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がばい黒タン 様の 2013年紀行

2

8 Nov.2015

 

(2013年7月 がばい黒タン 様)
 
 





 


 
1
福岡〜成田〜パリ〜オスロ
オスロ泊
2

オスロ〜ミュルダール
ミュルダール〜フラム(フロム鉄道)
フィヨルドクルーズ
〜ベルゲン
ベルゲン泊
3

ベルゲン観光(ブリッゲン、フロイエン山)

ベルゲン〜オスロ
オスロ泊
4

オスロ観光 (国立美術館、ムンク美術館、フログネル公園、ノーベル平和センター) 

5

オスロ空港へ
オスロ〜ヘルシンキ

中央駅〜ティックリア駅〜
寝台車泊
6

〜ロバニエミ
サンタビレッジ、サンタパーク
ロバニエミ〜
寝台車泊
7

〜タンペレ〜トゥルク
ムーミンワールド・ナーンタリ

トゥルク〜ヘルシンキ
ヘルシンキ泊
ホテル・ヒルトン・ストランド
8

ヘルシンキ観光 (スオメリンナ要塞、テンペリアウキオ教会)

ヘルシンキ〜
機中泊
9

〜関西〜福岡
-
    

 


 
 
 
2日目(火)

ホテルの玄関先にある機械で チェックアウトし。カードキーは横の籠の中へ返却した。


ショルダーバッグにエコバッグ、と、何とも軽い二人の荷物。


歩いてすぐのオスロ中央駅に行った。階段を上がったところにある国鉄のオフィスは空いており、ベルゲン行きのフィヨルドツアーの切符と、オスロ帰りの特急切符を受け取った。

セブンイレブンで朝食を買った。包みピザ 49クローネ、ヨーグルト15クローネ。ピザは半分にして分け合い、駅内のベンチで食べた。

駅内に絵葉書は売ってあったが、ムンクのはなかった。(ムンクの葉書は美術館以外では売っていないようだった) 


3番乗り場からベルゲン行きの列車に乗る。ミュルダールに向かった。4時間の電車移動は退屈で眠い。相棒には、移動時間が長いから読み物でも持ってきたら、と言っておいたのだが、その本はロストしたスーツケースの中だ。気持ちは晴れないまま。

昼食は、車内バーで買ったパスタ。




フラム鉄道に乗り継ぐ。
 


ミュルダールでフラム鉄道に乗り継ぎだが、電車は10分くらい遅れた。

ミュルダールは渓谷の奥にあった。ミュルダールを出発した電車は、途中で滝のところで一時停車。みんなこぞって降り、その凄さに見入った。音楽が流れはじめ、一人の乙女が舞い身を投じる演出もあった。



フィヨルドクルーズ  


フラム駅に着くと、フェリーが出るまで買い物した。フラム鉄道Tシャツと猫のランチョンマットを購入した。「免税手続きをするか?」と聞いてくれたので、頼んだ。


フェリーに乗って、2時 間半のフィヨルドクルーズ。フェリー最上階の右手に椅子を置いて陣取った。みんなの椅子で身動きが取れなくなった。右のほうが日陰になる部分があるのでお勧めだ。


途中、フィ ヨルド沿いの小さな小さな港に、大型フェリーが接岸した。接岸できるほど深いってことね。


クドバンゲン港に着くと、先頭バスに乗った。が、動かない。後方の2台目、3台 目が出発する。しかし、このバスだけが動かない。乗りきれなかった客を世話するためにドライバーは手配していたようだ。

中には、ベルゲンからオスロへ戻る寝台車 に乗らなければならないアジア人夫婦がいた。男性は目を血走らせながら、ドライバーに訴えていた。しかし、それでも電車には間に合うから、と言ってのけたドライバーは、 タクシーを待った。

イラつく乗客。公衆電話から電話をする客も。私たちも その夫婦のような行程を考えていたが、ベルゲンで観光した方がいいというア ドバイスをもらっていたので、日帰りツアーを止めていた。

私は、どうにでもなるだろうと落ち着いていた。タクシーが来て、一時間弱遅れで出発した。

本来なら、途中 の峠にあるホテルで小休止をするはずだったが、ホテルに泊まる人を数名降ろして、すぐに出発した。バスからの眺めが良かっただけに、残念。


ボス駅には出発の15分 くらい前に着いた。電車は少々遅れてボス駅に着き、我々は無事ベルゲンに着いた。


 


