジアレストランで夕食。

この時点で23時過ぎ。翌日のフライトが7時だったので、3時間くらいしか寝られず。荷物はピックアップできなかった。

翌朝、空港に行くと、チェックインカウンターの前に簡易ベッドが置かれ、寝ている人がたくさんいた。ゲート前やラウンジで寝ている人も多数。この便も結局出発が1時間ほど遅れた。フランクフルトで乗り継げるか・・と心配したが、
同じ機体がポルト行きになったので、問題なかったが、ポルト着も予定より1時間ほど遅れた。

しかし、荷物が出てこなかった。手続きをしたが、ミュンヘンからの飛行機で見たポルトガル人女性も出てきていないようだった。

バゲージタグと関西からの搭乗券を見せ、荷物形や色のサンプルが載ったシートを見て、どれが近いか聞かれたが、近い色がなかったのでスマートフォンで画像を見せた。作成した書類を渡されて、連絡先を教えてもらった。

滞在中、連絡はホテルのコンシェルジュがしてくれた。2泊分の基礎化粧品等は持っていた。が、荷物は当日夜に届かず、翌日もまだわからないと言われた。

いつくるかわからないと思い、最低必要な下着・コンタクト保存液・クレンジング・クリームを購入した。スーツケースがないので、持って帰れるかわからないため、本当に最小限。

荷物は、朝にミュンヘンにあるので、夜の便でポルトに送る、と言われた。
が、その便も欠航になり、結局来なかった。結局、滞在中荷物は来なかった。

帰国後4日ほどしてスーツケースが自宅に届いた。破損等はなかった。

ルフトハンザに問い合わせると、代替品として購入したものの代金はレシート原本と搭乗券のコピーをカスタマーリレーションズに送れば支払われる、とのことだった。
(2013年1月中旬 るちーたあるびせれすて 様)












2012年

 離陸直前に出発中止、遅延。

「間もなく離陸します」のアナウンス後、滑走を始め、かなりスピードが出ていた。
が、ドンという衝撃の後、急減速。推測で、とっさにパンクか、と思った。

アナウンスがあって、駐機場に戻り、総点検が開始された。その間、乗客は中にとどめ置かれたが、混乱もなく、みんな出発を静かに待っていた。
点検の最中、トイレや携帯の使用OKだったこともあると思う。

翌日のフランス国内の飛行機移動が気になったり空港からホテルへの移動が深夜になるのでは、と心配になった。が、日本の航空会社なので、国内に代替機もあるだろう、と落ちついて待てた。

その間、フライトレコーダーの回収に機内に係員が入ってきたり、アナウンスで状況が逐次報告されたり、新しい出発時間も知らされた。

約2時間遅れで、出発。パリでは乗り継ぎ時間が短い客に、地上係員が対応していた。

(2012年12月下旬 Bera@サンジャン 様)
(AF)関西-パリ  トイレの故障。

エコノミーのトイレ4つのうち、前方1つ、後方1つの計2つが故障で使えなかった。
そのため、食後は長蛇の列。それ以外の時も、少し待った。

後方の故障トイレについては途中、「手を洗うのは可能」というアナウンスがあったものの、混雑に対する効果は出ず。

結局、着陸1時間程前に、機長からアナウンスがあり、氏名や旅券番号などを記入する用紙が配られた。提出すると、後日、エールフランスから、エールフランスを通しての航空券予約で使えるクーポンが、Eメールで届いた。

(2012年12月下旬  お魚ダンサー 様)
JALとエールフランスの共同運航便のため、機材はエールフランスだった。ところが、このエールフランスが、当日の夜、故障のため、欠航。

無理に飛んで途中で落ちるよりマシだ、と思い、その日用意された浦安のホテルに着いたのが真夜中。ビジネスクラスだから、タクシーで移動だったが、エコノミーなら、さらに遅れてバスだった。

それから、パリの旅行代理店に1泊分急遽手配し、アヴィニョンは、1泊目は不泊になるが、2泊目3泊目は、必ず泊るので予約が流れないように、頼んだ。

手配していた往路のTGVは乗れないので、翌日のTGVをホテルからネットで予約した。自宅でないので、プリンターのついたパソコン(Win98)を15 分100円で借りた。英国の英語サイトだと一週間前までしか予約できず、フランスのサイトでセルフ印刷にしようと思ったが、住所か郵便番号ではねられて、 進めなかった。仕方なく、朝一番の駅発券の切符にした。

当初手配していたTGVは、早めにおさえたため格安だったが、とりなおしたものは
前日なので、高い料金になった。

今回の欠航で、10万円ほど損失。列車は、週末の地方行きなので、時間帯によっては、満席が多かった。もしTGVが取れなくて2日めの現地ツアーもキャンセルになったら損害がさらに大きかったと思う。

また、ビジネスクラスなのにチェックインカウンターに1時間以上並んだ。
エコノミーの客は、さらに並んでいた。

振替便は翌日14時頃と言っていた。実際その日になると、午前便が遅れていて、それが14時半ぐらいに飛んだ。私たちの便は、16時頃出発で、機体は前日のものだった。

ファーストクラスビジネスクラスに乗っていたフランス人の多くは、この便で見かけなかった。他の早い便を取ってもらっていたのだろうか? 前夜、欠航のためもう一度日本に入国して荷物をターンテーブルで出てくるのを待っている時、ものすごい剣幕で
ビジネスクラスの客が地上係員に文句を言っていたのを見たが。

(2012年8月 えいとま 様)
(NH)(AF)成田-フランクフルト-パリ

予約はエールフランスの成田-パリであったが、当日、空港のチェックインカウンターで欠航を知った。当日朝に到着予定だったパリ⇒成田便が機材トラブルで欠航になったため。

ビジネスクラスの乗客は事前に振り替え作業が済んでいた模様で、エールフランスのカウンターでは、まるで何事も無かったかのように、 「本日は全日空のフ ランクフルト経由で行って頂きます。」と言われた。 こちらから聞かないと、何が起こったのか全く説明が無かった。しかも振り替えの便が、当初の便よりも 早い出発だったので、少々慌てた。

急に乗り継ぎになったため、事前に調べるなどの準備(心の準備も含めて)を全くしていなかったので、慌てた。

成田でのチェックイン時に、荷物はパリまでスルーできた。が、フランクフルト-パリの搭乗券は発券できなかった。
(2012年8月下旬 Mega Boobie 様)
(KE)中部-ソウル-パリ

ソウル-パリ便の離陸が遅延。
「天候による中国の管制のトラブル」とのアナウンスあり。「あと20分」「間もなく」「10分後には」など、何度もアナウンスがあったが、結果的に機内で1時間半、待った。

(2012年9月下旬 ケピタンが行く 様)
(AF)成田-パリ-マルセイユ


欠航。成田にて、搭乗してから2度停電があり、「コンピューターに不具合があるため、出発できなくなった」という放送が流れた。ホテルの手配ができるまで機内で待った。

機内で、飲み物とおつまみのクラッカーが配られた。

しばらく待った後、ファーストから順に飛行機を降りることとなった。
パスポートコントロールで「出国中止」という、めずらしいスタンプを押された。

エールフランスが用意したタクシーで、舞浜ヒルトンへ移動。着いたのは深夜を過ぎていた。振り替え便は、翌日14:35発になったと聞き、とにかく寝る。

翌朝は、10時に空港行きのバスが出るとの連絡があり、朝食後、準備。
「マルセイユへの乗り継ぎ便が取れなかったら」という不安があったので、エールフランスに電話し最終便を3人分、押さえてもらう。宿泊予定のアパートメン トを斡旋してくれた、エクス在住の女性に連絡を取った。ホテルの部屋は、電波が届かないのか携帯が使えず、ロビーでこれらの連絡を全て行った。ロビーも騒 がしく(当たり前)、これだけの連絡・依頼をするのに、かなり時間がかかった。

バスで空港へ行くと、14:30発のエールフランス便と時間が近いため、チェックインカウンターが大混雑。プライオリティーのカウンターでも、かなり時間がかかった。案の定、チェックインが終わらないため、私たちの便は結局、16:00頃出発した。

パリに到着する約1時間前に、「本日中の乗り継ぎは全て不可。ホテルの手配と乗り継ぎ便の手配を、乗り継ぎカウンターで行うように」との放送があった。今夜パリに留まることになったら、ただでさえ短い私たちの旅行は台無し、と本当に残念だった。

