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管理人Chun3の 2008東地中海紀行
〜今年のクエストは 東地中海で オリンピックして 遺跡を見るのだ〜
4

23 Nov. 2008

 
 

(2008年9月 Chun3)
 
 

1 関空〜アムステルダム KLM
アムステルダム市内クルーズ
アムス〜ヴェネツィア KLM   
ヴェネツィア・メストレ泊
Hotel Bologna
2 朝 ヴェネツィア港 船チェックイン
ヴェネツィア観光
夕刻 乗船、ヴェネツィア出港
MSCムジカ号 泊
バルコニーつきツイン
3 午前 船内

昼前 バーリ入港 (バスでマテーラ観光)
夕刻 出港、  ドリル(避難訓練)

4 午前 船内
昼 カタコロン入港 (バスでオリンピア観光)
夕刻 オリンピア出港 船長パーティ
5 朝 サントリーニ島 入港(バスで フィラとイア観光)
午後 サントリーニ島 出港
夕方 ミコノス島入港、夕食と散策
夜中 出港
6 朝 ピレウス入港(バスで アテネとパルテノン神殿観光)
夕方 出港
7 昼 コルフ島入港(バスで シシィの宮殿と市内観光)
夕方 出港
同 
8 朝 ドブロブニク入港 個人散策
午後 出港
9 朝 ヴェネツィア入港、下船、観光 ヴェネツィア サン・クレメンテ島泊
10 朝 ヴェネツィア〜アムステルダム〜 KLM 機内泊
11
〜関空  
   

 
4日目  
 
いきなりだが、うちは生まれてからこの方、ずっと和室に布団だ。

だもんで、ベッドが楽しい。(・・・お子様だ)
 

今回は、船の揺れどころか、ベッドで転がりながら海だの隣に停泊している船が見えたりする。

前回の船室は広すぎたけど、この船室は、「狭いがゆえに」すぐ海が見える。

むふ、狭いってのも 意外とええもんや。

朝食  
 
8:00起床。今日はイタリアからギリシャ海域に入ったので、時差調整がいる。1時間時計をすすめた。

思えば、このMSCの船では、ロイヤル・カリビアンの船のように「◎◎に着きました。時差は何時間です」とかいうアナウンスは一切ない。
 

ちょっとだけ日本がわに近づいたことになり、夏時間時差が7時間から6時間になった。

国境なんて海の上ではよくわからないが、毎晩 配布される新聞には時差のことは明記されている。客室の船内TVも、時間が調整してあった(ただしこのTVをあてにして、あとで馬鹿をみることになる)

とくに時計を進めなさいね、という紙もはいっていた。これが前々日ぐらいから放り込まれるので、今日なのか明日なのかどちらとも採れる。自分でしっかりと時間は確認しておかねばならない。
 
 

ゆっくりと支度して、9時から朝食に向かう。今日も2日続けて、午前ゆっくり、午後からお出かけ、の助かる予定だ。
1週間の労働と、海外にきた疲れをいやせて、ちょうどよい日程である。

連日1日寄港がつづく西地中海コースに比べ、この点は、すこぅし勤労お疲れ会社員むけかもしれない。
 

平素は、二人とも1日朝晩2食なのに、前回よりまだ「食べられる食事」だから嬉しくて、朝食をしっかり食べる。

ガラスばりのなか、朝の海を眺めながら・・は、船だから当たり前だ。やっぱり船旅って、ぜいたくだなぁ。


食堂のものは、プールサイドデッキでも、自由に座って食べてよい。またカフェ、パフェ、ショコラ、ビールやワインといったカフェ的な使い方もできる。
散歩  
恒例の、食後の散歩。今日はスポーツデッキを見て周る。

さすがに「築2年」だと、まだきれいである。
 
 


ミニゴルフ。この船は8ホールだけだった。


スィートの上、もっとも高い位置にある、テニスコート。ドッジボール大会なども行われる。
 
 

 

南下
2日前から急に気温のさがったイタリアだったが、南下していくと、だんだん27度ぐらいになり、温かくなってきた。みな、ジャグジーやプール、デッキなど、めいめい、満喫している。
 

