トップ > 紀行インデックス > Chun3の 2008年東地中海  8

  

管理人Chun3の 2008東地中海紀行
〜今年のクエストは 東地中海で オリンピックして 遺跡を見るのだ〜
8

25 Nov. 2009

 
 

(2008年9月 Chun3)
 
 

1 関空〜アムステルダム KLM
アムステルダム市内クルーズ
アムス〜ヴェネツィア KLM   
ヴェネツィア・メストレ泊
Hotel Bologna
2 朝 ヴェネツィア港 船チェックイン
ヴェネツィア観光
夕刻 乗船、ヴェネツィア出港
MSCムジカ号 泊
バルコニーつきツイン
3 午前 船内

昼前 バーリ入港 (バスでマテーラ観光)
夕刻 出港、  ドリル(避難訓練)

4 午前 船内
昼 カタコロン入港 (バスでオリンピア観光)
夕刻 オリンピア出港 船長パーティ
5 朝 サントリーニ島 入港(バスで フィラとイア観光)
午後 サントリーニ島 出港
夕方 ミコノス島入港、夕食と散策
夜中 出港
6 朝 ピレウス入港(バスで アテネとパルテノン神殿観光)
夕方 出港
7 昼 コルフ島入港(バスで シシィの宮殿と市内観光)
夕方 出港
同 
8 朝 ドブロブニク入港 個人散策
午後 出港
9 朝 ヴェネツィア入港、下船、観光 ヴェネツィア サン・クレメンテ島泊
10 朝 ヴェネツィア〜アムステルダム〜 KLM 機内泊
11
〜関空  
   

 
 
 
7日目  
7:00すぎ日の出。

7:30 起床。今日は午後まで入港しない。ちょうどいい朝寝坊なスケジュールだ。

「この東地中海エーゲ海コースは 日本人にぴったりな無理ないスケジュールなんですよー」とあちこちで言われたのがよく判る。

前の西地中海コースは 1日紀行、つまり 朝ついた〜夜でた〜 ハイ 朝ついた〜 夜でた〜 が多くて、夜の船内イベントもいれるとクタクタになったが、こちらはほどよい。

勤労くたびれ会社員には、すばらしいスケジュールである。

そうだろー?! 休暇中に朝寝したいじゃないかーっ!

・・・ということで、オクサマはもう少しお休みしたい。

中盤から、体調の加減で眠い時期だったので、気楽な旅行中とはいえ眠気だけはある。後半の航海スケジュールがラクなのは、とても助かった。

今日は朝寝だ。毛布にまるまって、青い海を横目でベッドからみながら、ごろんごろんする。贅沢だ・・・
 
 
 

ハムテル氏は、一人で朝食にいくらしい。たまに海外でも、臆せずぽんと一人行動するのが、えらい。・・・・ていうか、この人は、基本、ちゃんと朝型だ。

しばらく日本語の船内新聞をみて、考えて、和朝食があるというダイニングのほうの朝食にいくそうだ。日本人船員が苦笑していたというアレを拝みにいくらしい。なんでも経験だ。行ってらっさーい。

英語やけどなんとかなるんちゃう、と クルーズカードとカメラだけ持って、行ってしまった。クルーズ船ってこういう安心な範囲で別行動ができるので、本当に新婚旅行にも向いていると思う。

今回の船は 日本語の資料があり、日本人船員もいるので、かなり心強いようだ。
 

奥様 起床。ハムテル氏 和朝食に であう。  
奥様はさらに2時間寝て、9時すぎ起床。

帰って来たハムテル氏は、さっそく和朝食レポートで写真をみせてくれた。デジカメのいいとこは、すぐ見せてもらえることだ。

オレンジジュースと味噌汁か・・・ 最強やな。

え? 焼き鮭と味噌汁とゴハンって聞いてたけど・・

「うん。 ライスの上に、サーモンが載ってた」 

これは・・・鮭丼では?

たしかにウソではないが。 それと、これ、味噌汁? コンソメちゃうん?

「うん、いちおう味噌らしいで。」

具の人参も拍子切りじゃないから、ますますコンソメに見える。
 

わずか20人ほどの乗客のために、ある食材でなんとか算段してくれているのだろう。感謝感謝。

・・・・・日本のフレンチもイタメシも中華も、あやしいのがあるから、
まぁ、人のことは言えないということで。

心意気を買おう!

