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ぽち@やる気なーし様の 2009年イタリア紀行
5

5 Mar.2010

 

(2009年8月 ぽち@やる気なーし様)
 
 


1 関空-ローマ-ジェノヴァ 
〜ラパッロ 送迎車
ラパッロ 泊
Hotel Riviera
2 ラパッロ、ポルトフィーノ、サンタ・マルゲリータ・リグレ
3 ラ・スペッツィア、ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレ
4 ジェノヴァ ジェノヴァ泊
Hotel Bristol Palace
5 ジェノヴァ
6 ジェノヴァ- 機内泊
7 -関空
   

 
 
 
 
 
4日目 ジェノヴァへ  
ズキズキする痛みは消えた。ハレも出てない。ちょっと変に力がかかると痛いけれど歩くには支障なし。今日はチェックアウトする日だ。荷造りを済ませてから、朝食を食べに行く。

レセプションでおじさんと顔をあわせると「大丈夫か?」と心配してくれる。ありがとう、ありがとう。

小さくてちょっと古びたホテルだけれど、毎日丁寧に掃除をしてあるし、シーツはいっつもパリッとしているし。なんていうか、とっても誠実。

親切なおじさんもいてくれたから、このホテルの印象ぐっとアップだよ。
 

スーツケースをごろごろ引っ張って、ラパッロの駅に向かう。窓口でジェノヴァ・ブリニョーレ駅まで、ICの切符を買う。一人5.50ユーロ。

ホームまでエレベーターなんかは見当たらなかった。

切符には、一応7両目61番62番の席、と書いてある。コンパートメントで、雰囲気がいまひとつな人達だったら適当に空いている席に移ろう。

5分遅れくらいで電車が来る。
 

ラパッロの駅から、他にも数人大きな荷物を持って列車に乗り込む人たちがいる。同じコンパートメントには通勤で載っている女性が2人と、2席占領して熟睡している若い女性が一人。

一番通路よりに、向かい合わせで私たちの席。ここなら大丈夫だろう。座った間にスーツケースも置けた。
 

ジェノヴァまでノンストップ。怪しい人も乗り込んでこなかったし、よかった、よかった。
 
 


ジェノヴァ着  
ブリニョーレ駅から私はタクシーでホテルに向かえばいいと思ったのだけれど、地図で見たところ、「これぐらい、歩けるだろう」とナミヘー。えーっと思いつつも、しょうがない。歩こう。

今までいたところとは比べ物にならないくらいの、都会。高いビルも立っているし、怪しげな人もいる。まだ時間が早いから怪しい人は少な目だったのかもしれないけれど。

ホテルのチェックインには早いけれど、荷物だけ預かってもらってもいいしね。

がんがん歩くけれど、ジェノヴァは坂の街だった。ゆるゆると上り坂だったり、歩道も石張りだったりするのだけれど、ところどころかけているのでスーツケースが引っかかる。やっぱりタクシーに乗ればよかった。

30分はかからなかったかも知れないが、やっぱりスーツケース付きで歩くには違和感のある距離と雰囲気なので、人にはお勧めできない。

なんとか、ホテルブリストル・パレスに到着。

入り口は狭いけれど、中に入ればエレガントな螺旋階段が待ち受けている。レセプションに予約している旨を伝えると、すぐに部屋を用意してくれた。助かるなぁ。

1階だったけれどスーツケースもあるのでエレベーターであがる。
 

124号室。ドアに張ってあった間取り図からすると同じフロアの中では一番狭い部屋だった。まぁまぁきれいだし、いいんじゃないの。

バスルームを見ると、アメニティがまったくない。これは準備し損ねたのか、99ユーロの格安プランなので節約されたのか。

窓からは隣のビルが見えるけれど、道を挟んでいるので十分明るい。キッズルームのあるフロアだけれど、今のところは大変静か。


町歩き  
 
10時。荷物を片付けていざ、ジェノヴァの街へ!