その後、到着は21時との放送があり、シートベルトサインも出て、乗務員も座っているときに、マルセイユ行きは21:45なので、乗れるのではないかとの考えが頭に浮かんだ。
目の前に座っているフランス人乗務員(日本語可)に、乗れるか?と聞くと、「この飛行機はターミナルFに着くから、十分間に合うわよ」と笑顔で答える。 「でも、荷物は積み変えてもらえますか?」と聞くと、「ダイジョウブ」とのこと。この日本語は通じてなかったようで、乗り継ぎはできたが、予想通り、荷物 は来なかった。

マルセイユ空港への到着が23時を越えるため、ド・ゴール空港から電話で、エクスの担当に送迎サービスを頼んだ。


担当者がきて、ロストバゲージの手続きも、てきぱきとやってくれた。そしてエールフランスから宿泊セットを3人分受け取り、深夜にアパルトマンに到着。荷 物の連絡は、担当者に来るようにしてもらい、翌日午後、連絡が入る。しかし、2つしか来ないと言う。結局私のスーツケースが届かず、腹か立ってきて、エー ルフランスへ電話。分かりうる英語とフランス語で抗議すると、ガチャンと切られる。

もう一度同じことを繰り返すと、私の携帯にエールフランスから英語のメッセージが。
「あなたの荷物はマルセイユ空港にある。デリバリーサービスからもうすぐ連絡があるはず」という内容だった。結局、私の荷物はその翌日の午後に届いた。フランス人の「もうすぐ」は当てにならないと実感。

スーツケースは車輪4個のうち、2個の上の部分の本体が、大きく割れていた。
帰国時には、空港へ行くのにバス停まで引いていくことができず、タクシーを呼んだ。

マルセイユ空港でクレームをつけると、新品のエールフランス・ブランドのスーツケースを持ってきて、これを今もらうか、日本でエールフランスのカスタマー サービスに申請するか、選べとのこと。好きなデザインではなかったし、私はワインをたくさん入れるので、ハードタイプのスーツケースが必要。日本で申請す ることにした。

関西空港のエールフランスのバゲージクレームへ行く。マルセイユ空港で担当が仲介してくれた時の、ロストバゲージの種類と大きく割れたスーツケースを見て、本体の修理の書類を作ってくれた。しかし、修理費の保証は、最大1万円までとのこと。

新しいスーツケースをもらうこともできるそうで、パンフレットをくれた。帰宅してから、パンフレットの製品や、本体の修理会社をネットで調べ、最終的には修理に出した。
(2012年8月中旬  るすばんHANA 様)
(MU)パリ-上海-福岡

帰国便の欠航。10時間の遅延の末、欠航になり、1日遅れで帰ってきた。一番安い、上海乗り継ぎの中国東方航空だった。次は直行便で!と強く思った。


パリ発 上海行きが、当初13時40分発だったのが、テクニカルトラブルと説明され、22時発になった。

2食分(昼食・夕食)のミールクーポンがもらえたので、何とか空港内で時間を潰し、搭乗口に行ってみると、カウンターの職員と外国人が、激しく言い合っていた。嫌な予感がするな〜と思っていると、23時30分発に変更になっていた。

そのまま待っていると、また言い合いが始まった。偶然いた、日本語が堪能な韓国人女性に状況を聞くと、 「今日は出ないから明日の便になった、ホテルに案 内するからついて来い」とのこと。 別の窓口に移動し、順番が来るまで1時間ほど待って、明日の便の説明と、ホテルのクーポンをもらった。ホテルに着いた のは、夜中の1時過ぎだった。

結局、翌日の12時発の便で上海へ。何の説明もないまま、上海で中国東方航空の職員から、一人1,200元(10,000円強)を渡された。迷惑料みたいなものかと思う。

福岡への便は、もともと乗る予定だったものに乗れた。エールフランスの職員が対応していたが、一貫してフランス人職員は、対応が丁寧で優しかったが、中国人は無表情で怖かった。
(2012年7月 みー0804 様)

(AY)成田-ヘルシンキ-バルセロナ

成田出発が遅れた。
11:00発が、機材の到着遅れのため、13:40発に。

ヘルシンキでの乗り継ぎ時間は約2時間のため、チェックインカウンターの前で呆然となった。同行者は乗り継ぎ経験が無く、「待っててくれるんじゃない?」なんて呑気なことをのたまう。私は本誌で様々なトラブル経験談を読んでいたため、一人で焦って、変な汗が出てきた。

一番乗りでチェックインし、恐る恐る聞いたところ、「今のところ、ヘルシンキにてバルセロナ行きの乗客を待っての出発予定」とのこと。
それでも信じ切れず、本当に大丈夫なのか聞いてみると、「同じ経路でバルセロナに行く団体が20人程いて、当日バルセロナに行く最後の便のため、大勢の人を置いていくわけにはいかないから、出発時間を遅らせることになった」とのこと。
団体が一緒の便にいて助かった。スーツケースにも乗り継ぎ時間が短い旨のタグを付けられた。

ヘルシンキでは、とにかく団体より先に進むことが大事だと思ったので、同行者にその旨よく説明し、とにかく急いでついて来るよう言い聞かせ、ムーミンショップなど脇目も振れず、ひたすら早歩き。無事に乗れた時は心底ホッとした。

(2012年5月上旬 マキヒロでバルサ 様)

欠航で乗り継ぎできず。

(KL) 関西-アムス-パリ 

アムステルダム-パリ便が欠航。

最初の 関空-アムステルダム便は予定より早く着いて(15時25分着予定が15時着) 機内ではゲートの案内標示が出ていたので、この時点では、欠航ではなかったのかもしれない。

搭乗開始時刻は、15時45分とあった。5分前にゲートに行ったが、乗客はたくさん待っているのに、飛行機が駐機していないため、不審に思った。何人かの 乗客が係員に尋ねている。

様子を伺っていると、出発20分前に、フライトキャンセルとアナウンスが流れた。荷物をピックアップ、と言っているのも聞こ えた。

とりあえず、荷物が出てくるところに行き、同じ便だった人々が集まる窓口に並んだ。搭乗券を見せると、振り替えは翌日の15時の便だと言われた。今日中は無理かと言うと、「NO」。明日の朝も「NO」。

じゃあ、列車は?と聞くと、「ちょっと待って」とどこかへ問い合わせており、OKが出た。搭乗券に、「NSチケット」と記入され、空港から出て、列車の窓口へ行けと指示。

ちなみに、預け荷物はホテルまで送ってくれるのかと聞くと、シャルル・ド・ゴール空港まで取りに行かないといけないとの事だった。よって、自分でスーツケースを運んで列車に乗ることになった。

列車の切符売り場でも、約1時間半並んだ。航空券と引き換えに切符を渡された。

18時過ぎの、NSというオランダの列車で(座席指定なし)、ブリュッセル・ミディ駅まで行った。ミディ駅に着いた時は21時を過ぎていたので、何か買おうと思ったが、ほとんどの店が閉まっていた。

それからタリスへ乗り換えて(座席指定あり)、約1時間後、やっとパリ北駅へ着いた。北駅からホテルはタクシー利用。18時半くらいにはホテルに着いている予定が、23時過ぎた。疲れた。

(2012年5月上旬  みとんくるみ 様)







2011年
台風で欠航、乗り継ぎできず


(CX)パリ-香港-中部



(トラブル) = 香港−中部が台風で欠航。翌日に振替。

乗り換えカウンターで手続きが必要だったが、出発ロビーに出てから知ったため、乗り換えセキュリティーを逆行して到着ロビーに戻った。

セキュリティーチェックの係員は「flight cancel?」と尋ねてきて、搭乗券を見せたらすぐに通してくれた。乗り換えカウンターで、搭乗券に新しい出発時刻を手書きで書き込まれ、名前が記入されたホテルバウチャーをもらった。

通常の入国手続きを経て、空港隣接のリーガルエアポートホテルへ行った。

預けた荷物は出せなかった。ホテルのレセプションで夕食券をもらった。建物外側のツインのシングルユースで、今回の旅行で一番よい部屋だった。

同行者は別予約のため、同様の別部屋であった。空いた時間でマカオに行ってきた。

(航空券の入手方法と時期) = キャセイの日本語サイトから。2011年4月下旬


(2011年9月上旬 だいだい武者 様)

成田空港にて。
バゲージシステムの故障により、搭乗が約1時間30分、搭乗後も約1時間動かず、
結局、2時間30分ほど遅れた。

パリ到着後、パリ東駅に移動して、TGVでメッスまで行く予定だったが、予約したTGVには無理しても、ぎりぎりで間に合わなそうな時間だった。SNCF のサイトで検索したところ、その時間からメッスに行くと深夜0時過ぎの到着になることが判明したので、安全を考え、行くのは断念した。