ホテル着

同じ系列のホテル・シティボックスに泊まる。

ホテルは駅から見え、斜め前にはスーパー。チェックインは前泊と機械端末でチェックインしようとしたが、故障していたため、奥のデスクでチェックインした。備品も同じ・・・。


隣のスー パーでトマト風リゾットを買って、電子レンジで温めて食べた。Mr.Leeというカップヌードルも食べた。スーパーではウエラのシャンプーや靴下二足組も買った。下着と靴下は洗った。

どちらのホテルも床は広々とあったのに、我々のスーツケースはないんだよね。




   



3日目(水)

朝3時に航空会社の日本の 国際線予約センターに電話をしてみた。


電話に出た男性職員は丁寧に相談に乗ってくれた。パリ経由だったので、パリ支店が開くのを待って連絡をする、と言った。朝方、日本の航空会社センターの男性から進捗状況確認のため電話があった。

そして、パリ支店から電話がかかり、話をした。

日本からの男性は結構親切だったが、パリ支店の日本語を話すフランス人女性は早口で2回ほどの連絡で、それ以上かけてこなかった。

日本からの男性は後に再度連絡してくれたが、パリ支店の連絡が入るかもしれないので、しばらくは連絡を控える、と言って電話がかかってこなくなった。

オスロ空港のバゲージクレームのオフィスには電話が通じなかった。

とりあえず判明したことは、荷物は翌日オスロ空港まで来ていること。そしてなぜか、オスロの職員は本人に荷物を渡したと言い切っていること。

しょうがないので、7時過ぎ、ベルゲンの市場に出掛ける。





ベルゲン観光

市場はまだ営業しておらず、準備中だった。

機内でもらった くまモンシートをお面代わりにして記念撮影してみる。笑いが止まらない。

市 場が開くまで、対岸の家並みを見学した。そこで猫 ノルウェー・ジャンフォレスト・キャットと遭遇。嬉しくて、人懐っこいその猫としばし触れ合いタイム。そこから市場 に戻り、海鮮サンドイッチを買って食べた。雀がおこぼれをもらう。

交換留学中だという男性が話しかけてきたので、お喋りした。アルバイトができるほど語学が堪能ということか、素晴らしい。

サンドイッチを食べ終わって、一息ついてから、ケーブルカーに乗ってフロイエン山へ。



こ の時は数名待って切符が買えるくらいしか、観光客はいなかった。展望台はいい眺め。土産屋を繁々と物色し、ご当地ピンを購入。

ケーブルカーを降りてか ら、凄い行列を見た。列は券売所から10m以上後方に膨らんでいた。

市場に戻り、さきほどの男性に荷物の件で相談し、私のスマホやその人の電話を試みてもらうも、オスロ空港に電話が通 じず、断念した。礼を言って別れた。

市場の中の一角で、魚介類 蟹、クラブ、海老とフルーツを買って、調理してもらって、食べた。すごく美味しかっ た。

ホテルに戻る途中、店で葉書と切手を買った。ホテルに戻り荷物を取って、駅へ行く。



ベルゲン〜オスロ

駅ではアイスクリームと飲み物を買って電車に乗った。ここか ら8時間、長い。何度でも言わせてもらうが、ひまつぶしの本はスーツケースの中だ。

コンフォート車両はコーヒーと電源つきだった。コーヒー、ココアは飲み放題。フットレストがあればもっ と良かったのに。広い空間で葉書を書いた。2時間もつぶせなかった。退屈な時間は続いた。

往路で乗り降りしたボス駅、ミュルダール駅を眺めながら、ス ナックを食べた。ここで眠くなり、寝台車が良かったかもと思ってしまった。

19時にオスロ中央駅に着くと、歩いて、1泊目と同じホテルへ戻った。

チェックインの際 に、ホテル側にスーツケースのことを話したが、届いていなかった。

相変わらず、室内の床は広い。ゴザのような作りの床は、カーペットと違って良かった。

相棒は、オスロ空港に直接荷物を確認しに行 こうと言った。が、入れ違いになるのがイヤだったし、電車代も二人往復で8,000円近くするから、連絡を待とう、と説得した。

夕飯のチンするパック(ビーフ ストロガノフとライス)とヨーグルトを買ってホテルに戻ったら、本当にパックで、皿がなかった。

ホテルのスタッフに皿がないか聞いたが、なかった。しかも、作 り方が・・・。しょうがなく、違うものを食べた。

この晩も洗濯。綿の平ヒモベルトが役に立つ。滅多にしないベルトをしてきたのは、これを予感してか?



 
 



 
 
 
 

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