しかしMISO SOUPに 皿二枚敷きとは うやうやしい。恐れ入った。
 

午前はゆっくり。  
 
9:30 奥様はいつものデッキ13で朝ビュッフェのあと、午前は 試験のお勉強。完全に頭からぼろぼろ知識が剥離しかけている。やばいやばい。

午前は、お互い、船内を探検したり、寝たりでゆっくりできた。
 

午後はギリシャのコルフ島に寄る。どこだそれ、と思っていたら、オーストリア皇妃エリザベートが晩年を過ごした別荘(宮殿)があるところだ。

エクスカーションが12:45集合なので、12:00に 昼ビュッフェに行く。・・・食ってばっかりだ。

ビュッフェはある程度メニュー固定なので、最初にあれこれ食べてしまわないよう。毎日1〜3種類に定めて、すこしずつ試して食べていくのがいい。

男性には、普通の欧州旅行と違って3食しっかり、あまり費用も考えずに食べられるのは、ありがたいようだ。
 
 

MSCのイタリアやギリシャふうの惣菜は、美味というわけではないが、日本人にはまぁなんとなく食べやすい料理が多く、ほっとする。安い街角400円弁当のおかずぐらいで、期待しないでいれば、無難に口に運べる。

わたしは夜の食堂はあまり食べられるものがなかったので、朝と昼でしっかり食べた。

いやしかしアメリカ船がひどすぎたのだ。やっぱりなんでも若いうちは贅沢せず、最下位からきちんと?試すというのは大事なことかもしれない。
 
 

ぶらぶらとデッキから青い海を楽しみながら、部屋に戻る。

船は、エーゲ海まっただ中。色々な島影もみえ、大陸なのか島なのかわからないが、陸からそう付かず離れず航海している。ギリシャってそうか島ばっかりなのだな。よくわからないが、人の気質もおだやかそうで、料理も興味深いし、味わい深い見所も多そうだ。もっと色々見知った上で、50、60代にゆっくり過ごしてみたい国だ。脳内の海外旅行予定表に組み込んでおくことにする。
 
 

エクスカーション
数えなおしたら、エクスカーションは4つではなく5つ申し込んでいた。申し込みのとき、どうしようか考えて悩んでいたものを、とっさに決定にしたのだった。そうだったそうだった。

どうりでクーポンの残りが合わないわけだ。でも予定どおりだからいい。

マタコイツハ、シンジラレナイという目で家族にみられてしまった。

今回は、思った以上に陸でちゃんと食べていないので、食費がういている。買物もほとんどしていない。 エクスカーション代 40〜50ユーロ x 5本 ぐらい予算にはいれてあるからいい。
 
 
 
 
 
 
 
 

エクスカーション

アヒリオン宮殿 4時間 49ユーロ
ビーチ送迎 3.5時間 37ユーロ
パレオカストリッツァ 4時間 32ユーロ
セイリング 5時間 84ユーロ
サファリ・ジープ 5時間 80ユーロ

コルフ島接岸
 
船は、陸に接近している。

アテネは現代的都市だったから、ギリシャの田舎の町、建物を興味深く見やる。イタリアともまた違う。でもよくわからない様式である。

けっこう小さいぽつねんとした港に入る。正確には数えていないが、街の中心部からは入り江1個程度、ぐるっとまわったところのようだ。
 
 

ここコルフ島、別名キルケラ島も、東地中海の交通の要所、で繁栄したそうだ。まぁこれってクルーズで寄る街では、よく聞く表現だけども。昔の海上貿易について思いをはせる。

どうも建築様式はミックスみたいで、ロシアやトルコ、ヴェネツィアや英国、フランスの影響で混ざっているらしい。人気の観光地、ぐらいか、と軽くみていたが、けっこう混沌として面白いではないか。正体がわからないので、そそられる。
 

旧市街までピストン輸送で、船会社がチャーターして走らせる無料バスもある。有償だという情報もあったが、無料だった。

クルーズは本当にタクシーでもこういう輸送バスでも、エクスカーションでも 全部お膳立てしてあるので、本当にいざとなったら、乗ってから考えてもナンとでもなる。忙しくて旅行なんて綿密に調べてられない、という 30、40代夫婦にも、おすすめである。

アヒリオン宮殿へ
 
12:45 集合、シシィの別荘であるアヒリオン宮殿のツアーだ。

広々としたこぎれいな港で下船、また皆でぞろぞろバスに乗って、さて宮殿ツアーに。
 
 
 

