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管理人Chun3の 2008東地中海紀行
〜今年のクエストは 東地中海で オリンピックして 遺跡を見るのだ〜
7

25 Nov. 2009

 
 

(2008年9月 Chun3)
 
 

1 関空〜アムステルダム KLM
アムステルダム市内クルーズ
アムス〜ヴェネツィア KLM   
ヴェネツィア・メストレ泊
Hotel Bologna
2 朝 ヴェネツィア港 船チェックイン
ヴェネツィア観光
夕刻 乗船、ヴェネツィア出港
MSCムジカ号 泊
バルコニーつきツイン
3 午前 船内

昼前 バーリ入港 (バスでマテーラ観光)
夕刻 出港、  ドリル(避難訓練)

4 午前 船内
昼 カタコロン入港 (バスでオリンピア観光)
夕刻 オリンピア出港 船長パーティ
5 朝 サントリーニ島 入港(バスで フィラとイア観光)
午後 サントリーニ島 出港
夕方 ミコノス島入港、夕食と散策
夜中 出港
6 朝 ピレウス入港(バスで アテネとパルテノン神殿観光)
夕方 出港
7 昼 コルフ島入港(バスで シシィの宮殿と市内観光)
夕方 出港
同 
8 朝 ドブロブニク入港 個人散策
午後 出港
9 朝 ヴェネツィア入港、下船、観光 ヴェネツィア サン・クレメンテ島泊
10 朝 ヴェネツィア〜アムステルダム〜 KLM 機内泊
11
〜関空  
   

 
 
 
6日目 ギリシャ ピレウス入港  
6:30起床。日本では考えられない・・・旅の摩訶不思議だ。
 

旅も折り返しだ。といっても、船が勝手に動いてくれるので、至極ラクをさせてもらっているわけだが。

船は、夜半に予定どおり、ミコノス島を出港したらしい。

起きたらまたギリシャの島々を抜けて、どっか走ってどこかの岸に沿っている。
 
 
 

6:45 朝食に行く。

周囲は、やたら働き者のコンテナ船が多い。COSCOにNYKにMAERSK? ああ・・・・アテネ沖だ。

仕事がら使う航路も思い浮かんで。ちょっと仕事を思い出してしまった。デリートデリート!
 

薄ぼんやりとした明けゆくピレウス港で、目をこらすと、20隻以上はコンテナ船が漂っている・・・オツカレサマデス!
 

ものすごい量の貨物船が行き交い、アテネの力のようなものが伝わってきた。

いちおう後輩教育のために、写真を撮っておく。カタログのような写真を沢山撮れた。
 
 
 

また焼きトマトと柔らかい菓子パンなどに、はむはむとありつく。ロイヤル・カリビアンに比べたら、ありがたいありがたい。
 
 
 

甲板にでると、南にくだってきたので、肌で温かさを感じる。ヴェネツィアではジャンパーが要るような、関西の11月下旬お彼岸ぐらいの気温だったのに、まるで夏が戻ってきたようで、なんだか可笑しい。
 
 
 

---- そうだ、船旅は、何が違うって、「空気を感じる」のだ。

飛行機で空港外にでたときのコンクリや道路の熱気、とはまた違う。朝、甲板にでた瞬間に、昨日と違う海の色、深さ、鮮やかさ、空気と水の温かさ、おそらく肥沃なのであろう海のエネルギー、など 色々なものを肌で感じるのだ。

まして動いていくので、すこしずつ肌で変化を体感していく。南に下ってきたこと、緯度、「温暖な気候」といわれる土地、岸に見えるオリーブや柑橘類、乾いた土と風など、本当に地理で学んだことが、目の前を通り過ぎていった。
 
 

ミコノスの海ベでよぎった思いの、尻尾、だったかもしれない。
 
 

エクスカーション  
 
今日はアテネ観光の英語エクスカーション 50ユーロを頼んである。
 

7:30集合。入港手続きと配車に若干、手間取ったらしく、記録によると 8:30ぐらいまで劇場で待ったようなのだが、マン・ウォッチングや下調べしたりと、全然 待たされたという感覚がない。飽きなかった。

JTBの人たちもまた専用車にのってでかけていった。
 

アテネは自分たちで行動しようかな、とも考えたが、アテネ港から市内のアクセスで地下鉄駅まで徒歩30分とあり、すこし歩くには不便らしいこと、でかい遺跡系でかつ入場券も買うとなると、さらに時間をとられてしまうことが予測された。よって、エクスカーションにしておいた。タクシーに乗ると、結局かかってしまうし、と、出費には目をつぶった。

個人的には、アテネ+考古学博物館のコースにしたかったが、言葉や遺物の関心がない人を連れて行くと気の毒だし、考古学博物館は1時間程度では見切れないとわかっていたので、博物館は断念し、 アテネ&アクロポリスに申し込んだ。
 