最後尾や最前部まで探検してみる。ロイヤル・カリビアンの船ほど遊び心はないし狭いけれども、まぁ大人がちょっとぶらぶらするなら、十分な内容。

プールサイドでは、エンターテイメント・チームによる、体操やエアロビが始まり、色々な国の人が 跳ねている。

 
別行動になり、少しだけ勉強。ハムテル氏はプールや探検に行っている。すっかり外国人慣れしたねぇ。

戻ってくると、デジカメで写真を見せてくれた。見せたいらしく、あとで もっかい行こうね、と約束。
お互いクルーズも二度目ともなると、探検も旅程も寄港地散策も、なんだか焦らずに、ゆったりと過ごせる。あくせくや ハラハラしないから、これでちょっとはクルーズやリゾートのゆったりライフを出来るようになってきたのだろうか。
 
 

イタリアからさらに南下してきたので、明らかに気温があがってきた。見える陸の景色もオリーブや乾いた土で、「乾いてますなぁ!」と感じる。

雲があっても、雲ってものはだいたい陸地の中腹、山みたいなところに溜まるというか引っかかっているから、海の上はだいたい スカーンと晴れている。天候もかわりやすいので、多少の曇りでもすぐ晴れる。地中海性気候って中1の地理の4月で習ったねぇ・・・
 
 

太陽が照ると半袖で十分だが、だらだら汗ばむほどではない。関西の5月や10月ぐらい、一番出かけやすい時期の気候。といってもこの数年以内は同じ時期でも40度の猛暑であったから、2008年は冷夏といわれたせいかもしれない。でもやっぱり9月の旅行は季節が夏とでるか秋とでるか、わからないから、目的地や楽しみ方によっては、賭けだな、と思った。
 

気持ちがよくなり、そのあと、二人とも30分ほど、「昼食前の昼寝」をする。
 
 

こんな「都市移動のための行動」を何もせず、ぽけぽけできるのは、クルーズの醍醐味だ。

ふつうの周遊旅行とは、松花堂弁当と和定食を比べるようなもんで、似ているようで似ていない。上手く言い表せないが。


 
 
 
4日目 午後 ギリシャ・カタコロン  
 
12:00入港予定で、やはり11:30ぐらいに接岸。余裕をみてあるらしく、若干はやめだ。
 

12:00ギリシャ カタコロン入港。本当に小さい小さい町だ。規模としてはヴィルフランシュより小さいぐらい。

ヴェネツィア以来ずっと後ろをついてくる、コスタ・セレーナがもう入港していた。あれれ、どっかで抜いた〜!? そういえば、バーリでさきに出港していたな。

海の色が断然違う。青緑のような色になってきた。
 
 
 
 
 


 


カタコロン
 

 

接岸は、バスの横付けみたいで、面白い。

だいたい予定時刻の30分から40分前に港の入り口、防波堤みたいなものがあるところまでくる。

と、小さい水先案内みたいな船がポンポンと寄って来る。水上警察とか港湾なんちゃらとか書いてあったりする。船尾に国旗を掲げてあったりして、これまた異国にきたんだなぁ、と感じる。

その船が、操舵室になにか連絡しながら、船がつっかえないか横をみてくれたり、案内をしたり、他の船が邪魔しないように、どうやら仕切っているらしい。ちっこい船なのに、なかなかヤルのぅ。
 

船がとまる埠頭は、事前にあらかたは決まっている。水深がないと大型船は入れないので、だいたいこの港でこのトン数ならココかココ、と分かる。

が、実際、当日埠頭で場所が決まる(飛行機でいえば駐機する場所が決まる)のは、けっこう直前である。そこに案内される。前の船がまだ発っていなかったり、奥と手前で駐車(停船)の都合があると、港の入り口でしばらく待つこともある。
 
 

きれいな車庫いれのようにバックで入ったり、真横に動いたり。ものすごく大きい船なのにすごいなぁ、と何回やっても、見てしまう。
 

それでも、飛行機や列車と違い、降り口が開くまで、われわれは船内ですき放題できる。それこそチョコパフェを食べながら、昼食を食べながら、あるときは泳ぎながら、そしてあるときは勉強をしながら。ひたすら海だわー あら港、あらアノ船、わあ町が見えるよ、教会だーとか すき放題しながらである。