当日の、パリの宿を取るのにバタバタしていたら、予約していたメッスのホテルに
キャンセルの連絡をするのを、すっかり忘れていた。後日、予約したBooking.com経由で、1泊分がクレジットカードに請求された。支払うのは当然なので良いのだが、マナーとしてホテルに連絡しておくべきだった。

(2011年9月上旬 あるぱかだらけ 様)
(EK)パリ-ドバイ-関西

機材故障で、パリ発が3時間半遅れた。

全体アナウンスがわかりにくく、個人で確認した。
3時間経った頃、ゲート前で待機中の100人以上の乗客に、ジュースとサンドイッチが配布された。もはや、乗り継ぎは諦めて欲しい、というようなニュアンスのアナウンスあり。

諦めた頃に、パリ出発確定。その20分後には滑走路に。

ドバイ乗り継ぎ便の出発時刻に、飛行機が到着した。その後は前述のとおり、乗り継ぎ。関西には1時間遅延で到着。

機材の故障は困るけれど、人的対応はまとも、問題なし、上出来。
(2011年9月上旬 金直na 様)
(BA)ブリュッセル-ロンドン-羽田

ロンドン-羽田が、機体トラブルで搭乗後なかなか動かなかった。30分以上停まっていた。
問題が解消したので、ということで羽田まで飛んだが、そのあとロンドンに折り返す便は欠航、と聞いた。トラブルが治らなかったのか、と推測。どういうトラブルなのかは詳しく言ってなかったようだった。
(2011年7月上旬 ごん13 様)
オルリー空港で、ロデズ行きのAFのフライトが欠航になっていたことが判明。
トゥールーズ行きに振替え(追加料金なし)、向こうに着いたら係員が待っているので
シャトルバスか何かでロデズ空港まで送る、とのことだった。

てっきり「ロデズ行きのお客様はこちら」みたいなボードを持って迎えてくれると思っていたのだが、それらしき人は見つからず、AFカウンターを見つけるまでしばらく空港内を歩き回った。私以外にも10人ほどロデズ空港行の客がいた。
(2011年4月/5月 パスティス51 様)



2010年
 
AF パリ-成田

乗り込んでさあ出発!というところ、牽引車が故障とかで替わりが来るまで延々待った。

23時20分発のところ、離陸は夜中の1時を回っていた。

一日中観光してクタクタになっていたので揺れる心配のない機内で熟睡し、かえって疲れが取れた。 夜中の機内食ももりもり食べられた。ものは考えようだ。

(2010年12月中旬 すずめのぽちくん 様)

NH 成田-パリ

雪のため、ド・ゴール空港が閉鎖。ロンドンヒースローへ一旦着陸。そのまま機内にて4時間待機。
その間、水とジュースの配布のみ。

ド・ゴール空港再開後、給油し、再びパリへ向け離陸。荷物を受け取ったら22時過ぎ。
雪のため、空港からの交通機関はRERしか動いておらず、また本数もかなり少なく、
最終目的地のオペラまで行けなかった。

雪と夜中1時を過ぎていたため、タクシーも捕まらず。シャトレからオペラ座の近くのホテルまで
スーツケースを引っ張りながら歩いた。

機内で知り合った女性と二人連れで移動できたので心強かった。
ホテルに着いたら午前2時半だった。

(2010年12月中旬 ゆきよね 様)
 
 
 

AF パリ-ピサ

フィレンツェ着の予定が、天候不良のためピサへ。

到着後、航空会社(アリタリアとエールフランス共同運航)の段取りが悪く、手配バスのアナウンスが到着後しばらくたってもない。

日本なら、当然あるべき手配バスを期待せず、急いでいたため、フィレンツェ行のバスを探し、切符を買った。その後、航空会社の手配バスがあ ることに気づくも、もう遅かった。「別のバスの切符を買った!どうしてくれるの?!」と、言うも、そんなの、ラテンの人に通用するはずもない。

日本人どころか、アジア人が一人もおらず、自分の押しの弱さに、めげた。その、ネガティブな出来事が、後の行程にも響き、しばらくひきずった。

( 2010年11月上旬 プロバンス鉄道。様)

 

AF パリ-関西 

大雪で、乗り込むまでに1時間近く遅れた。乗り込んでからもしばらく動かない。どうしたのかと思ったら乗り継ぎの人を待っている、とのことで、さらに遅れた。

そうこうしているうちに滑走路が一本閉鎖されたとかで、順番待ちで遅れ。動き出してもすぐに停止するので、シートを平らにできないうちに寝てしまった。13:40離陸予定、実際に飛び立ったのは17時。でも翌日は欠航になったそうなので、飛んだだけまだマシ。

(2010年12月上旬  マグカップ49 様)
 

JL 羽田-パリ 

現地到着が予定より大幅に早まった。そのため係員がおらず、タラップが動かなかった。

駐機スポット到着後、30分ほど機内待機した。気の早い人々が荷物をもって出口に向かって列を作っていた。

(2010年11月下旬 さるの見聞録 様)

JL 羽田-パリ
 

機体故障。出発が遅れた。滑走路に向かう途中で、
機長からアナウンスがあり、故障が発生したため整備に戻るとのこと。
1時間くらいで終了する予定なので機内で待つように、と指示。水と軽食配布。

その後、修理に時間がかかるため別の機体を用意するので一旦降りてロビーで待つように案内あり。手荷物を全て持って、ロビーへ移動。この時点で夜中の2:30。

その後、運航管理責任者らしき人から故障が完全に直った旨、アナウンスあり。別機体を用意するよりも、修理を終えたこの機体で飛ぶ方が早く出発できるため
別機体への変更はなし、とのこと。再び搭乗。

結局離陸したのは朝未明5時近く。※3時間の遅れとなった。

この遅れのため、現地でTGVへの乗り継ぎが不可となった。羽田のカウンターで、パリ以遠、飛行機での乗り継ぎ予定がある客には、別便への振り替えを手配していた。

TGVについてはどうなるのか、と交渉した。現地に問い合わせをしておくので到着後に現地係員の指示に従うように言われた。当初、対応してくれた窓口に「到着したあとのことは保証できない」と言われたが、
交渉次第だと感じた。

ド・ゴール空港到着後、地上係員に、とりあえずTGVの窓口に行ってみて振り替えできるか、自分で聞いてほしい、と言われた。振り替え不可 だった場合には、改めて切符を購入し、帰国する際にその領収書と引換えに返金するとのこと。結局、振り替えできず、改めて切符を購入した。

しかし帰国日、利用する便名を伝えていたにも関わらず、当日対応してもらおうにもカウンターにJALの職員はおらず、連絡もつかず、たら い回しに。たまたま親切な空港職員がJALのオフィスに電話をかけてくれて、ようやく連絡がついた。JAL職員の間でも引き継ぎが十分にされていなかった 模様。早めに空港に着いていたからいいけれど、あと30分遅かったら諦めていたと思う。約束したからには、きちんと対応して欲しかった。

こういう場合は、カウンターよりも空港案内所か空港職員に○○に連絡をとりたい、と依頼した方が早いかもしれない。空港カウンターでは、「他社のことは知らない」と言われるだけなので。ただし、これはしょうがない返事だと思う。
 

(2010年11月上旬 蜂蜜チャーリー 様)
 

(KL)成田-アムス-マンチェスター

乗り継ぎ予定の便が欠航。
バーミンガム空港が閉鎖となったため、その後の便も欠航。訳分からないまま、空港内のKLMカウンターで、一旦、翌日の便に振替。私の航空券は行き先を変更できないもので、翌日便に変更になった。

翌朝空港に行ったら、またまた欠航。

(2010年11月 エセ鉄子 様)

AF パリ-成田

欠航になり、空港で12時間待った。本来 14:20発KLM便で パリ-アムス-成田の予定が、空港の電光掲示板に欠航(キャンセル)の表示があったので、すぐにカウンターに向かい、新しい搭乗券を手配してもらった。
 

搭乗券を紛失した。   
遺失物室はちょっと分かりづらい場所にあった。ターミナル2Aの地上階。
あの広い空港内で失くした物は本当に出てくるのだろうかと不安になった。
搭乗券を失くし、1時間では出てこなかった。eチケットだったのですぐに手数料無しで再発行してもらった。

(2010年11月上旬 間借りのBazza 様)
 

エールフランスの新機体変更(A380導入)のため、欠航になった。

また座席指定をするのに、購入分と特典航空券分で連絡先が違うため、変更するのに苦労した。
(2010年10月 トラジ番 様)

 
 