知らないでコースを決めたのだが、アテネはハムテル氏の憧れの土地だったらしい。(知らんかったぞ、わたしは。)

自宅トイレ内にはった行程表をみて(トイレだったら絶対見てもらえるから)、相方が アテネにいくの!?!と ものすごく喜んでいたのは、内心、「棚ボタ」だった。

彼は男性にありがちな 壮大な遺跡大好きで、アテネにすごく行きたかったが、縁がないと思っていたそうだ。

いってくれたら、来週でもすぐ行くのにさ・・・
 

8:45出発。 
 


待機中の劇場風景
 

エクスカーション

アテネとアクロポリス 4.5時間 50ユーロ ☆

スニオン岬 4時間 41ユーロ
アテナ、アクロポリスと考古学博物館 6時間 67ユーロ
コリント運河ボートツアー 5.5時間 54ユーロ
 
 

 

アクロポリス  
 
バスは、港から新御堂みたいな高架の無料高速みたいな道をとおって、アクロポリスに向かう。的確なガイドがあり、経済や政治について、そして北京オリンピック直後であったため、オリンピックやギリシャの位置づけ(自慢ともいう)について、整理して語ってくれた。

なんか似てるよな〜とおもったため、車窓が本当に桃山台〜新大阪付近に見えて仕方がない。なんというか、すごく「地元に帰って来た」感じがする。また乗り継ぎついでに(?)泊まってあるいてみよう、とおもった。沢山の寄港地は、食わず嫌いや知らず寄らず?を治すのによいかもしれない。
 

9:30 遺跡の手前、キレイに整備されたところでバスを降りる。最後は各自集合なので、迎えの時刻・場所などを指示してくれる。

アクロポリスに引率されて入る。オリーブの木を見て、欧米からの乗船客もけっこう写真を撮っていたり、触っている。
 
 
 

園内に入るが、ここでも自由行動な犬たちが居る。ハムテル氏 は若干ピンチ。
 

 
が、パルテノン神殿を仰ぎ見ると、もう犬の存在は忘れたらしい。

白くそそりたつ。ここまですごいとは思っても居なかった。
 

最初はガイドについて、解説を聞きながら歩いていた。同じ場で留まりながら、ゆっくりと説明してくれた。ガイドからは、 imagine 〜、(〜という当時の様子をイマジンしてみてください) という語がよくでた。 

最初は通訳していたのだけれど、そのうちハムテル氏は自分の目でみて焼き付けるのに必死になったようで、途中で通訳をやめた。
 

欧米のツアーは、だいたい一箇所でガイドが 客を座らせたり(遺跡の石だと思うのだが・・)して、熱弁を振るうタイプが多く、あちこちでそうして車座になっているグループをみかけた。いいな、と思った。
 
 

そのうち皆、写真撮影大会になり、結局また別行動・・ 

ハムテル氏と思うままに 感動を交わし、沢山写真をとりながら、アソコに見えるあれはなんだの、こっちの石像は妖艶だの、と ゆっくりと見ることができた。

基本的にゆっくりしたツアーなので、パルテノン神殿のある アクロポリスで2時間確保されていた。

抜けるような青空、ぽかぽかと浮いていた雲もだんだんと遠くに去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
世界各国からの観光客で人だらけであったが、離れれば場所はあるので、長い間ぶらついた。

私は建物はともかく、丘の高さやこの計画された立地、市内要所の配置にいたく色々と感じるところがあった。権力、権威、示し方。今みてもすごいのに、昔の人々はこの壮大な建物をみて、どのような畏怖と権威を感じただろうか。

今まで見たどの書物も、どの画像も、ここの威容を伝えるものではなかった。自分の目で見ておいてよかったものの、ベスト3に入った。
 
 

ツアーとはいえ、実質、パルテノン神殿で2時間程度ゆっくりできたのが、とてもよかった。

敷地内には沢山の神殿があり、今度くることがあれば、もっと時間を撮って、隅々まで見たい。考古学博物館も、じっくりと見てみたいと思った。
 
 
 

ここはあまり下調べをしていなかったのだが、いちおうギリシャは中学時代にかなりハマって調べこんだことがあるので、その知識は役立った。

ハムテル氏も ギリシャ・ローマ神話の 有名な本を1つ2つ読んでいたらしく、基本的な神々や神話を知っていたので、お互いに役立った。
 
 

いま考えると、ここですごかったのは、大きさでもなんでもなくて、 柱や石から伝わってくる 「何千年という時」 「時空」 だったと思う。

超然というのだろうか、「依然として在るもの」、「変わらないもの」、の凄みだった。

そして自然ではない、意図して狙って作られた 人工による意図的なもの、狙い、意図、パワーというようなものを ビシビシと感じた。

 