ぐうたら好きには、とっても向いている。あ、寝ててもいい。
 

船室にベランダがあると、こういうとき、景色もみえ、様子も天気もうかがえるので、どのカテゴリーの部屋にしようか悩む場合、予算と目的でよく相談してみてほしい。


接岸。あら、追い越したコスタ・セレーナさんが着いている。ベランダからのんびり。
カタコロン
 
カタコロンは、店も少なく、こじんまりした漁港のような外見のわりに、けっこう水深が深いらしい。あっさり大型船が停まるバースがあったので、驚いた。

単純にいうと、港というものは陸に近いのであるから、だいたいは浅い。それでは大きな船は入れないので、西、東地中海とも、中〜大型クルーズ船が入る港は限られ、だいたいコースが似てくるわけだ。
 

日本は、というと、大型船が入れるように、今頃、浚渫(しゅんせつ)したりしている。悲しい話だが、東京湾はレインボーブリッジを作った際、クィーンエリザベス二世号(QE2)が満潮時に入れないというクレームがあり、すれすれでくぐれる橋脚の高さに設計したのは有名なネタだが、実はもうそのころには世の中の船はさらに大型化が進んでおり、もはや現在トップクラスの大型客船は、東京湾に入れなくなってしまったそうだ。よって、横浜にみな入港する次第。
 

お隣・香港はというと、すでに日本および中国富裕層で、アジア・クルーズ寄港が加速すると見込んでおり、数年前に莫大な費用をかけて、浚渫しなおした。でっかい船ががんがん寄港することになった。

それでも最新の船は入れないぐらいで、クィーンメリー二世号(QM2。QE2の後継)を持っているキュナードという会社は、「乗客に香港の夜景を見せるためだけ」に、費用自社もちで前日までかかって、さらに港を掘り起こした。それでもまだ底がつっかえるということで、当日は、さらに燃料を抜き取るやらで、軽くして船を浮かせ、そこまでして香港に寄港したというのだから、話はすごい。

クルーズ船だけでなく、輸出入・運輸という面も考えあわせると、それぐらい、港の大型化・水深というのは、重要だ。

ちなみに大型船が1週間に6、7船はいれば、1週間で観光客は2万人は軽く増える。観光・経済効果が高いので、現在神戸や九州などはやっきになって誘致している。
 

思い起こせば、昨年乗った西地中海のマルタ島は、あっさり最大級の船をつけられた。深い入り江と理想的な水深、ヨーロッパ最高の天然良港といわれる意味が、ひしひしと感じられた。
 
 
 
 

さて、ここカタコロンから、古代オリンピックが開かれたオリンピアにいく。「オリンピアとショッピング」 3時間半 というもの。いわば寒村だし、面倒なので船からのエクスカーションを頼んでおいた。

11:30 今日も、13Fの眺めのいい食堂で、ビュッフェ昼食をとってから(よく食べるなあ・・)、劇場に12:45集合。

13:00 バスに案内された。例によって、降りたらバスが居る。

晴れて温暖。

設定は
「オリンピアとショッピング」 3時間半 45ユーロ
「ビーチツアー」 3時間
「ビーチトランスファー」 3時間
オリンピアと博物館 半日
古代ギリシャの味ツアー 3.5時間
などがあった
オリンピア  
 
カタコロンからはすぐの距離だった。ものの20分ほどでオリンピアのこぎれいな通りに到着し、降ろされた。

遺跡を2時間ほど、ガイド見学する。かなり詳しい説明だった。

ここが ”ワン・ノブ・ザ夢見る希望地”だったハムテル氏は、もうちょっとワクワク見てまわりたくて、途中で好き勝手に動くことにした。

といっても、園内はガイドツアーがチラホラ居るので、はぐれないよう、写真を撮ってまわっては、ツアーにくっついていく。

気が付くと、バス1台30人のうち、10人が好き勝手して、10人がぼけっとして(座っても聞いていない)、10人は熱心にきいていた。
 
 

オリンピックの聖火を採取するのもここである。

よくニュースで映っている、巫女さんの格好をしたギリシャ女性が太陽から光を集めて、着火する場所もみつけた。ここだぁ!ぞくぞくした。これから行く人の楽しみのため、写真は載せない。