 
成田-アムス-バーミンガム が マンチェスターに振り替え

(搭乗時期) = 2010年11月

(航空会社) = KLM(KL)

(搭乗クラス) = エコノミークラス

(出発の空港) = 成田空港 第一ターミナル 北

(出発空港の様子) = 以前売店によーじやの商品が置いてあったと思ったが、なかった。

(乗り継ぎ地) = アムステルダム スキポール空港

(乗り継ぎ空港) = KLMの発着が同じターミナルのため、乗り継ぎ自体は
そう遠くなく難しくなかった。徒歩での移動。

(到着地&ターミナル) = 予定ではバーミンガム行きだったが、欠航となったため、マンチェスター便に変更

(機体) =
成田-アムス: B747-400Combi 配置は 3-4-3

(機内食・飲み物) = 食事2回。
メニューは和食または洋食だったが、両方ともメインが肉だった。
和食がすき焼き、牛肉。洋食は豚肉。

飲み物は種類を聞かなかった。詳細は不明。ビールはハイネケンだった。

(座席) = 窓側。トイレのすぐ近く。前の座席は非常口脇となり、足元が広かった。
優先席もしくは追加料金で座れる座席だった。

(機内販売) = 案内がなかった

(マイレージ) = 75%

(トラブル) =
乗り継ぎ予定の便が欠航。

バーミンガム空港が閉鎖となったため、その後の便も欠航。訳分からないまま、空港内のKLMカウンターで、一旦、翌日の便に振替。私の航空券は行き先を変更できないもので、翌日便に変更になった。

翌朝空港に行ったら、またまた欠航。

(航空券の入手方法と時期) = KLMのWebから。出発一週間前に購入。

(価格) = 15万円強 空港税・燃油込み

( 2010年11月 エセ鉄子 様)

 
 
AF 成田-パリ-リヨン 
 

現地時間でいう2日前に、パリ-リヨン間の予約便が欠航になった旨のメールを受け取った。18時台のメールで、時差のため、日本時間では実質1日前にあたった。

メールの内容は、中止になったことのみ。振替や返金などの説明は全くなし。メールは、英仏語のみ。日本語はなし。エールフランスの予約ページで確認しても、運航中止のことしかわからない。

1. 予約していた便の次の最終便が運航されることを、サイトで確認した。

2. 最悪の場合、翌日便への振替も念頭に入れて、当日の最終便と翌日便のスケジュールを
チェックした。

3. 翌朝、フライング・ブルー会員センターへ電話。マイルで購入した航空券ではないため通常の予約センターに依頼してほしいと言われる。

4. 予約センターにて、最終便への振替を要望し、無事変更できた。即日、変更分のE-チケットをメールしてもらった。料金に変更はなし。

(2010年9月下旬 おおつきブルゴーニュ 様)

 

AF 成田-パリ 

4月にAFのWebから10:30発の便を予約したが、
A380機材の導入によって、予約した便が欠航となった。

いつの間にかAF275便に振り分けられていた

AFのHPをみて気づいて、AFに連絡し、変更を確認した。

(2010年9月中旬 休暇が欲しい 様)

AF パリ-成田

飛行機の出発が1時間近く遅れた。後の機内説明で
機長がセキュリティエリアで引っかかって、遅刻したため遅れた」

と言っていた。・・・機長は遅刻しないでほしい。
( 2010年6月中旬 moo-brown 様)


AF パリ-関西
 

前日からの雪の影響で2時間遅延。2時間機内で待った。機内で配られた新聞を隅から隅まで読んでも、時間が余った。

出発を待つ便が多く、管制許可待ちで待ち、機体が動いた後は除氷作業のため、待機。
除氷作業を行うところまで移動し、そこでも他の飛行機が列になっていた。待ちくたびれて疲れた。
(2010年2月上旬 カイザリンの枝豆 様)


復路、ド・ゴール空港で、乗る予定の飛行機が悪天候で欠航に。

13時40分発の予定が遅れに遅れて、やっと18時頃搭乗できたが、しばらくすると「やっぱりキャンセル(欠航)になりました」とアナウンスがあり、降りたものの、何の案内もない。

ターミナルに戻ったところのカウンターに大勢の人が並んでいた。どうやら代替便を手配してくれるようなので、とりあえず並んだ。長蛇の列で、自分の番が来たのは深夜2時頃だった

そのカウンターで、翌日便の搭乗券をもらうことができ、空港で一晩過ごした。空港内の飲食店で使える朝食券をもらった。

無事に帰ってこられた。あんなに大勢の人が乗れなくなったのになぜ翌日の便に都合良く乗れたのか
よく判らなかったが、とにかく帰ってこられてよかった。

全く何の案内もなく、係員らしき人もおらず、本当に困惑した。並んでいる最中、周囲の同じ便に乗るはずだった日本人同士で話をして、気を紛らわすことができた。この時ほど、「フランス語を勉強していてよかった」と思ったことはない。
(2010年2月 マドレーヌの靴下 様)

2009年



 

KE パリ-ソウル-関西
 

ソウル-関西のトランジット予定の便が、台風のため欠航になった。

関空行きについて、発着ボードの状況欄に何の表示もなく、搭乗ゲートの表示は関係の無い便の表示しかなかった。JTBの添乗員が大韓航空係員と話をして、他の日本人へもマイクで状況説明をしてくれた。有難かった。

結局、韓国での宿泊、夕食、朝食を大韓航空持ちで、翌日9時40分の便で日本へ帰国することになった。

携帯電話で家族に連絡していたら、電池残が少なくなり、慌てた。機内持ち込みに携帯電話の充電器も必要?と考えてしまった。

(2009年10月上旬  ねむりアジュマ 様)

(AF)成田-パリ-リヨン


(トラブル) = 現地時間でいう2日前に、パリ-リヨン間の予約便が欠航になった旨のメールを受け取った。18時台のメールで、時差のため、日本時間では実質1日前にあたった。

メールの内容は、中止になったことのみ。振替や返金などの説明は全くなし。メールは、英仏語のみ。日本語はなし。

エールフランスの予約ページで確認しても、運航中止のことしかわからない。
予約していた便の次の最終便が運航されることを、サイトで確認した。

最悪の場合、翌日便への振替も念頭に入れて、当日の最終便と翌日便のスケジュールをチェックした。

翌朝、フライング・ブルー会員センターへ電話。マイルで購入した航空券ではないため通常の予約センターに依頼してほしいと言われる。

予約センターにて、最終便への振替を要望し、無事変更できた。即日、変更分のE-チケットをメールしてもらった。料金に変更はなし。

サイト上でチケットを購入して座席指定する際、A380の2階席が画面に表示されなかった。そのため、とりあえず1階席で指定。

1週間後、予約センターへ電話をして2階席への指定変更を依頼した。

往復共に、変更を希望。担当者の名前を控えておいた。往きは、すでに
窓側2列席は1ヶ所しか開いていないと言われた。

出発当日、成田空港でチェックインをすると、指定したはずの座席が指定されていなかった。そのため、2階席はもちろんのこと、通路側も確保できないと言われた。

復路分は、電話で言われた席が確保されており、往路のみ指定していない状態であったようだ。

2階席でなくても良いが、通路側を確保したい旨、伝えた。結局は、保安要件(フランス語か英語がわかる、指示に従って緊急時対応の補助をする)を守れることを条件に、非常口前の2列席を割り当てられた。

今までは、電話での座席指定できちんと処理されていたため、書面で再確認をしなかったのがいけなかった。

幸い、電話対応の担当者名、電話した日付を控えていた。エールフランスの地上係員にはそのことを伝えた。それが良かったのかどうかはわからないが、迅速に座席確保をしてもらえた。


フランス国内線の遅延。

パリ-リヨン便に、予定時刻に搭乗。機内にて離陸を待っていると、機長放送あり。内容がよくわからないので、隣席のフランス人女性に尋ねると、21時半発が、23時45分発に遅れるとのこと。携帯電話は、機内で自由に使ってよろしいという話。リヨン着は深夜1時の予定。

乗務員に尋ねると、管制塔のストライキが原因らしい。操縦室の扉も開けっ放し、
職員もややあきれた表情。23時半に出発して、24時半にリヨン着。

成田から預けた荷物がリヨンに無事届いていたのが、何よりだった。タクシーは、インターホンでのやりとり。待っている人がいれば手配されるシステム。

それにしても疲れた。後日、エールフランスよりお詫びの1,000マイルが追加加算された。

(2010年9月下旬 おおつきブルゴーニュ 様)
(JL) 福岡-羽田/成田-パリ-マルセイユ


(トラブル) = 豪雨により、空港冠水するなど影響が出ていた。機材の準備ができず、欠航便があった。前日に福岡-成田間の便が欠航と判かった。JALと連絡が取れず、メール通知サービスも来なかった。