今日の英語ガイドもわかりやすい。車で入れないとかいう旧市街みたいなところを横目で見ながら、貿易で繁栄した、シシィが気に入って晩年を過ごした、だの、シシィの人生についてずっと語ってくれた。

ガイドは 「彼女も、結婚して色々強制されて、精神的にきつかってん」 「姑と大変やってん」というあたりを ものすごく強調していた。

配偶者にむかって通訳しづらかったが、日本の皇室も一般庶民もオーストリアの皇妃様も 嫁さんはみんな それなりに自分を殺してしんどいねん、とまとめておいた。ハムテル氏はあんまり聞いていないようだった・・・
 
 
 

六甲方面のような狭い道を、住宅街を抜けながらどんどん上がっていく。道沿いは、大きい家々に変わってきた。

この島は 英国領だったりヴェネツィアの支配を受けたとも言っていた。大変やったんやなぁ。当時の地中海の勢力争いについて 思いをはせた。

リゾートホテルや美しいビーチもあり、欧州からくるVIPも多いそうだ。主要ラインのフェリーも就航しているとのことだった。
 
 


 
 
 
宮殿  
 

芦屋のちょっと下のほうぐらい、ちょっと大きめの邸宅の前でバスが数台停まる。ご近所はここが観光地で大変そうだ。でかいPをとれる余裕もない、住宅街だ。

周りはもっと門前町状態かな、と思っていたのだが、小さい海の家レベルの、ジュースの売店みたいなものがあるだけ。

でものんびりしていて隠れ別荘、という雰囲気がしていた。
どっかで見たな、と思ったら、19世紀末の建築で、フィレンツェの影響をうけたネオ・クラシック/ルネッサンス様式、だそうだ。
 
 

あいかわらず欧米型だから、何時に ここねーぐらいは いってくれた。トイレは聞いたら教えてくれる。

最初にちょっとだけ宮殿を案内するから聞きたい人はついてくること、 こっちに回ると庭で、同じところから出てくる、と要所要所を押さえてくれるので、いい。
 
 

この島にはいわゆる見所がここぐらいしかないから、沢山のバスが来るそうだ。が、ガイドについて宮殿に入ると、まだすいていた。

クルーズ船からのバスは相当早いほうらしく、うちの船だけでも、英語ツアー スペイン語ツアー、イタ語ツアー、ドイツ語ツアー などがあるから、ざっとみたとこ、MSCのシールをつけた人、つまりお仲間が多い。

なんとなく打ち解けた雰囲気である。

パリのロダン美術館のような、こじんまりした貴族の邸宅ぐらいだ。庭もあり、高台にある。
 

アヒリオンとはアキレスのことだそうだ。夏の離宮とも呼ばれているらしいが、晩年はここで何年か隠遁生活を送ったそうだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

館内
13:30 館内を、そのままガイドについて英語の説明を聞きながら、周る。ガイド説明はかなり詳しい。

家具とともに絵やゆかりの図画も飾られ、晩年の様子が伺える。窓は開け放たれ、すこし威力を和らげてアおだやかな夏の日差しと、時折吹き込む風でさわやかである。
 

ただ部屋ごとに沢山のツアー(って全部うちの船やねんけど)が入り乱れ、うしろはイタ語だわ、こっちはドイツ語だわ でわからなくなってくる。まぁ目でしっかり見ることにする。

館内は、さすが小さくても皇妃様むけにラデュレのペール・グリーンが基調で、さわやかなインテリアであった。

こじんまりしている。大きな宮殿で過ごしたトップクラスの皇族が、このような小さな屋敷で満足したのか、とおどろかされた。

晩年は精神的に不調だったこともあり、このようなこじんまりした、人と はなれたところが好ましかったようだと説明していた。わかる気がする。

温暖だし、高台からゆったりとした景色も見られ、ここで安らげたのだろう。

皇妃の死後、夫が買い取ったということで、聴衆は、なんとなく、皆しんみりしていた。

・・・と 日本語が聞こえてきた。  
 
同じ船のJTBのツアー一行だった。あちらは高額ツアーなので、寄港地の主要観光日本語専用バスがついている。

だいたい旅程で見ていると、現地ガイドが説明したものを添乗員が通訳、あるいは 添乗員が自分でガイドするというふうだった。

年配のみなさんはイヤホンガイドをつけているが、添乗員はインカムみたいなのをつけて話すから、狭い宮殿では全部聞こえてしまった。

(だいたい フランスの観光地でもそうだが、高額商品の客や添乗員は、ガツガツしていない。いやねぇあの人たち私たちのを聞いて、とか、聞かないでください、なんか言わない)