ここに浴場があった、ここは団体の体育館だった、ここは宿泊所、など、古代ローマに勝るとも劣らない文化水準。当たり前だ。

アテネでもカタコロンでも、
「悪いけど、ギリシャがなんでも起源ですから。最初ですから」とギリシャ人のガイドはとても誇らしげだった。

ちなみに、同じ船からJTBの添乗員がついた自社専用バスツアーがいたが、当たり前だけど、だいたいイクところは一緒なので(JTBのパンフには書いてあるので事前にわかる) 日本語が聞こえてきた。ミナサンはおーでぃガイドをつけておられるのだが、添乗員が口でしゃべっているから、聞こえるわけだ。

また、ほかにも有名な観光地では、日本語ツアーが多く、まぁ聞くともなしに聞こえてくる次第だった。

我々は、 できるだけ 予習(事前に本やパンフをみる)、復習(船に戻ってから再度資料をみて へぇ〜と思い返す)にして、現場では、一生懸命ものを目でみたり、感じたりするように努めた。

ガイドの解説もとぎれとぎれではあっても、解説の視点が日本のものとは違い、この石を運ぶためにこうした、とか ここの割れ目はこうなっている、保存活動のこと、など多岐にわたり、興味深いものだった。他軍団(ツアー)をみても、当時の様子をありありと語る英語・イタリア語ガイドが多かった。(イマジン、云々、 が多い)。日本のこれは○世紀でぇ というのと、まただいぶ毛色が違う。
 
 
 
 


 
 
 

 

古代オリンピックをおこなった競技場もあった。ハムテルさんは、端から端までマジ走りしていた。ただの広場に見えるけれども、ここで昔、あの、古代オリンピックが! と想像して掻き立てられた我が家二人には、とっても素敵な思い出の地となった。

気温は25度前後。半袖でちょうどいい、汗もあまりかかない。

古代オリンピックをおこなった競技場。いまは女性でも誰でも、好き勝手に 走ってヨシ。

2時間ぶらついたあとは、カタコロンの町で、40分ほど自由時間。

といっても、整備されたどこか日本みたいなきれいなストリートで、カフェでゆっくりしたり、土産もの屋をみるぐらいだ。町は笑っちゃうぐらい小さくて、本当に40分でちょうどよいぐらいだ。

とにかく、時間配分がゆっくりしていて、ツアーといっても拘束されず、いい感じだった。
 

ハムテルさんは、古代ギリシャふうの壷がツボだったようで、えらく一生懸命見ていた。がんがん買いや〜 どうせ買うんやったら、ばーんと(いつもコレ?)  持ち帰り方法やったら、ワレモノは慣れてるから、心配せんでええよ〜なんとでもしたげるから〜 と応援したが、熟考の結果、アテネに期待するということで、ここでは買わなかったらしい。

たまたまコースについてきた?ギリシャだけど、同行者に気に入ってもらえて、やはり嬉しかった。


戻る  
17時に船に戻る。

18:30出港。出入りしやすい構造だったので、さっさと出港した。

簡単なエクスカーションだったので疲れていない。シャワーのあと、洗濯、休憩したり、また船のなかで散歩や遊んだ。

船内にクリーニングもある。ズボンを出すか検討したが、簡単な素材のものだったので、手洗いした。洗面器と、二段になったネットの物干しが活躍。シャワーコーナーにぴったりサイズだった。
 
 
 

船からのエクスカーションは、今回は、

・半日もの

・さらにゆっくりした、1スポットしか行かないもの

にした。これなら1スポットに2時間は居られる勘定だ。見られる場所は少ないけれど、ただでさえ毎日都市を周るので、ゆっくりできてよかったと思う。自分は○○に行った!という印象も残った。

半日で2箇所周るものだと、またバスに乗る時間が増えて、結局 陸に足をつけている時間は少なくなる。


教訓: エクスカーションはできるだけ、行き先を絞る。

そこを思い切り味わう。気に入ったらまた来ればいい。

 
ウェルカム・パーティ
 
今日は初めて、少しましなものを着る、フォーマルの日だ。船に乗ってから案内があったが、フォーマルではなく、イン・フォーマル(3段階の2番目)との設定だった。

といってもエーゲ海であること、夏場であることから、かなり崩れている。タキシード着用率は10%程度だし、おしゃれなシャツをして、わざとタイをしていない人もいる。またイタリア人はそういうのがよく似合う。