ホテルの前が、目抜き通りの9月20日通り。右に行くと中心のフェラーリ広場。左に行くと、ブリニョーレ駅方面。駅からの途中にメルカートオリエンターレがあったはず。

市場はやっぱり午前中が楽しいはずだから、まずは市場。
 
 



 
 
 


さすが、港町。 円形の市場の中には魚屋が充実。烏賊も蛸もムール貝も鰯もザックザック。鰯がキロ3ユーロらしい。ふむふむ。

肉屋も八百屋も果物屋もスパイス屋もある。

ちょこちょこ写真を撮らせてもらっていたら、買い物に来ていたおじいさんが「ニーハオ」と声をかけてきた。

「中国人じゃないよ、日本人だよ」と答えると、「何、日本人か、ちょっと待て。んーと、んーと サヨナラ!」

あはは。出会ったとたんにサヨナラですか。

「船に乗ってたんだよー、トクヤマにいったことあるよー」とおじいさん。

徳山とは・・・ディープな地名が。クルーズ観光ではない船に乗っていたのがよくわかるよ。
 

おじいさんと手を振って別れて、市場をでる。

9月20日通りはフェラーリ広場に向かって緩やかに上っている。道の両側にはいろんな店が並んでいる。

バーゲン中のブティックに吸い込まれそうになるのをナミヘーに阻止されながら、フェラーリ広場に向かう。

フェラーリ広場
 
フェラーリ広場は真ん中に大きな噴水がある。地下鉄の駅もあるし、バス停もある。パリのヴェリヴのようなレンタサイクルもあ
る。

広場を囲むのはドゥカーレ宮殿の東側と、カルロ・フェリーチェ劇場、元証券取引所だったボルサ館など。ドゥカーレ宮殿の中にはいくつかの美術館・博物館が入っているらしい。

とりあえず、その横を通って大聖堂に行ってみよう。
 

教会、発見。中に入ってみると相当に豪華な内部だった。ぐるっと見て回って外に出てコピーの地図を確認。

あら、これは大聖堂じゃなかった。ジェズ教会。大聖堂はこの先にある黒と白の縞々大理石だった。
 

気を取り直して、ドゥカーレ宮殿の正面を横目に見てサン・ロレンツォ大聖堂に入る。おお、ここもゴージャス。

なんというか、裕福な国の教会だった、というのがわかる。

教会の前にはヴァイオリンを弾くおじさんが一人。

さて、この大聖堂を出てどこに行こう。明るいし天気もいいし、まぁそんなに大変なことはなかろうと横手の細い路地に入ってみる。


路地裏探訪
 
うーん、ディープ。ナポリのスパッカナポリよりも、もっと狭い道。二人がすれ違うにはカニ歩きしないといけない。

インドネシア料理店のネオンが見える。イスラム系の人がやっている床屋、小さな肉屋など。

店の前で何をするとも無く立っている人もいるけれど、私たちの前にも、リュックを背負って地図を片手の観光客もいる。

壁のところどころに、観光地への矢印も出ている。適当に歩いて小さな教会を見つけたりしているうちに、現在位置がわからなくなった。

しまった。先に観光局でちゃんとした地図をもらっておけばよかった。とにかく、明るい道を目指して歩く。

ぽんと明るいところへ出てきたと思ったら、前に高架の道路が走っている。港湾地区の前のよう。

このままポルトアンティーコを目指すのもいいけど、今どのあたりにいるのかが、見当がつかないなぁ。周りには誰も歩いちゃいない住宅街のような雰囲気。日が高くなってきて、暑さでばてそう。

だらだらとずいぶん坂をあがっていたみたいだったので、とにかく道を下ってみる。途中、車に載った若い女性から道を聞かれたのだけれど、すいません私たちも自分がどこにいるのかわかりません。
 

ちょっと焦りつつもずんずん歩いていくと、新しいビルが見えてきた。おお、この看板はフェラーリ広場でアールヌーボーな建物の後ろに見えていたやつだ!

なんとなく現在位置がわかってきたような気がして、新しいビルのほうへ歩いていく。

やったー! なんとか無事うっすらでも見覚えのあるところに出てきた。ダンテ広場に続いている道。

なんとちょうど目の前に、コロンブスの生家とソプラーナ門」まで現れた。助かったー!