最初の日本語説明会で同席していたので、見知ってもいるし、軽く会釈。
 

あまり同じところにいるのも悪いかな、といちおう遠慮はするが、誰も気にしていなかった。

英語ツアーが先にたっていたので、自然に隣の部屋に移動。

前からうちの英語解説が聞こえてくるが、後ろからは日本語だ。まるで洋画の主・副音声だ(笑)

同じ絵を説明するのでも、けっこう解説の着眼点が違うので、面白かった。

ただ、全般に日本の解説は、ウケねらいというのだろうか、聴いている人に面白くおもってもらえるようなことばかり言う、と感じた。

とくにこの添乗員は、楽太郎さんみたいな ルパン三世をつぶしたような顔(失礼)で、すこし軽いのりの人だった。客層によるが、西洋文化の基礎知識が違うから、仕方ない面もある。
 


ちょっと脱線  
 
このクルーズ添乗は大変失礼ながら、他の商品とちがい、仕事としてラクやんか、と思った。船内では 日本人船員がほとんど手配も説明もするし。

実際崩しルパンな添乗員はかなり らくそーに あまり リキいれない雰囲気だった。(ポーズかもしれないが)

逆に言うと、日本人船員のフォローがある船なら、 わざわざ添乗員つきツアーにする意味薄いかもね、と二人であとで話した。
 

ちなみに、HIS系クルーズ部門の手配パッケージによる日本人乗客も居た。

パッケージだから、エア+ヴェネツィアのホテル+港送迎、
+クルーズを手配してくれるわけだ。

これでも船内は日本人船員がフォローしてくれるから、正直添乗員ツアーでなくても、とりあえずすこし英語で乗物に乗れたりするなら、これで十分だと思う。ただし高額商品のような添乗員通訳による日本語エクスカーションはない。

でも、実際 行き先はだいたいが人気観光地なので、いくとたいがいどこかで日本語ツアーの解説は、、、聞こえては来る。

去年のロイヤル・カリビアンの船にも居た。添乗員はつくが、配置している店員が少ないらしく、店員や店長がそのまま搭乗・乗船していたのが印象的だった。
 

クルーズ関係は、現在 収入の高い商品として、各社 力をいれているようだ。

だいたい専門デスクや専門部門だと、限定されたスタッフがツアーを率いていくことが多いようだ。船内のサービスや手続きを知っていると船内ライフが楽しめるので、相談や申し込みをするときは、乗船経験のある、よくわかっているクルーズ部門に頼むほうがいいと思う。
 
 

庭に出る
 
英語ツアーの解説は、そのうちお開きとなった。熱心な英国人と思われる人たちが、いろいろと歴史についてガイドに質問している。
 

庭に出る。立体的になっており、意外と手狭である。手入れや趣向はそれほどではなかった。現在どこが管理しているのかわからないが、ボーリューのロートシルド邸などには及びも付かない。

が、それでもすこし植木に手をやったり、陰には準備をする小屋などもあった。
 

別にシシィファンではないのだが、皇妃はこの階段をとおって、このテラスから見晴らして、何を思ったのだろう、疲れた精神を癒せたのか、などとポツポツ考えた。
 

周りはだいたいが二人組で、しっぽりしている。ゆっくりと自分の庭のように歩み、足を止めては花を指差して、夫が妻になにか語っている。国は違えどカップルの語らいは同じなのだな、と思った。
 

ゆっくりと庭園とテラスですごし、時が経つままに、ゆっくりと風になぶられていた。
 
 
 
 
 

・・・と
 
「みなっさーん、 ほら、ほら、こっち来て、こっち来て。これ、なんだとおもいますぅ? この像がぁ〜 アキレスです! バスで言ったでしょう?」 
 

・・・・おいらの素敵な紅茶色の沈思を破るヤツがいる。
 

後ろを見ると、JTBの崩れルパンさんと一行が来ていた。周りのイタリア人や英国人も 眉をしかめてみていた。うーん声が大きかったかな。(いや、ツアーの方に、けして罪はないのだが。)
 

「後ろをみるとねー えへへ 御尻見えるんですよー  日本にかえったら ワタシアキレスのオシリみちゃったわ♪って自慢してくださいねー あ、◎◎さん、写真撮っちゃうの? すごいねー」
 

・・・・ほとんど 笑天の三遊亭楽太郎だ。

やっぱ、日本語っていっても、こんなガイド、要らんかも・・・ これならグリーンガイドや本読んで、知識を得るほうでいいです・・・
 
 
 

ツアーを見分できるいい機会なので、しばらく見物してみる。

「ほらっ 並んで写真撮りましょう!! ほらほら!」 

「わっ ◎◎さん、今日のお召し物イイですねぇ」
 

そうか、ある程度お金のだせる高額商品客には、こういうノリの接待(添乗)になるのか? それとも楽太郎のオリジナル・キャラか?
 
