トップ > 紀行インデックス >  がばい黒タン 様の 2013年紀行   1

  

がばい黒タン 様の 2013年紀行


8 Nov.2015

 

(2013年7月 がばい黒タン 様)
 
 

登場人物紹介


がばい黒タン

いつもは用意周到に旅の準備をし、ラッキーなことが多い旅だった。

が、今回は予約段階からトラブル続きのトラブル終わり。それでも、トラブルをそのまま終わらせない執念をもつ。本人には見えないが、力強い守護霊(ご先祖)がついているらしい。また、ユニークな性格で、笑いのネタに尽きない。

相棒

一緒に旅をするのは3回目。旅程は任せっきりで付いていきます派。英語が得意で、社交的。歩いてばかりの旅でもスタスタ歩き、疲れを見せない人。思ったことは隠さず言ってくれるので、微妙な空気が生まれずに済む。



 


 
1
福岡〜成田〜パリ〜オスロ
オスロ泊
2

オスロ〜ミュルダール
ミュルダール〜フラム(フロム鉄道)
フィヨルドクルーズ
〜ベルゲン
ベルゲン泊
3

ベルゲン観光(ブリッゲン、フロイエン山)

ベルゲン〜オスロ
オスロ泊
4

オスロ観光 (国立美術館、ムンク美術館、フログネル公園、ノーベル平和センター) 

5

オスロ空港へ
オスロ〜ヘルシンキ

中央駅〜ティックリア駅〜
寝台車泊
6

〜ロバニエミ
サンタビレッジ、サンタパーク
ロバニエミ〜
寝台車泊
7

〜タンペレ〜トゥルク
ムーミンワールド・ナーンタリ

トゥルク〜ヘルシンキ
ヘルシンキ泊
ホテル・ヒルトン・ストランド
8

ヘルシンキ観光 (スオメリンナ要塞、テンペリアウキオ教会)

ヘルシンキ〜
機中泊
9

〜関西〜福岡
-

    

 


 
 
 
準備段階
ノルウェー国鉄HPから切符を予約するも、ページの異常動作のため、一ヶ月早い切符を購入してしまった。自分が最終確認を怠ったこともいけなかった。正しい日付の切符を別料金で買い直した。

が、無駄になった2万円という金額に腹の虫が治まらず、HPのご意見コーナーから英語で苦情申し立てをした。キャンセル不可の切符であったにもかかわらず、全額返金してもらえた。


1日目
 
福岡空港へ、相棒のご家族の運転で、車で出発。

福岡空港のカウンターでは、福岡-成田-パリ-オスロの乗り継ぎの eチケットを見せた。係員は、パリでオスロ便への荷物のスルー扱いはできないと言い、パリで一旦荷物を取って預けなおすように言われた。そのことが気になっていた。


搭乗。
成田-パリ便の 機内食は、スープ・ストック プロデュースの洋食だった。魚介のマリネ、トマトペンネ・バジルソース、生ハム、野菜とベーコンのトマト煮込みライス添え、プチパン、生野菜サラダ、苺のエクレア。 

和食は 鰻巻玉子、胡瓜と若布の酢の物、冬瓜のそぼろ餡掛け、枝豆ご飯、鶏肉と野菜の揚げびたし、お新香、白和え、きなこ大福、フルーツの盛り合わせ。

洋食を選んだ。

間食はクリームチーズとベリーの蒸しパン、抹茶ときな粉の蒸しパン。

2回目の機内食は 「エアーくまモンランチ」 熊本ご当地グルメ 『太平燕』、焼おにぎり、カスタードケーキ。 太平燕(タイピーエン)のスープ具材を味わった後、焼きおにぎりをスープに入れて楽しむ食べ方。 かなり美味しかった。

くまモンランチのペーパーシートをとっておき、旅行中、写真撮影の小道具にした。

機内モニター画面では到着時の案内があり、乗り継ぎ時の荷物の扱いについて案内されていた。

一応、パリで降りる前に乗務員に荷物のことを確認したら、パリの乗り継ぎカウンターで乗り継ぎの確認をするように、と言われた。


シャルル・ド・ゴール空港にて
 
パリの乗り継ぎカウンターでは、「荷物はオスロまでスルーになるから 貴方はターミナル2Gのゲートに行きなさい」と予想外の答えが返ってきた。 搭乗券に 2G Terminalとペンで走り書きされた。
言われたとおりにターミナル2Gに行ったら、後で大変なことになった。

ターミナル2Gの免税店で、シャネルのファンデーション 39.50ユーロ、口紅 24ユーロ。

搭乗口で、預託荷物は大丈夫かと心配しながら搭乗を待つ。

パリ-オスロ便が遅延一時間。



オスロ着

オスロに22時を過ぎて到着の上、ロストバゲージだった。

手続きではこちらの言い分を聞いてもらえたが、証拠がなかった。あるのは、パリでされた走り書きだけ。荷物は未だパリにある 言うことで話が進んだ。

「ノルウェーまで空輸するので空港まで取りにくるよう」と言われた。我々が 「翌日にはベルゲンへ移動するのでそれはできない」というと、「ベル ゲンの空港に送る」と言われた。

我々が 「ベルゲンでは空港に行っている余裕はないので、それもできない」と言ったので、係員は困っていた。

結局 クレームシートには、翌々日のホテルの住所を書いた。携帯電話の番号も書いた(国別番号は書いていなかった)。

この空港では、空港からホテルに荷物を送ることはしないようだったが、何とかして欲しいと訴えた。最終的には、「見つかったら連絡をする」というのでそれを信じるしかなかった。 

オスロのホテルへ

やりとりをしているうちに遅くなり、23時を回った。予定していた列車に乗れず、外貨両替もできなかった。

ホテルの位置は分かっていたが、ホテルのチェックインが当日中にできない恐れがあったため、やむなくタクシーに飛び乗った。

相棒も、深夜だし不安だからタクシーしかない、と考えていた。

市内に着くまで、メーターを見ているとドンドン回転する! 日本円換算で 1万円を超え、2万円を超え・・・・  市内まで深夜料金タクシー代が 約26,000円になってしまった。クレジットカードで支払った。

列車で行けたら4千円もかからなかったのに、二人して驚愕し、荷物がないことの不便さや不安で、この旅の先行きに不安を感じた。



0時近くに ホテル・シティボックスに到着。機械端末に予約時登録したクレジットカードを差し込んでチェックイン、支払いも同時にされる。

部屋に入って更に追い打ちが・・・。シャンプーがない、ハンガーがない、タオルが1枚しかない、ないないづくし。

ホテルは予算を抑えるため安宿(それでも、朝食無し12,000円)を予約していたため、最小限度のものしかなかった。

スーツケースの中身が必要であった事態に、ヤケになった・・・。朝までには乾く衣類は洗って、ベルトを物干しにして、干した。 ロストした荷物はいつ戻るのか?






 
 



 
 
 
 

  トップ >  紀行インデックス > がばい黒タン 様の 2013年紀行   1