ソプラーナ門をくぐり歩いていくと大聖堂の縞々の塔が見えてきた。ほっと一息。

そこで懲りずにまた左へ曲がりラヴェッカ通りから、うろうろ。ここらへんにも小さいトラットリアとかがあるのね。

この辺はそんなに細くないし、怪しげじゃない明るい道。サンタゴスティーノ教会をみてから、大聖堂の前の道に戻ってくる。



 
 
 
地図をもらう  
 
ドゥカーレ宮の前にある観光局に駆け込み、クーラーの恩恵を浴びつつ地図をもらう。英語版が切れてしまったということなので、イタリア語版を。

地図を見ながら、今度は大聖堂の横サン・ロレンツォ通りをまっすぐ降りてみる。

ポルトアンティーコの方へ出てみたいんだけれど。

格子状になっているようでなっていない旧市街の道に、四苦八苦。

建物は5階から6階建てくらいで、道の幅は全部狭い。横から差し込む光が無くってちょっとジメッとした湿気も感じる道。思ったところになかなか出て来れない。

「楽しい」と「不安」でいうと、ちょっと不安寄りの感じ。ナミヘーが一緒でこれだから、女性同士や一人だとかなり不安だと思う。

多分バンキ広場らしきところに出てきて、ようやく港の景色が見えてくる。
 
 

急に大きな道と、明るい光を浴びる。関空を設計したレンゾ・ピアノが整備したポルトアンティーコのオブジェが見える。

おー、なんていうか、「安全・安心・健康的」!

大きな道の間にぽつんと建っているフレスコ画がハデな建物が、サン・ジョルジョ館かな。

ということは、ここがカリカメント広場。仮設テントがたくさん立っている。

これは、夜になにかイベントをやっているのかも。ここはファミリーでも安心だわ。
 
 


お昼  
 
さて、そろそろお昼に何を食べようか考えないと。観光客の多そうな道を通ってとりあえず、一度フェラーリ広場まで戻る。どっか、いいところないかなぁ。

ネットで調べた中にあった 「イタリア独立の有志が集ったカフェ」というのに行ってみよう。

フェラーリ広場から4月25日通りを進み、途中で「え、この道でいいの?」というくらい細い下り坂 カサナ通り を降りる。

この坂の両側は、銀行だったりブティックだったりと怖くない。
 

ソツィリア通りに出るということだったのだけど、そのまえにルッコリ通りにあたる。ルッコリ通りを数メートル左に行くと途中でソツィリア通りになる。
 

ここは道の両側も普通の店だし、安心安心。ソツィリア通りが途中で二股に割れて、片方がルッコリ通になるんだな。

道の真ん中にパラソルがたってテーブルでは食事をしている。

お、ここが目的地「カフェ・イングラーティ」だ。
 
 