 
 
 

「あははっ♪足長くとれましたよー」

・・・・大阪だったら、痩せてとってや!美人に撮ってな! とか無茶いうオバチャンとその掛け合いが絶対あるのだが、成田ツアーらしく、みなさん上品である。
 
 

次は、グループごとにカワリバンコに撮影。添乗員はカメラマンと化している。全員のカメラで2枚ずつ撮るものだから、2人組でも4枚。 ずっと終わらない。大きな声でずっとしゃべっている。

なるほど忙しいのだな、日本の添乗員は。ほとんどお付きなのだな。
 
 

周りの写真を撮っていた人たちは、我が物顔に像を占拠する日本ツアーをみて、肩すくめをしていた。そうかイタリア人も英国人も、肩すくめ、やるのか。

撮りたかったらしいイタリア人夫婦が、むっとしながら退いていった。
この添乗員は周りに一切気をつかわないタチだ。こうでないとやっていけないのだろう。
 
 

目があったカップルたちが、眉を下げて「しんじらんなーい」というふうに 肩すくめと両手を広げてきたので、私も、苦笑しながら肩すくめしておいた。すみません。
 
 
 

彼らは、アキレス像の前でやたら撮影に時間をかけたあと、 「10分ほど」庭を各自散歩して、すぐ退散していった。
 
 

我々がたたずむテラスに来て、 「わー眺めイイじゃない」 「でも何もないよ」 といって一応1枚写真をとった夫婦がすぐ去っていった。
皇妃に思いをはせる時間はないようだ。

離宮には静寂とゆるやかな時間が戻ってきた。
 
 
 
 

鮮やかな色の柱廊のあるテラスがいっとう気に入った。
 
 

アングルをかえ、像を一つひとつ見ながら、ゆっくりと過ごした。
像は、一つずつ楽器をもっていた。なかなか色けのある像で、一つひとつ見て歩いた。私は竪琴をもった像が気に入った。
 

柱に纏わりついた蔦に ペチュニア・ピンクのような花が咲き、彩りを添えていた。

昔からあったのかどうかわからないが、女性の主を、慰めたのだといい。
 

いい意味であまり観光地化されすぎず、全体的に、とろりとした空気を残していた邸であった。人少なになった庭は、風で花が揺れるのみであった。
 


 
 
 
 

 
 
 
 
海に浮かぶヴラヘルナ修道院とネズミ島  
 
15:30すぎ、バスが出る。アヒリオン宮殿では、2時間ほどあり、非常にゆっくりできた。ものを見たり、考えたり 耽ったりしない人なら、ひまだと思うだろう。

今回、エクスカーションを行き先を絞りこんだのは、本当に正解だった。1箇所で2時間いられたら、本当に幸せだ。
 
 

途中、ポスター等で有名なネズミ島と海に浮かぶ修道院を下車して上から眺める。
 
 

ここはがっかりポイントといわれているので、とガイドが苦笑している。あぁ、どこの国にもそういうのはあるのだな。

たしかにそうだった。あまり詳しくは述べずにおく。ポスターはうまいこと撮るもんだ。
 

トイレ休憩もかね、30分ぐらい停車。日本のツアーなどよりやっぱりゆったりしている。
 

スタバがある。今月オープンしたとか言っていた。ツアーといっても日本のツアーのように束縛されないので、みなさん勝手に座って勝手に注文して、勝手にお茶している。

ガイドも自分もアイスを舐め始めた。

バスに戻る人は戻る。なんとなく全員が飲みおえて、テキトウに戻る。ガイドは声をかけてきたりしない。写真とってくれるわけでもない。頼めば撮ってくれるだろうが。
 

お互い大人なんだし、遠足の中学生じゃないんだし、こういうあとは好きにして、という距離感が、個人旅行に近い気持ちでいられて、我々には快適だった。
 
 