クルーズというと服装で悩む人がいるのだが、これはもう 「開き直ったモン勝ち」。うちは、だいぶ様子もわかったので、かなり端折ってしまった。
 

男性は、
 

カジュアル) 襟つきのスポーツシャツやカジュアルシャツ、 ベージュのチノパン、革靴

インフォーマル) 麻ジャケット、少し明るい色目の暖色系統のYシャツやカジュアルシャツ、ネクタイ、 パリっとしたチノパンそのまま、 靴も革靴そのまま

という「必殺ジャケットだけやん作戦」にでた。
 

結局、周りも崩れていたし、二人テーブルだし、ツアーじゃないから他人としゃべんないし、さっさと食べて終るし、ということで、まったくもってOKだった。

いっておくが、すごい階段を降りたりしなければ、足元はほとんど見えないし、写真にも写らない。
 
 
 

和装の日本人もいた。また違う日には別のスーツをきていたし、衣装だけでも荷物、大変だろうな、と思わされた。

ただアメリカ船とちがって、スタッフも周りの客も、あまり和装の人にもわれ関せず、という空気ではあった。パーティといっても、周りは誰ひとり知らない人で、知り合うわけでもなく、同行者にだけ わーといわれて終わりならば、あそこまでスーツケース満タンにしていく意味があるか、難しい。

少なくとも、今回の船・コースは、たいそうなものをきても、盛り上がらないと感じた。

日本人も各国の人も、おもいっきり正装していた人たちは、まわりが意外に適当だったので、かなりがっかりした様子だった。
 
 

前は、自分もちょっとした服や和装を持参したが、今回は自分が、クルーズ船でどういう過ごし方をするか、をよく考えた。その1時間は自分たちにとっては、大した時間でない、とわかったので、簡単でいくことに決めた。
 
 
 
 
 

ラウンジに集合
 
最初にラウンジに集合(したい人だけ、適当に) シャンパンを配ってくれるが、まぁ配るスタッフも、どこかの蕎麦屋の昼時かというような、せわしないものだ。席につく人、立っている人。

ステージで、キャプテン(船長)ほかなんだかマイクでいろいろ言うが、アメリカ船ほど統制がとれていなくて、なんとなく始まって、なんとなく何か前でやってますけど、という感じ。そのまま、20分ほどで、ずるずるとディナー会場に向かう。なんというか、入学式が始まる前の待合室のような雰囲気だった。
 

写真撮影コーナーがあるが、ロイヤル・カリビアンに比べ、かなり適当だった。

前回で学んだので、上半身ヒネリワザや、手を配偶者に掛けてヨレっとするシナダレ桜風、など欧米の人をまねて、撮ってもらった。むこうの人たちは写真のポーズがとてもうまいので、しばらく眺めて参考にするとよい。勿論口は 歯をだして口角あげて、にか!
 
 

おもしろかったのは、60、70代夫婦の多いツアーテーブルで、通路から見たところ、なんだかやっぱり背広のおじさんたちは、えらいもんだ、昨日まで情けない日曜のパパみたいだった人が、いっせいに本部長か常務みたいな顔になっていた。男性は、やはり背広をきると、顔つきがかわるもんだ。

おしゃれな年配の男性、というのは、日本人ではいなかった。デ・ニーロは無理だとしても、少なくとも灰スーツに白のワイシャツはやめたまえよ。

体格のよい外国の人たちとならぶと、日本人は貧相だ.はっきりしない色よりは、肌の色にあった、かつ押し出しの強い色をきたほうがいいと思った。

欧米の年配男性は、カラーシャツに、普段着られないようなオチャメな色のネクタイをしていた。30、40代男性は、明るめの濃紺スーツは映えていた。
 

白髪で白人の年配男性、明るい灰色のスーツ,すこし強いペチュニアみたいなピンクのネクタイに、薄いでもけっこう赤がかったピンクのワイシャツ。

黒髪で青い目の男性は、濃いけれど明るい紺色のスーツに、クリーム色のワイシャツ、黄と青のペイズリーのような強い柄のネクタイだった。

顔だちというか顔の造作に強さや恰幅がない人は、ある程度 色柄の強いネクタイをしていた。
 

そうそう、男性はあまり心配しなくてもよい。男性は添え物にすぎない。夫婦で登場し、歩いていると、やはりみなの目は女性にいった。
というか、誰も数日前のフォーマルデーにおける男性の姿なんて、覚えていないし。同じスーツのまま、ネクタイだけかえたらいいんじゃないか。