食事用のメニューによるとパスタの種類が4種類くらいに、ソースがいろいろ。ペストと書いてあるのがいわゆるジェノヴェーゼソース。スパゲッティでペストを頂こう。

二人とも同じメニューに、ビール、炭酸入りの水でランチとする。

おお、この店もなかなかおいしい。たばこのため外に座ったけれど、中もエレガントそうな雰囲気で、よさげな感じだ。本当はブリオッシュが劇的においしいらしい。

ほっと一息ついて、ただいま14時。ちょっと疲れたし、他の店も閉まってきたのでホテルに戻ろう。

ホテルに帰り、テレビをつけてごろごろする。今日はどこにご飯に行こうかなぁ。

テレビでは、台湾の台風被害のニュースが流れている。チャンネルを変えていると、キッズチャンネルでイタリア語をしゃべる「クリーミーマミ」をやっていた。


再始動  
 
ひと寝ねいりして目が覚めたら、16時ごろ。まだまだ明るい時間帯。よし、世界遺産のストラーダ・ヌォボのガリバルディ通りに行こうじゃないの。
 

フェラーリ広場から4月25日通へ。フォンターネマローネ広場からガリバルディ通りに出て世界遺産の町並みを見る。

ジェノヴァは金融の街だったらしいけど、今でも銀行が多い。こんなに銀行がかっこいい建物に入っているのを見るのは、はじめてかも。
 

これが、白の館と赤の館ね。ふむふむ。この通りはライトアップしたらきれいなんだろうな。

ガリバルディ通りからそのまままっすぐカイローリ通りにでて、さらに進む。

ずんずんいくと、交差点に出てきた。地図によるとここはラルゴ・デラ・ゼッカらしい。

道を渡ってみると、フニコラーレの駅があった。これ、乗ってみる?

自動販売機をにらんでみたものの、買い方が今ひとつよくわからないので、やめておこう。片道0.7ユーロのようなんだけれど。

あとで調べたらゼッカ・リーギ線というやつで絶景ポイントにいけるやつだったみたい。残念。

坂を上ると教会があるようなので、行ってみよう。

ヌンツィアータ広場の教会に入る。入ったところにいた男性がパンフレットを持ってアピール。ここの教会のパンフレットらしいきれいな写真の印刷で1ユーロだという。ま、いいでしょ。

そのパンフレットを買って、教会の中を見せてもらう。サンティッシマ・アヌンツィアータ教会。
 
 
 


白の館の屋上から
さてココを出てどこに行こうか。
 
さてココを出てどこに行こうか。ここからはジェノヴァでもプリンチペ駅の近くのようだ。ふーん。

海側に下りてみるとヴァッカ門があって、細い道が続いている。こっち行ってみる?

なんか、失敗したかも。この道細いのだけれど、両側には店が並んでいる。その店の雰囲気も、あんまり高いものは売っていないなという感じ。

そればかりか、道に椅子を出して座っている人もいるんだけど、あんまりハッピーな感じの人たちじゃない。

さっきまでは路地やなんかの写真も撮りながら歩いていたけれど、ここではカメラを構えたくない。そそくさと通る。

サン・ルカ通からバンキ広場に帰ってきた。この道は本当に緊張した。これからは絶対に通らないぞ。
 
 

主な旧市街の見所といわれているところは、とりあえず全部通ったかな?ちょっと新市街にも行ってみようか。
 

9月20日通りを駅方向に歩いていく。セールの店も気になるわぁ。

メルカートオリエンターレの前で道を渡り、いつも歩いていたのと反対側を歩いてみる。

横道も、旧市街のことを思うとずっと大きな道が並んでいる。
 

お、日本の一般的なガイドブックにも乗っている高級ジェノヴァ料理の店「ゼッフェリーノ」もあった。
 

フナックの横のひときわ広い横道を曲がってみると、ちょっとした広場のようになって、カフェがテーブルを並べていたりする。夕方なので、みんなアペリティーボを楽しんでいるよう。
 
 
 

アンドロイド携帯を時々いじっていたナミヘー。何をやっているんだと思っていたら、フリーのwifiが落ちているところを探していたらしい。

今まではどこにもなかったのだけれど、この道のところで突然拾えたらしい。ベンチに座って一服するついでに日本のニュースをちら見した。

ラパッロでみたニュースの「東京の地震」というのは静岡県の地震で高速が通行止めになっている、というのをはじめて知った。
 
 
 


スーパー発見。
 
水でも買っておこうかね、と入ったところで事件発生。

大きな街だから当然といえば当然なのだけれど、新市街に入ってからはちょいちょい施しを受けようとする人を見かけていた。それもいかにもロマといった服装の人ではなかった。

で、タンガリーシャツを着てジーンズをはいた長身・長髪の男の人を道で見たとき、ああまた、いるな、と思っていた。

それがこの人、スーパーの中にまで入ってきたのだ。

このスーパー、地下に普通の売り場があって、地上階にはベーカリーと飲み物とちょっとしたお惣菜の売り場だけがある。

女性店員がベーカリーのカウンターの中に、一人。先客は選んだパンを店員に渡した女性が一人。そこに私たち二人が入って、水のボトルをもってレジにならんだ。
 
 