ポスターはこんなかんじだ。周りは撮らずにおく(笑)
旧市街で自由時間  
 
16:00  バスは丘を降りてきて、芝生広場のあるところで停まった。ジュネーブみたいやな。こういうきれいな空間が都市の中央にあるというのは、いいことだ。

このエクスカーションは ここで解散だ。 

ツアーの帰りのバスも走らせるから、それに乗りたい人は、17:00にあのあたりから乗ること、そのあとも 18:40までバスがあるからそれで、とか色々いっている。

あのあたり、が、ちょっとよく判らない。船の客が3000人もいるから、まぁ誰かに聞いてもよいが、もう一度 ガイドに確認しておく。

わざわざ近くまで引っ張っていってくれて、あのあたりに旗があるからダイジョウブだ、と何度もいってくれた。ラスト・シャトルバスの時刻も確認。

だいたいその時間になるとクルーズ客が固まるから心配はいらないのだが。
 
 
 
 
 

旧市街で、自由時間となる。

フランスの影響が濃いらしいが、ところどころ建築年代によって、ギリシャ正教の教会や ヴェネツィアの様式もあって、めっちゃ混沌として面白い。

わけわからないので、入り込んでいきたくなる。

東欧とかアジアとかイスタンブールとかがすきな人にも向いていると思う。ギリシャって面白い文化があって、色々やなぁとイメージを覆された。

こぎれいな店は少なく、ざっぱというか雑多というか、雑貨・食品を売る店などある。ちょっと古い商店街という様子だ。食品店、といった店構えのところに入り、コルフ島名産だという菓子や蜂蜜を買う。土産は蜂蜜がメインにする。ずいぶん安くあがった。
 

中にはぽつぽつと ブランド店も混じっており、夏のリゾート地の片鱗をうかがえた。
 

街の建物は、妙にこぎれではなく、ボロボロの建物も多い。そこがいい味わいだった。相方は、ぼこぼこ穴のあいた海面を買っていた。

井戸のある古い小さな広場に出た。腰掛けてなんか食べている人がいる。広場の前で、大阪でいえば、駅前のお好み焼きやみたいな構えだ。テイクアウトもできる。

ファラフェルみたいなものを買った。1つを2人でわけっこする。井戸のあるところで腰掛けて食べる。スパイシーでなかなかよろしい。

言わせて貰うと、場所柄ちょっとぼったくっていたし(3ユーロ!)、釣りをごまかそうとしていた。
 
 
 

通りはクルーズの客などで大賑わいだ。クルーズの客は、荷物が異常に少ないし、同じ紙をもっていたりするので、判りやすい。

みなカメラに動画にと忙しい。

歩いていくと、ギリシャ正教会が突如現れたり、ヴェネツィア様式の建物があったり、と本当に面白い。

 

船に戻る  
 

17:20 バスに乗る。言われた広場はずれにMSCの旗があり、そこで待つ。

スタッフにエクスカーションの帰りだ、というと、もうすぐバスが来るから、待ってて、といわれた。胸のツアーのシールは捨てなくてよかった。

普通の個人行動と違い、船の旗があるところにいるTシャツをきたスタッフは、基本的には客サポートをしてくれるので(観光局ばりではないが)、英語で聞けて便利だ。
 
 
 

船会社がチャーターしているバスが次々くる。が、若干客が集中し、乗り切れない。

あるバスは、「我々のような、エクスカーションツアーの人だけが乗れる」といわれ、個人行動で胸にシールがない人は、下ろされていた。ま、彼らは別のバスがあるらしく、このバスではない、といわれていた。

判っていない人からちょっとブーイングも起きていたが、係員がこれはエクスカーションのバスだ、ときっぱり説明していた。

ま、たいした混乱ではなかった。
 

個人旅行における観光や移動と違い、最終的に 船のスタッフが街中にいること、きちんと往復やツアーの設定がされていること、最後はスタッフに泣きつくと無線や電話でなにか手配をしてくれる。

船に帰ろうとしている客を見捨てる、ということは絶対にないので、そういう意味で、クルーズでの周遊旅行は 自由行動のよさと、ほどよいスタッフフォローがあって心強いと思う。
 
 