福岡-羽田間の便をWebから有料で予約し直した。

当日は空港冠水もなく、離発着はされていたが、同じような成田行きの人が代替便の手続きをしていた。私たちは羽田便を予約し直した件を伝え、欠航便との差し替え手続きをしてもらい、クレジットカード決済を消してもらった。

その福岡-羽田便も、出発が30分ほど遅れた。50人ほどの振替手続きをし直しているのだから終わるわけがない。この時点で、予約していた羽田から成田へのリムジンバスへの乗車が難しくなった。

羽田の地上係員がそれらの人を統括していたが、手に負えなくなっていた。

案内されるまま、荷物を引き取りに行くが、リムジンバスの時刻を過ぎてから荷物がでてきた。国際線に搭乗が難しくなってきた。地上係員は最善を尽くしますと言い
★文字化け

5分早いバスに乗れた。バスが空港セキリュティを通過したのが搭乗時刻。ほぼ諦めていた。

第1ターミナルに着くと、地上係員2人と責任者らしき人と、もう1人男性係員がいて、私たちの到着を待っていた。荷物を持ってくれ、急いでチェックイン。 荷物を預け、係員と一緒に空港内を走った。セキリュティも通常と違うところを通され、通関は通常通り通過し、走ってゲートへ。駆け込んで搭乗したが、荷物 の収納が間に合わず、30〜40分遅れた。最後の搭乗者になった。

席は予約したところではなく、最前列に並んで用意され、隣が空いていた。バスを降りてからゲートを通過する
★文字化け

(航空券の入手方法と時期) = 5月上旬 Webから購入。



(2009年7月下旬 がばい黒タン 様)

帰国日に成田滑走路事故で、復路便が欠航に。翌々日のJAL名古屋便しか取れないと言われ、真っ青に。仕事で休みがとれないため。

結局ターミナル3そばに手配してもらったイビスに自腹で泊まり、翌日にキャンセル待ちをした。関西便で一席あき、何とか乗れたが、会社に休暇中の行き先を入っていかなかったため、国際電話をかけて平謝り。さんざんだった。

ターミナル3側のホテルから早朝7時前にターミナル1へおみやげを物色しようとターミナルシャトルで行った。店が充実していそうな到着フロアへは、搭乗券を見せた搭乗者しか通してもらえず、一番下の階は早朝でまだ開いていなかった。

仕方ないので帰ろうとしたら、シャトル乗り場に近い所で持ち主のわからない荷物が発見された。
警察や軍が出てきて「下がれ」と言われ、急ぐ私は真っ青に。案内所の担当者は代替バスを出すから待て、と言うものの、時間が経つばかりだし焦った。

その後、下のフロア(ターミナルシャトルの乗り場)から爆発音が。その後警備が解除された様子で、下の階に降りれて、無事にシャトルに乗れた。不審手荷物は粉々に爆破されていた。30分は足止めされた。

この前夜21時頃も止まっていたし、シャトルは止まるアクシデントがあるから怖かった。時間に余裕が無い時は決してターミナル・シャトル間移動をあてにするべきでなく、代替手段を知っておくか、よほど時間に余裕を持つべきと思った。

(2009年3月 ゆーえん 様)


ストライキ。
ゼネストの日に帰国日が当たった。近距離のフライトが一部欠航、長距離便のキャンセルはなかった。
(2009年1月 Rod・ロッド 様)
(JL)パリ-成田

18時の便だがホテルを昼にチェックアウトしてそのまま空港に向かった。朝から雪で、体調も悪く、歩き回るのも食事するのも億劫だったので、早めに空港のラウンジで寝るつもりだった。
 

空港は大混雑。朝の便が悪天候のため欠航や引き返しがあったとのこと。3本ある滑走路が1本しか使用できず、離陸の順番を確保するまで待ったようだ。4時間遅れて出発。ラウンジで6時間以上待っていたが、ぐったりして寝ていたので大分体が楽になった。

朝の便や大阪便の乗客もいたので、機内は満席だった。

(2009年1月上旬 ビオラとパンジー 様)
 

フライト欠航や遅延など、往復でトラブル。

空港でひたすら待つ時間的ロス、振替え便の交渉、ゲートの変更の度にブーツまで脱いでのセキュリティチェックを繰り返したり、と体力的にも精神的にも消耗した。
(2009年1月/2月 Kurumi no wine 様)

 

前夜にインターネット・チェックインができなかった。

AF292便が当日欠航し、振替便の知らせが 朝5時頃 AF登録のPCメールにきた。英文メールに一瞬あわてたが朝早すぎて問い合わせもできず、予定より約40分早い振替便に合わせるため、さっさと用意をした。

関空のAFカウンターにて事情を聞くと、寒波でド・ゴール空港凍結により空港が封鎖されたのが理由らしい。

「それなら振替便からの乗継便は予定の2時間違いなのにCDGに降りられるのか、スキポール空港は初めてで、不安だ」と言うと、「現時点 で、その便の着陸はOKが出ているとの判断。万が一何かあればスキポール空港にて案内する。KL便にも日本人乗務員が乗っている」と言われた。

自宅に帰ろうかとも思ったが「翌日のAF便への振替も可能だが、明日の天候状態もわからない」とのことなので、振替のKL便に乗ることにきめた。

一人旅なので不安で頭がぼーっとしそうだが一瞬の判断が大事、と腹をくくった。搭乗待ちの間に、ホテルの日本代理店に電話して事情を伝えた。到着が遅れる旨と、最悪の場合、予定日に行けないが、部屋をキャンセルしないようにと現地ホテルへの連絡を頼んだ。

(2009年1月 ガトーHIRO 様)
 

AF 成田-パリ → JL 成田-パリ に

往路のAFがキャンセルに。

6月中旬、9時30分発のAF279がとれたので、すぐに発券、支払いした。

しかし、8月下旬にエールフランスから電話があり、「その便がなくなったので、午後の便に変えてくれ、もしくは出発日を変えてくれ」と言わ れた(留守電)。 早朝便を選んだのには理由があったのと、電話の担当者の横柄な態度に腹が立ったこと、既に2ヶ月以上前に支払いが済んでいること、当日 の悪天候などの回避不能なキャンセルではないこと、などいろんな理由で納得できなかった。

キャンセルの理由を求めても「お答えできない」の一点張り。

とりあえずその場は午後の便を押さえることにして、電話を切った。が、その日のうちにエール・フランスのサイトで検索すると、11時発のJALとの共同運航便があることを確認。翌日電話でそのことを伝え、11発にしてもらった。

このような事象の場合、1回線でもそれ専用の電話回線を用意して対応すべきと思うが、問い合わせするのにも通常の電話番号で、何分も待っ た。こちらも普通の会社員なので、私用で昼間に電話をかけることが如何に難しいか。外国資本の会社には通用しないことかもしれないが、日本でサービス展開 する以上、考えて欲しいことだと思う。

共同運航便は30時間前のWebチェックインができず、当日ごったがえす成田で、40分〜1時間弱並んだ。
成田第二のJALカウンターは行き先に関係なくどこのカウンターでも良いことになっているが、とても効率の悪い方法だと感じた。

時間がせまっている乗客を探して係員がまわっていたが、大雑把な行き先別(アジア方面、ヨーロッパ方面とか)に分ければもっと探しやすいのに、と思った。さらに事前の座席予約も、かなり押し迫ってからでないと受け付けてもらえなかった。
 

(2008年12月/2009年1月 オペラ座の住人 様)

(NH) 米子-羽田/成田-パリ

(実際には問題なかったが) 前日までは大雪で、米子空港の始発便は、3日連続遅延していた。始発で行かないと成田発に間に合わないが、米子-パリのチケットとして取っていたしWeb割なので変更などは普通はできない。

さすがに心配で、前日のうちにJRで行き、当日成田から乗ることを考え、ANAに連絡をしたら、「普通はダメなのですが…この天候ですので特例でいい」と確認できた。その場ですぐ、きちんと対応してくれた。

結局、予定どおり米子-羽田経由で飛び、その日はきちんと出発してくれてすごくラッキーだった。
(2009年1月中旬 pupいのいのっ子 様 )


 

2008年
 
 