MSCでは、ロイヤルカリビアンのようなタキシードレンタルはなかった。
 
 
 

女性は、胸から上が目立つので、インナーは胸元に刺繍や飾りがあって、華やかなものがいい。
 

胸にも顔にもボリュームがないので、ふわふわして体積の大きいヒネリいりの巻き物や、普段派手すぎて付けられないようなコサージュなどでもいいと思う。
 

また日本人は小さくて貧相なので、上と下はつながったものや同じ色がいいかもしれない。立礼写真を撮るとき、かなり差がでた。

日中もきられるよう、黒やベージュのサンドレスやワンピースを持参。小物やインナー、アクセサリーなどで雰囲気をかえた。

貧相な身には、スカーフやショールは長いと重い。日本の披露宴でやる人が多いが、あれは、本来腰だかの欧米の人が纏うからカッコがつくもんだが、日本人がべったりと「おたべ」のように纏うのは重い。

前回ツルンとした上半身で、おしゃれしたつもりがオシャレに見えなかった我輩も、学習した。シンプルと貧相は紙一重だ。

イタリアでアドバイスされたのもあり、夏らしい色あいの、小さめのミニスカーフを首に巻いたり、ネックレスは小粒で何連かにした。なにぶん小さいので、アクセントが上になるように心がけた。また絵柄は大きい柄にした。
 

真珠をしていた人がいたが、日本人女性には年をとわず、肌にも髪にも、本当に真珠は引き立っていた。欧米の人にはだせない独特の、しっとりした神秘的で清潔な色香がでる。よって、今回は、小粒の、遊んだデザインで軽やかなバロック真珠を持参。役立った。後半のフォーマル・デーでは、髪が地味だと気づいたので、アップにした髪に巻いてみたりした。
 

船がイタリアのカジュアル船で、エーゲ海で夏期というのもあるだろうが、本式のパーティー、船と違い、けっこうなんでもありの なんちゃってパーティーだ。アクセサリーや服装はあまり正式ルールにこだわらなくていいように思った。足元がスニーカーのまま、という欧州の男性もけっこういた。

過ごし方は自由だ。
 

過ごし方は自由だ。

服装がパーティーが、とあまり恐がらず、人さまに不調和を感じさせない程度あわせた上で、自分が過ごしやすいようにすればよい。

大勢でパーティーやディナーを楽しみたければ、うんとおしゃれして、楽しむのも、一興。
 
 
 

ディナーは・・・なんというか、いつもどおりだった。食事はいつもよりマシらしいのだが、あいかわらず、激安ファミレスみたいな内容だ。盛り上がるものでもないので、さっさと食べてキャビンに戻ることにする。
 

ジャケットやサンドレスなどで、ちょっとだけおしゃれしたので、気分はいい。人少ななデッキ、船内をゆっくりと歩く。大半がクルーズでうきうきしている客ばかりなので、街中ほどの警戒感が要らない。
 
 
 

明日は何時にホテルを出るよ、何時の電車に乗らなきゃ、ではなく、 明日はサントリーニ島だったかねー 何時やったかしらね、といいながら、ゆっくりとデッキを歩いた。
 

人の居なくなったプールデッキで、毎晩デッキチェアを丁寧に積み上げ、片付けるスタッフをみながら、歩いた。
 

たまに、一人座る初老の夫婦や、寄りかかって波をみている若い夫婦、ゆっくりと座って陸を眺める男性。

クルーズは、夫婦で数年以上たった人にこそ、行ってほしい。色々話して歩いて、同じものをみて、指差して。言い争ったりあせることもなく、なすがまま、景色が寄って来る。

夫婦二人の時間がゆっくりと持てる。
 

定年後でもいいけれど、できれば、現役まっさかりでとかく忙しかったり、会話がとぎれたり、夢や気持ちがにごってくるような、30、40代の人に、もっと行ってもらいたいと思った。

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