ヨーロッパの都市のいいところは、少々がんばればほとんど歩いて周れる。
バスにも地下鉄にも乗ったけど、私は、基本は歩きだ。歩くためには、街そのものが歩いていて楽しい、という前提があると思う。
都市は変化するもの。しかし、残さなくてはいけないものも多い。日本はその残さなくてはいけないものを無視している。都市が無計画にそのラインを変えたとき、残ってくるのは無残な姿しかない。
ヨーロッパの各都市と日本の都市の比較は無理だ。日本が基本的に貧しい。文化的な面で結局残すものを残さなかった、作り続けることが文明であり、文化だと思った大きな誤謬による。
パリは、ユトリロや佐伯祐三が描いたパリが、ほとんどそのままに残っている。
日本人の大部分は発展がないというかもしれない。でも、それは違う。
たとえば、かつては京都駅から新大阪へ向かう新幹線から京都の瓦屋根が見えたもの。今はどうか、まったく無残。
街はモニュメントだけでできているのではない。それを構成するすべての要素から成り立っていると思う。
看板あるいは扉、窓などなど、それが整って一つの街が構成される。歩いていて楽しい街というのはそんなものです。で、再びアンドレ・マルローに感謝。
パリにしろ、ローマにしろ、フィレンツェだってヴェネツィアだってそんな街だ。どうも日本をラスベガスにしたい人が多すぎる。