AZ アリタリア パリ-ローマ   → AF パリ-ローマに
 

ストによるフライトの変更あり。 パリ→ローマは、アリタリア運航便を予約していたのだが、フライトがキャンセルになった。

出発の4日ほど前、エールフランスから「We inform you that the flight AF9830 xx/12(←日付) PARIS ROME is replaced,」とのメールが届いた。

あれこれ騒いでも仕方がないのだな、と割り切り、「そうですかー」(棒読み)という感じで対処していたら、
この2日後、出発の前々日に、エールフランスから携帯に着信。「フライトがストによりキャンセルになったので、振替を〜」と連絡があった。 

先にメールが届いていたので驚かなかった。

電話をしてくれたエールフランス職員は、メールのことを知らなかった模様。

(2008年12月上旬 かなぞう。様)
 

LH 鹿児島-中部-フランクフルト-トゥールーズ

予定の乗り継ぎ便が欠航になり、4、5時間ほどフランクフルト空港で待った。
表向きは機材のトラブルだが、間引き運行ではないかという情報も。最終便は満席だった。

(2008年10月中旬 びっくりけろろ 様)

往路の飛行機が欠航に。現地でTGVの切符を改めて手配する必要が生じた。

想定外だったためふらつーの自動券売機の利用方法を印刷したものを持っていなかった。地球の歩き方の説明では、切符種類を選ぶことなどは書いておらず、また、2人分購入する際はこの画面を2回選択する必要があることが分からず非常に手間取った。

予約したからと言って安心してはいけないこと、
次なる手段(代替手段)をいつも用意しておくべきことを、教訓として学んだ。

(2008年9月 縞シマしまじろう様)

LH 名古屋-フランクフルト-パリの予定だったが、フランクフルト-パリが悪天候のため、フランクフルトに着かないらしく、欠航となった。

ツアーだったので、添乗員が航空会社と交渉しエールフランス(AF)に振り返られた。ド・ゴール空港に着いて、荷物が出てこなかった。その後、約5日間荷物は出てこなかった。

( 2008年2月中旬 鞄ひとつの人生 様)
 

飛行機が欠航し、空港で4時間ほど待った。何とか無事に着いたものの、今度はスーツケースが届かず、ロストバゲージ。結局ほとんどの日をスーツケース無しで過ごした。無事に出てきて本当によかった。
(2008年2月 はる881 様)

 

2007年
 
 

8月上旬の台風時、国際線は通常運航しているのに 伊丹から成田の国内線だけが欠航していたので、国内での乗り継ぎは要注意だと痛感した。

(2007年8月下旬 くわことちわこ 様)
 

アムステルダムでフランクフルト行きの便に乗り換えて、ドイツで最初の1泊をするはずが、
フライト・キャンセルになり、急遽アムステルダムで1泊。

最初は「2時間遅れ」という話だったが、のばしにのばされ、最後に欠航に。

スーツケースはフランクフルトまで預かるということだったので、スーツケースなしでオランダに1泊した。

キャンセルの理由は「クルーが来なかった」だそう。驚いた。日本だったら一面記事なんでは。

航空会社の責任ということで、ホテルも代替の便(翌朝8時半発でした)も 航空会社が手配したが、その日はキャンセルの連絡を聞くまで、空港で8時間以上を過ごした。

スーツケースがないため、翌日は髪はボサボサ、顔はボロボロ、服は前日と同じもの。観光の楽しさも半減。

スーツケースが出てこないなんて、正直他人事だと思っていたので、衝撃だった。本誌を読んで、1日分の下着を 機内持ち込みにしていて、本当によかった。

航空会社から支給されたのは、歯ブラシ、シャンプー、クシ、メイク落とし、乳液、XLサイズのTシャツ
など。シャンプーも乳液も質が悪かった。

手荷物は多くなってしまっても、できるだけ色々なものを手持ちにしておけばよかった。

翌朝1番の便でフランクフルトに向かえ、ツアー日程はさほど削減されずにすんだ。

オプション(私は申し込んでいなかったが)でヴェルサイユ宮殿観光があったが、当日、宮殿がストライキだった。午前中にオプショナルツアーを申し込んでいた人達は午後に変えざるをえなくなったそうだ。何が起こるかわからない。
 

(2007年3月 ぴかぴかヨーグルト 様)

AF 成田-パリ 

システム故障のため欠航。

到着日にパリのホテルに泊まり、翌日 TGVでナントに移動する予定だったが、パリ到着後すぐにナントに出発するはめに。

さらに、ホテルや送迎バスの会社にも、1日遅れる電話を入れたり、かなりのストレスになった。

ストの途中から現地入りする形だったので、ある程度の落ち着きはあったものの、パリでホテルに向かう送迎バス道中が渋滞。空港からホテルま で、倍の2時間近くかかった。ホテルに一度入って、大きなスーツケースを預けてからTGVで移動することになったので、今度はパリを発つTGVに間に合う のか、送迎バスの中でハラハラした。

もとは15時のTGVだったが、前日の飛行機欠航のため、成田のホテルであらかじめ18時半の便に変更していた。飛行機の到着時間が遅れ ることも考えられたので、かなり余裕を見ていたが、ド・ゴール空港でもかなり送迎バスを待ち、道路事情が重なり、ギリギリに駅に到着した。

さらに、TGVの切符を駅で発券にしていたので時間がなく、かなり焦った。TGVに座ったときには、本当にぐったりと疲れて、しばらく放心状態だった。

パリに戻ってきてからもストは続いていた。思うようにバスに乗れず、徒歩で移動したり、多少困ったことはあったけれど、出発時の大変さを思うとそれほど大変だとは思わなかった。

(2007年11月 甘口ルー子 様)

 

2006年
 
 


成田で

出発4時間前に空港に着きカウンターへ向かったところ、予定の飛行機が欠航。
なんでもエコノミー席のトイレが2箇所故障したとかで、急遽欠航になってしまったらしい。ショックで声の出ない私の隣で、他の乗客たちは職員に大声で文句。一時カウンターは騒然となってしまい大変だった。

結局、22時発は翌朝の9時半出発に変更。

エールフランスの用意したバスで乗客達はホテルへ(ちなみにエコノミー席は東急エクセルホテル、ビジネスとファーストクラスはヒルトンホテルへ)

バスの中はなんとも言えない雰囲気。怒りの収まらない人たちでホテルはいっぱいに(苦笑) 夜は怒りとショックの人たちで盛り上がり、皆で一緒に夕食を囲んだ。それはそれで今となっては良い思いで。
ホテル代、夕食代、朝食代は航空会社負担。

早朝パリに着くはずが夕方頃に着いてしまい半日損をした。

(2006年11月中旬  ゆっちん 86 様)
 

AF 成田-パリ

搭乗口で待っていたら、キャンセルを知らされた。機体が直らず、成田空港は23時以降は飛べないといことで、エールフランスの用意したバスで成田近くのホテルへ。いつ出発できるのか不明のまま、ホテルで夜食が出された。

部屋に戻り、貰った紙に書かれていた東京支局長に電話し様子を聞いてみた。

「1時半ぐらいに機体が直る見込み。出発は明日の昼ということでパリと話している」とのこと。結局は翌日の昼に飛び立った。乗継の人達が大変そうだった。

(2006年9月下旬 あっきーPluto 様)

イージージェット(U2)バルセロナ-パリ

出発が3時間遅れるとチェックイン時に知らされ、出発ゲートは未定なので自分でチェックするように言われた。しかし、電光掲示板の表示が定時を過ぎても新しい表示が出ていなかったので焦った。

乗務員に聞いたところ、必要部品がありパリから取り寄せていたとのこと。お詫びとしてカフェクーポンを貰った。
使用はどの店でも可、金額は5ユーロまでとのことだった。

(2006年9月下旬 herissonあるべーる 様)

ボルドー〜パリのAFが遅れた。それによって乗り継ぎができなくなり、パリ1泊になった。補償がありそうなものだが、ボルドー-パリと パリ-ソウル-札幌行きのチケットが別なのでできないと、チケットカウンターで言われた。

すぐに購入した旅行会社にメールで連絡すると、AF日本支社でもそれはおかしいと言っていたとの話。日本のカスタマーサービスで申し出るように言われたので、そうした。

さらに、預けた荷物を受け取って再チェックインが必要だったが、2つの荷物のうち1つがなかなか出てこなかった。何度、係りの女性に言って も「探している途中だ」の一点張り。同じく荷物が出てこなかったフランス人らしき男性はかなり怒った調子でクレームをつけると、係員が出てきて、タクシー のチケットのようなものを受け取っていた。それを見て、日本語で怒りながらクレームをつけた。