タンガリー男は何事か言いながら、私たちのほうに手を伸ばしてくる。私もナミヘーもさっとレジからどいて逃げたのだけれど、後をついてくる。

先客の女性のほうにも、手を伸ばしている。なにが怖かったって、このタンガリー男、目の焦点があってない。

3人の客が逃げまわっていると、地下から大きな男の人が走ってきて、タンガリー男を店から追い出した。

クスリ系で飛んでいる人を見るのははじめてかも。ちょっと怖かった。
 
 



 
 
ホテルに帰る  
 
気を取り直して、9月20日通りに戻り一度ホテルに帰る。

今、19時。そろそろ食事にしないとなぁ。ちょっとだけこマシなワンピースに着替えて、店を決める。

大聖堂の向かいに、パラッツォ・チカーラという16世紀の建物に、カンティーネ・スクアルチャフィーコというレストランが入っている。行ってみる。

このあたりなら、夜おしゃれして歩いてもそれほど違和感もないし、怖くもないあたりだし。
 

大聖堂の入り口のちょうど向かい合わせの建物の前に、店名を書いたボードが、矢印とともに置いてある。

矢印に従っていくと、小さな入り口。あけてみると半地下のような感じで、オシャレなインテリア。

席に案内してもらい、メニューを開く。ただでさえ、言葉がわからない上に、手書きとくると、ハードルは高い。

勘と経験にもとづいて、ペストジェノヴェーゼと、海の幸盛り合わせと書いてあるように思えたものを選び、シェアさせてもらう。白ワインのカラフェと、ガス入りの水。

魚は「シーバスと●●とどっちがいい?」と聞かれたのだけれど、なんといったかわからないので、「シーバス」といっておく。何が出るのかな。
 

スタイリッシュだけれど、ベビーカーに乗せた赤ちゃんをつれた客もいる。英語も通じるし、なかなかいい感じ。

サービスの人はおしゃれな黒尽くめのユニフォームだけれど、レジの女性は黄色いTシャツにパンツと、とってもカジュアルで、庶民派な人。

5センチ角のシート状のパスタにきれいなグリーンのペスト。あら、想定外のパスタだったわ。でもツルンとした舌触りがまた楽しい。ジェノヴェーゼソースも繊細な味。



 
 


海の幸盛り合わせも、想定外。魚を背中から開いて骨をはずし、烏賊や海老が鎮座して出てきた。おっしゃれー。レモンを絞って食べてみると、おいしい!

全般的にあっさり薄味だけれど、アマルフィとちがって「醤油をたらしたい欲」に駆られることがない。

白ワインがまだ残っていたナミヘーに「デザート食べれば?」と言われたので、喜んでデザートのメニューをもらう。

さすが、カンティーナと謳うだけあって、メニューにはドルチェ単品の値段に、そのドルチェに併せたグラスワインをつけたときの値段も併記している。

残念ながら飲めないので、チョコレートケーキだけをお願いする。

わっ 濃い!台になるものもなく、全部チョコレート。おいしー。

シメにエスプレッソをもらって、50ユーロをきるくらい。ああ、満足度高いわぁ。
就寝  
 
夜景の写真をチョコチョコとってホテルに帰る。

シャワーを浴びて寝ようと思ったのだけれど、このバスルームが案外ハードル高かった。

第一に、バスタブがちょっと細い155センチの私でも狭く感じるくらい。そこに、蓮の花のような、ヘッドの大きいシャワー。シャワーカーテンではなく40センチくらいのガラスの仕切り。

ものすごく水が飛び散りそうで怖い。

一度、手で持って使った後、上のフックに置こうとしたらうまく置けずに、頭にシャワーヘッドが落下してきた。いてて。流血の惨事にならなくて、よかった。

私たちの部屋が一番小さい部屋だったので、バスルームも狭かったのかもしれないけれど、うちの親世代にはちょっと難しいバスルームだった。
 



 



 
 
 
 
 

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