帰国してみると、アクロポリスの丘だけで、アングルをかえ、100枚以上写真を撮っていた。デジカメの望遠、広角は、海でも巨大船でもそうだが、この神殿でも、ものすごく役に立った。
 

神殿を堪能したあとは、園の外にある、土産屋をのぞいてみた。ここにもそれなりの壺はあったが、やはりミコノスで買ったものがよかったのだそうだ。アテネに期待してスルーしていたら大変残念だったろう、と思う。 

教訓

土産は、買えるときに買え。二重になってもゼロや後悔よりはいい。
 


 
 
 

今回は、いつもの旅行よりも、心の中にあるものの正体を考えたり、しっくりくる言葉を捜す時間が多かったが、これは、ゆったりとした中だから出来たことかもしれない。
アテネ市内
12:00  さて、バスで合流し、簡単に車窓からアテネ市内の説明を受ける。

これがツアーの 「アテネ&アクロポリス」のアテネ部分なのね、下車はないのか?と思っていたら、オリンピックスタジアムで下車があった。

私はなんだか頭満腹?でぼぅっとしていて、柵から見るだけだというので、ハムテル氏だけ降りていった。
 
 
 

トイレ休憩で、1軒、しゃれた土産屋に寄った。クルーズ船数社がこういう お立ち寄り処みたいなものを設定している。ま、日本と同じである。

ギリシャの壺ふうになった鉛筆たてがあったので、ハムテル氏に2つ買わせた。迷ったりひいている人は 買いたいから迷っているのであって、買いたくないから迷っているのではない。だから、押さねばならない。
 
 

13:00 船に戻る。パルテノン神殿のあと帰って来たことになるので、自分の心に、感慨をそのまま真空パックで持って帰ってこられた。
 
 


 
 
 
 
 
静かな午後  
 
当初、アテネ半日は惜しいと思っていたが、パルテノン神殿(だけ)をしっかりと見て、イメージが焼きついたので、思っていた以上に及第点であった。

相方も、他の団体ツアーが駆け足で去っていく中、思う存分ゆっくりと2時間も神殿のところに居られて、大変喜んでくれたようだ。

まともに見たのはアクロポリスの丘だけだし、わずかだったが、とてもよかったと思える2時間だった。
 
 
 

アテネは、自分が何か大きなことを始めるとき、ひるんでしまいそうなときに、また訪れたい場所になった。
 
 

歴史的な場所をめぐるとき、自分の中の受けモノというか、入れ物の大きさによって、 そこに溜まるものを感じ始めた。
 

ローマもそうだが、アテネは、もっと自分の中の入れ物が深くなってから、こなければいけない。帰ったらあれを読みたい、これを読みたい、うずうずしてきた。
 

ガイドが自慢していた言葉がよみがえる。

「ワイン作りもオリーブオイル作りも、アルファベットも、
なんでもギリシャがOriginですから」

たしかに・・・・ ハンパじゃない国だ。
 

ピレウス出港  
 
午後はプールで遊んだり、ゆったりした。
 
 

船でカメラマンが撮影した写真が飾られているので、見に行く。自分たちのを探すのがまた楽しい。前よりは にかっ と外国の人みたいに笑えていた。

買わない人は、自分の写真を「要らない箱」に入れる。買いたいひとは有料で購入できる。一面に にかっ と笑った人たちの写真が並び、壮観である。
 
 
 
 

アテネでは食べる時間がなかったので、船内のビュッフェでランチを食べる。次は、日の出日の入りはわかったから、寄港地で昼めしを上手く食える時間帯かどうかチェックしよう、と心に誓う。
 

・・・と ジャァァァァ〜〜〜〜〜〜っ というすさまじい水音が!! 近づいてくる!!  

っと思ったら、「窓の外」でお掃除の人が  「やぁ♪」と片手を挙げていた。洗剤が自動で噴出し、あとはシャワーみたいなもので、流している。あ、塩をとる、お掃除ね。オツカレサマデス

でもそこ、地上、何メートルですか・・・
 
 
 
 
 
 

 
ピレウス港は、近隣の島へのフェリーやら、コンテナ船やらで、大繁盛だ。いろいろな船が出入りする様は、見ていて飽きない。
 
 

17:00予定のところ、16:30出港。一つ前にとまっている COSTAの古い船が出ないとうちらは出られない。

19:00 いつものダイニングで夕食。
 

通りがかったラウンジで、弦楽器生演奏を楽しむ。有償ではあるが、カプチーノやコーヒーなど楽しむ。船内では出費はケチらないほうがいいから。
 
 
 
 

帰国後 神殿のとこに2時間居たというと、ええ?!といわれた。
・・・・MSMでも、1日 時間をつぶせた二人だった。

とりあえず、旅行のタイプや主義の一致する相手でよかった・・・
 
 

あと数年後に、ギリシャ頁を拡張だな、と脳内にメモした。

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