怒りは伝わるようで、上司のような男性が出てきて、すぐに手続きをしてくれた。しばらくすると、今度は日本語が話せるマダムが出てきて、空港の奥のような場所に連れていかれて、荷物係の係員に話をしてもらい、そこでようやく荷物と対面できた。

優先で再チェックインしてもらい、すでに私達以外は全員搭乗していた飛行機に乗り、とりあえずパリには到着できた。英語でのコミュニケーションをとるのが難しかったが、

こちらの不利益について外国の空港では、はっきり言わないとダメだと認識した。

( 2006年8月中旬 ぱおgodtin 様)

11:35発のアムステルダム行きがキャンセルになり、1時間前の10:30発に振り替えられていた。職員は「ノープロブレン」と微笑んでいたが、予定していた土産購入が一切出来なかった。

( 2006年6月下旬 ippabi_chance 様)
 

エールフランス 成田-パリ→マルセイユ

オンライン予約で往復全ての便(4便)を 予約したが、そのうち、行きのドゴール→マルセイユ便がフライトキャンセルになっていたのに、エールフランスから連絡がなかった。(メールの送信ミスとのこと。AFへ確認済み)。

出発直前に気づかなかったら大変なことになっていた。

(2006年5月 mirai_chi 様)

エールフランス(AF)ピサ-パリ

チェックインしたが、濃霧で離発着がキャンセルで出発は遅れることになっていた

アナウンスがイタリア語、フランス語、英語?で何度か有ったが、ひどく訛っていて聞き取れなかった。

また、2時間ぐらい経って(既にパリに着いているはずの時間)機体のトラブル(トイレの流れが悪かった)も有った模様。

フィレンツェ空港が修理のため閉鎖しているのを分かっていて、フィレンツェ行きを強行したのだがピサ空港はフィレンツェ空港より市内から遠く、往復とも2時間ずつ遅れたのは残念だった。
丁度夏時間に切り替わる日で夜中に1時間早くなっていて、異常な早起きをして、乗り遅れないように努力したのに・・・
 

(2006年3月下旬 herissonあるべーる 様)

成田で欠航になり、翌日キャンセルした人たちが多数発生。現地係員にキャンセルが伝わっておらず、念のため、と乗客全員が出るまで待った。結局、21人のツアーが8人になっていた。

そういう場合の連絡手段を確保してもらいたかった。

(2006年1月下旬 chiez@okiraku 様)

2005年
 

21時発のフライトが出発の約30分前にキャンセルされたので、ニースで泊まらざるを得なくなった。再予約のため、航空会社カウンター(Easyjet)に2時間以上並んだ。

空港で夜を明かす人のために、ターミナル内に簡易ベッドが用意されることになったが、私は翌朝の便が取れず、丸1日後の21時発になったため、航空 会社でホテルをとってもらった(ホテル代が航空会社負担になるか聞いてみたが断られた。Easyjetだからしかたないのか?)。

航空会社職員が、ニースのホテルリストの中から、空港の近くで無料送迎バスがあるところを適当に選んで電話し、当方が宿泊料金に納得した ところで確保。ホテルの送迎バスもすぐ呼んでくれた。私と、同じホテルに泊まることになった英国人と3人で一緒に移動した(男性が私の荷物を運んでくれ有 り難かった)。

ホテルに着くと、ちゃんと話は通っており、問題なくチェックインできた。

(2005年12月 ちゃぴ五人姉妹 様)


 

以前
 

 
フライト便の遅延で乗り継ぎが不可とかキャンセル により振替等のトラブルは結構有りますが、今回また 遭遇しました。これで5回目。

予定便 AZ アリタリア で  リヨン〜ミラノ乗継〜成田着でしたが、 リヨン〜ミラノが不通になりました。
 
リヨン、フランクフルト経由成田の LH ルフトハンザを指定され、LYSリヨンからFRAフランクフルト間は リヨンで発券され問題ありませんでした。

 
が、FRAフランクフルト〜NRT成田 は リヨンで発券出来ないからFRAの LHカウンタ−での手続きを指示されました。 ところがFRAでは予約も入って無く満席の為キャンセル待ち。発券は非常に難しいと言われ焦ってしまいました。
 
給ヌは フライト直前にOKとなり無事帰国できたのですが、この間 AZ,LH,ANAカウンタ−との交渉や万一にそなえて、日本へ連絡など大忙しでした。 
 (NATZ様 2001年7月)

台風のせいで帰国便が飛ばず、急遽空港近くの安ホテルに泊まる羽目になった。そこがいかにもな安ホテルで、部屋はタバコくさいし、帰国後、体中がダニか何かにさされたようで痒かった。今も痒い。

欠航をつたえる日本人エールフランス職員が感じ悪かった。「航空会社のせいではないので、ご自分でホテルをお取りになってください。この辺にはホテルがいっぱいありますから」と言われた。

(2004年10月 kao321 様)

初めての乗り継ぎ。ロンドンで飛行機が欠航して、キャンセル待ちをして、5時間後に乗れた。エールフランスの職員にみんなで詰め寄って、大変でした。
(rie-macaron 様 2004年1月)
航空券(JAL悟空35)を発券後に、フライトがキャンセルになった。同じ日の別の便に変更できたので問題はなかったが、ちょっとビビった。
(2004年1月 サクサクブレッド 様)
パリ〜バルセロナ行きは頻繁に出ているが、欠航する事もしばしあり。(モコモロッコン 様)
航空券購入後にフライトキャンセルになった時も、JTBがすぐ次の便を手配してくれていたため、全く問題ありませんでした。

(旅するペリーヌ 様  2003年6月)

復路、パリ〜ミラノ〜成田が、ミラノ〜成田が、なんとストで欠航。やむなくアリタリア用意のホテルで1泊になったのですが、今度 はパリで預けたスーツケースのうち一つが出てこなくて、困りました。結局飛行機は1日遅れになったのですが、成田でもピックアップできずロスバケ扱い。翌 日自宅に届きました。
(okayan 様   2003年5月)
旅行会社まかせ。困ったのは、帰りの大韓航空がストで飛ばなかった!! 21時過ぎ発の予定が急きょ、3時過ぎのエールフランス に変更に。こんな一大事なのに空港でエールフランスのカウンターでは、フランス語がワカラナイ・・  しかも私の貧相な英語力に、更に自信をなくすし。一 人旅なので心細いし、真っ青になってしまった。
(りょん26歳旅狂 様  2002年11月発)
帰りのフライトがキャンセルに。が、手元には航空券ではなくて、旅行会社から航空券のコピーが渡されて、これで大丈夫と言われた。
結局チェックインの時に航空会社の方に伝わらず、30分以上かかってしまいました。
(bonbon1様 2003年4月)
モナコ滞在の後パリへ寄ったのですが、2日にニース空港へ行くと、ニース〜パリが天候悪化のため フライト・キャンセル(欠航)されており、翌日の便にしたほうが良いと言われました。
  
でもパリのホテルは予約してあるし、ニースでまたホテルさがしもしんどいなあと思って、とにかく待った。運良く飛行機が飛び始め6時の便で、パリ入り。4時間ぐらい待ったかな。あきらめなくて良かったです。
 
添乗員がいれば心強いのに・・・とつくづく感じましたが、これを克服しないと自由旅行者にはなれませんよね。でもほんとにどうしようかと思いました。 (ROCKY様 2001年1月)
旅費を少しでも安く上げるために、キャセイにしました。 

うきうきと早めに関空へJTBの格安航空券を予約しておいたので、指定のカウンターへ。 すると本日香港に台風上陸のため、機材が着いてないので、パリ行きの便に乗り継げない。 明日の便がおさえてあるので同じ時間にまた来てください。くわしくは、キャセイのカウンターへ行 って話を聞いてください。とさらりと言われた。あ然。

言葉にもならず、とにかくキャセイのカウンター へ。 これがまた、先客やら、おじさんに先越されるわでなかなかおねーさんがつかまらず、イライラ。 やっと話を聞いてもらえるようになって、明日の同じ便じゃなくて、 どうしても明日パリに着きたいと言うと、一番早いのでダイレクトに行けるエールフランスですね。 もちろんタダ。

ホテルのキャンセルもしなくてすむ。もしキャンセル必要なら 航空会社がしてくれるって。(先越されたおじさんがそうだった) 一泊のホテルも手配してもらった。(リーガロイヤルホテル堺) ということで一日損したけれど、初エールフランスに安いキャセイの 料金で片道でも乗れるというのに、少し得したきぶん。これが日本でよかった。
(m.リリー様 2001年7月)

 
まず、出発が丸一日延びてしまったこと。(機体の故障により)   