4時間(13〜17時)のツアーは、宮殿2時間、俯瞰休憩30分、町で1時間と かなりゆとりがあった。旧市街で自由に歩けるので、選択としてはよかった。

もうちょっと北部の名所を組んだツアーもあったが、とにかく寄港地が多いから、エクスカーションは単純にしておいて、よかった。
 

ただ、すこしうろついた範囲では、店の種類は似ていたので、もうちょっと本格的に滞在し、この島を探検してみたいものだ。脳内に書き込んでおく。
 

いつか再訪したら、このコルフにある、写楽の肉筆画がこの2ヶ月前に発見されたという、国立コルフ・アジア美術館をじっくり見てみたい。1万点の熱烈コレクションがあるそうだ。

東京に2009年9月にコレクションが来た
17:30 岬を1つまわって、7、8分で、港についた。

こじんまりした税関らしき建物、それがまた愛らしいのだが、を抜け、ぽくぽくと船まで歩く。

実は、税関の建物から船までをピストン輸送する港内移動バスもさらにあるのだが、もう船が見えているし、若い人は誰も乗っていない。

天気もいいので、みなぶらぶらと歩いている。

MSCムジカからは何をやっているんだろうか、煙突から黒煙が出ている。

埠頭はこぎれいで、周りにさえぎるものなく船を見られるので、みないい撮影タイムになっている。

どこの国の男性も同じことを考えるようで、船を係留するロープにぶらさがってみている。(ちなみにこれぐらいで 巨大船は動くわけはない)。 次々に男性が同じことをやるので、面白い。
 
 
 


17:30
 
大きさがわかるよう、手を広げてみて〜、とカメラマンのワタシは指示する。手を広げると、堂々とした写真で、いい表情になるのだ。
広角10倍だったので、なんとか入った。

その後、うしろを振り返ってみると、伝染したのか、みんな手を広げて撮っていた。

まだ17:30。

もちろん、ツアーの復路を放棄した人は、ほかのシャトルバスで戻ってくる。
 
 

あまり疲れていないが、シャワーをして船内でゆっくりする。相方は南にいるうちに、と風呂代わりのジャグジーに走っていった。ぬるかったそうだ。
 
 

今日の門限は19時。日の入りは19:20。19:30出港だ。


 
 
 
インフォーマル  
 
19:00 今日の夕食は、インフォーマルデーの2回目だ。航海中7泊2回だけ設定されている。

インフォーマルだから、だいたい日本のシティホテルでゴハン食べに行くぐらいの格好でいい。
 

まぁダイニングは二人テーブルだし 自宅と代わり映えもしないが、いちおう肌を出すワンピースで、髪はアップしてみる。

相方は、麻の夏ジャケットで、普段も使えるカラーシャツに ネクタイだ。
 

今日は魚や海老を選び、ワインは白。ハーフで17ユーロからと船内は安いわけではないが。ボトルは翌日までキープできる。周りはがんがん飲んでいる。
 
 

料理はたいしたこたぁないので、わたしは前菜のようなものばかり、すきなハムのようなものばかり選ぶようになった。

ちなみに前菜を3皿食べたって、何をどう頼んだっていいのだ。めっちゃテキトウで、いい船だ。

肉や魚は、あまり味もないようなものが、どーんと置かれているぐらいなので、本当によろしくない。スープにいたっては、リボンの形のパスタが1個ぽけっと浮いているだけで、あとは濃いコンソメの素をとかしただけだ。
 
 

日本語メニューがあるので、相方はメニューが理解できるし、好きなものを頼めて、いちおう腹には入れられるので、料理に不満はなかったそうだ。
よその人と相席でなかったのは よしあしだが、こじんまりした二人卓で、お互い気楽にできて、よかった、と言い合った。
 

へっきり越しだが、2つほど越したところにJTBのツアーの10人テーブルがあり、みなさん静かに黙々と夫婦が相集って食べていた。奥様と旦那様という組み合わせが多いようで、仕事の話なんか漏れ聞こえてきた。明るい人がいるなーとおもったら、楽太郎氏だった。あの人とも、7日ごはんたべるのか・・・・  
 

去年も今年もそうだったが、クルーズの日本人客は本当に年齢層が高いので、要注意だ。

日本人ツアーにいくと、相席で、30代は 本部長級みたいなの(失礼)と若造で食べないといけないから、若い人は、できればスモールテーブルをリクエストするようお薦めする。
 

「なんで自分の休暇なのに、もとからの知り合いでもないのに、目上の人たちと気をつかって、若造扱いされて、話しあわしてメシくわにゃならんのだ」 というのが いたって協調性のない我々夫婦の結論だった。
 

ただ、長年でマンネリ化した年配夫婦は、逆に奥様たちが他の方とおしゃべりできて、楽しそうだった。ツアーはそういう効用もあるらしい(笑)
 
 

2009ぐらいから、一部で ハネムーナーむけにスモールテーブル確定プランが出始めた。そういうのを利用してもいいだろう。
 
こじんまりと二人で食べる。白がいい感じで、お互いふわふわしながら、楽しんだ。

それでも、うちのテーブルは進度が速い、とサービス担当が苦笑していた。
 
 

20:30、会場が暗くなり、ざわついたかと思うと、サーヴィスのスタッフが ロウソクというより、「炎」のついたケーキをもって行列しはじめた。
 

あれ? これ先日、誕生日の人にやってたのとパターン一緒やけど・・・ 
あまりアメリカ船ほどエンターティメントが得意ではないので、持ちネタは1つが限界のようだ。
 

これがフェアウェルのイベントらしい。シェフコートをきた料理人たちもズンズンと行進してきて、会場からやんやの喝采であるが、喝采うけるほどの料理とちゃうで、というのは他の人も思っているらしくて、1/3ぐらいの客は、冷静である。

そのあと、さぁこのすてきなクルーズにあとちょっとでサヨウナラデス、最後はナプキンを振り回せ、てなアナウンスがあり、みな いちおうおもしろがって ブンブン振り回している。
 

今回は時期的にイタリア人客が8割なのでみんなとりあえず一瞬盛り上げるのは得意だが、いかんせん、バラバラだし、続かない。みんな飽きちゃったようだ。最後はなんとなくなしくずしに終わった。司会もあんまり上手くなかった。

おもえば、アメリカ人って船も客も やっぱすごかったんだ、と改めて 盛り上げ人間のすごさを思う。もとは同じヨーロッパから出たはずなのになんでだろう、と夫婦でごそごそ話し合った。
 
 
 

ダイニングの夕食は、クルーズカードをクレジットカードのように提示して終わる。担当がカードを持っていって、有料ドリンクを課金してくれる。クルーズカードと一緒にきたレシートにサインして終わりだ。

すべての清算は、船賃と一緒に、後日クレジットカード決済である。

劇場  
 
うちのディナーはがんばっても90分が限度なので、2時間はもたせられない。20:30で退散。

船内新聞で確認し、そういえば劇場のショーをみていなかった、これが船員が一番自信作だというショーが終盤なので、後ろから覗きにいく。途中でもそっと入れた。うん、やっぱ アメリカとちゃうから、まぁそんな感じね、と納得。

客も、別にいたくウケている節はない。

サーカスもどきや、手品もどき、男女のレビューみたいなものをやっていた。が、いずれも中途半端に感じてしまった。ま、日本の温泉旅館のショーだと思えば腹は立たない。
 
 

司会は、4ヶ国語で古館一郎のように、ベラベラと立て板に水でしゃべる。どっかで聞いた声だな、と思ったら、普段 受付で、寄港地の説明をマイクアナウンスする男性だった。

・・・・船は、やっぱり人を「使い倒す」ようだ。この人は、そういえば2日目のドリル(避難訓練)の説明もしていた。八面六臂という言葉が浮かんだ。
 
 

ショーは撮影禁止だそうだが、後半はもうアンコールに入ると撮影OKになっていた。すぐ横にビデオ撮影のスタッフがいたので聞いてみたら、OK、OKとのことだった。

いちおうフラッシュを禁止にして、最後のアンコールみたいなときに撮ってみた。

それにしても、前の席の男性、後頭部がピカピカだ。個人の自由なので、なんともいわないが、ハゲしく写真にうつって、本人は気づいていないだろうがワタシの写真のできばえが非常によろしくない。

次回から、ピカピカでない人の後ろに座ろう、と思った。

デッキ  
デッキにあがると、かすかに青い空が残っていた。

ずっと船にいたら海や陸をみるのは飽きるんじゃないかな、と思っていたのだが、2回目のクルーズでも飽きなかった。
 

TVで船乗りさんが、海はいくら見ていても飽きない、姿も日々刻々と違う、といっていたのがすこし分かった。

うまれかわったら、お魚になってもいいかも、と考えた。大阪湾はちょっと遠慮するが。
 

海を眺めながら、つれづれに相方と話をしながら、ゆらゆらと歩き、部屋に戻る。
 
 
 
 

トップ >  紀行インデックス > Chun3の 2008年東地中海  8