空港近くのホテルに一泊させられて翌日の出発となりました。 たった6泊8日だったのに5泊7日になってしまったのは   とても痛い(^^;;;   
 
 

やっとの思いで ホテルに到着すると、一日遅れた為に一泊分のホテルの   キャンセル手続きを関西空港でエールフランスにお願いしておいたのですが、なんと手違いで3泊ともキャンセルされていました。あまりのいい加減さにかなり腹立ちましたェ・・・。  バウチャーを持っていたので、ホテルの方はなんとか空室を  探してくれましたが、結局、2泊連泊できる部屋がないので、翌日また別の部屋へ移動させられました。
(まっぴー様 2001年7月)

空港の掲示板を見ると、飛行機の出発時刻が 23:30 のはずが、01:30になって いる。
 
インフォメーションに聞いたら、「08:30から搭乗手続き開始で定刻通りに飛ぶよ。」と教えてくれた。
 
免税手続きをすませ、いざ手続きへとカウンターへ行ったら 、なにやらバタバタとしていて手続きが進まない。どうやら、パイロットが4日もストをしていたらしい。そして今日が最終日らしい。
 
なので、出発時刻 23:30 をその2時間後にすれば、ストの期間でなくなるので準備していたのだが、機体が間に合わず、やはり翌日出発に決定してしまった。
  
で、それまでにと、航空会社が夕食、朝食、ホテルを提供してくれることになった。英語もフランス語も堪能でなく、不安だったので近くにいた日本の方にお願いして、一緒に行動してもらった。いいご夫婦だった。
 
チェックインをすませ、スーツケースを預ける。ホテルはCDG空港内の、HYATT。夕食と朝食のミールクーポンをもらった。すでに23時。
 
いくら、東京経由ニューカレドニア行きといったって日本人がいることはわかってるはずなのに、日本語放送もないし、日本人係員も出てこないのかと思うと腹が立つ。フランス語がわからない人は個人旅行しちゃいけないってか?

手続き開始時間からバタバタと説明しないで、もっとまえから場内アナウンスなり、掲示板なりで状況教えてくれていてもいいと思う。
 
しかも、エールフランスのお姉さん達は悪びれずゆっくりと
対処していく。ということで、次から飛行機はJALかANAにしようと心に決めた。
  
 

夕食は空港内のFLO。日本にもあるが、まあまあおいしいフレンチ。ところが、当然ほとんどの乗客がそこのクーポンをもらい、食べにくるのだから、混んで当たり前。なのにお店全部を解放せず、待ち行列状態。
 
前の客が食べるの待ってたら夜中過ぎ!と思っていたら、客からブーイングがあがり、ようやく全員が席につけた。しかし私たちの席の上の明かりはつかず、暗闇の中での食事だった。
 
なんだかんだで、部屋に落ち着けたのは12:30過ぎ。HYATTなんていいホテルなのに、こんな状態なんて悲しすぎる。
 
部屋はひろびろtwinで、バスタブは広いし、FAXまである。そしてさあ日本へ電話だと思ったら、なかなかつながらない。話し中の音がなるばかり。翌朝ビジネスセンターに行ったら、どうやらクレジットカードの番号を教えないと回線をopenしてくれないシステムらしく、openしてもらって、やっと無事日本と連絡がとれた。  
 (かおちび様 2001年7月)


 
遅延
 
 
 

AF 成田〜パリ
搭乗口で待っていたら、キャンセルを知らされた。
機体が直らず、成田空港は23時以降は飛べないといことで、エールフランスの用意したバスで成田近くのホテルへ。いつ出発できるのか不明のまま、ホテルで夜食が出された。

部屋に戻り、貰った紙に書かれていた東京支局長に電話し、様子を聞いてみた。「1時半ぐらいに機体が直る見込み。出発は明日の昼ということでパリと話している」とのこと。結局は翌日の昼に飛び立った。乗継の人達が大変そうだった。
(2006年9月下旬 あっきーPluto 様)
 

KLM便が、行きも帰りも遅延して大変だった。ホテルを用意するからアムステルダムで1泊してくれ、
と言われたがこちらにも予定があるため、何時になってもいいから乗り継ぎたい、と交渉した。
(2004年7月 pikamam 様)
 

AF 成田〜パリ
出発が遅れた。21時55分発だったが、トイレの故障とのことで翌朝9時半に変更。
(2006年11月中旬 ゆっちん86 様)
 
 

AF 成田〜パリ
往路、システムの関係で離陸が1時間半ほど遅れた。
アナウンスは、定刻離陸してもパリ上空で旋回して待機となるので、それよりも成田で駐機しているほうがいいからというニュアンスであった。
(2006年10月下旬 造船なでしこ 様)
 

AF パリ〜成田
復路 定刻は 13時半で離陸の準備はできていたようだったが出発の気配がなく、
14時頃、保安上の理由で荷物を降ろすことになったのでそのための作業をしている、とのアナウンスがあり、結局15時前に離陸した。成田到着は、結局40分遅れとなった。
(2006年10月下旬 造船なでしこ 様)
 

NH 成田〜パリ

整備の関係で30分遅れて搭乗。その後離陸直前に、機内で急病人が発生しターミナルに戻る
(機内では医者か看護士の方いませんかと乗務員が探しまわっていた)20分かけてターミナルに戻り、救急車を待つ。その後、燃料補給をし、結局1時間半近く遅れて離陸。
(ヨハネ万次郎 様 2005年4月上旬)


 
 
故障
 
 
成田-パリ AF
電気システムの故障があり、1時間機内で待たされた。しかも1時間以上修理がかかるなら成田発夜行便のため、成田空港が閉まり今日は飛べないと言われ、焦りました。
(みらく様 2003年8月)
帰りの飛行機:
当初の予定通り、10/7昼発のAF便に乗ったが、離陸1時間弱後、機体故障のためにパリへ引き返した(車輪がしまえなかったとのこと)。揺れが普通でなくて怖かった。
 
結局、その便はキャンセルになり、再度入国手続&荷物受け取り&帰国便の再予約のため、5時間近く順番を待った。当日、空港に着いたのが10時過ぎで、ホテルに行くために空港を出たのが夜の10時過ぎ。お陰で体調も悪化。
 
機体の故障については、仕方ないとは思ったけど、その後のAFのやり方に、とにかく頭に来た。

再予約は早い者勝ちで、結局は荷物が早く出てきた順に並ぶ。列の後半のほとんどの人は<翌日のAF夜便しかない>と言い張られ、その便になっていた。

その一方で、ツアー客が当日の便に乗せて貰えたりした。担当するAFの職員によっても客に対する態度が違って、多くの人が翌日夜便にされた後に、当日の夜便のチケットを貰う人が何人かいた。あるカウンターの社員は調べもせずに「他社も含め、翌日AF夜便しかない!!」と言い張るのに、他のカウンターの社員にたのむと「○○の便ならあります。」とすぐに空席探してくれたり。

とにかく、みんな疲れているのに、AFのやり方のひどさに怒りで更に疲れた。文句を言ったら、「今回のキャンセルはイレギュラーなトラブルなのでAFのせいじゃない」という、説明にならない返事が返ってきた。

念のため。ファースト・ビジネスは優先されていた。但し、エコノミーはチケットの種類は考慮されていなかった。正規運賃で買った人が翌日の夜便になった後で、正規運賃ではない人が当日の夜便になったりしていた。

担当するAFの職員によって当たりはずれがあるだけだった。ただ、ツアー団体が優遇される感じがした。最後の最後に嫌な気分になってしまって残念だった。
(アフロ猫様 2001年10月)
 
 
 

出発が1時間半遅れて、搭乗券を見せ飲み物をもらうサービスがあった
(ちなみに行きは2時間遅れで、成田で1,500円の食事券が出た)
(aoiusagi 様)

濃霧で私の乗るルフトハンザが遅れた。
フランクフルト〜関空行きに間に合わないので、オーストリア航空に変更してくれた。

これも時間がないので、急いでターミナルを移動したが、
チェックインカウンターには既に人はいなかった。
空港職人に尋ねまくり、空港中を走り回った。

最後に尋ねた人が手荷物検査のところまで連れて行ってくれたのだが、今度はボーディングパス(搭乗券)がないので、オーストリア航空の職員が迎えに来てくれるまで、手荷物検査のところで一人で待っていた。

当初は荷物の重量オーバーの心配をしていたが、帰国予定日に帰れるか心配した。結局スーツケースは手荷物を検査するベルトコンベアーに二人係で乗せ、荷物の重さはチェックしなかった。
(ももいろ真珠様 2003年1月中旬)
 
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