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管理人Chun3の 2008東地中海紀行
〜今年のクエストは 東地中海で オリンピックして 遺跡を見るのだ〜
10

25 Nov. 2009

 
 

(2008年9月 Chun3)
 
 

1 関空〜アムステルダム KLM
アムステルダム市内クルーズ
アムス〜ヴェネツィア KLM   
ヴェネツィア・メストレ泊
Hotel Bologna
2 朝 ヴェネツィア港 船チェックイン
ヴェネツィア観光
夕刻 乗船、ヴェネツィア出港
MSCムジカ号 泊
バルコニーつきツイン
3 午前 船内

昼前 バーリ入港 (バスでマテーラ観光)
夕刻 出港、  ドリル(避難訓練)

4 午前 船内
昼 カタコロン入港 (バスでオリンピア観光)
夕刻 オリンピア出港 船長パーティ
5 朝 サントリーニ島 入港(バスで フィラとイア観光)
午後 サントリーニ島 出港
夕方 ミコノス島入港、夕食と散策
夜中 出港
6 朝 ピレウス入港(バスで アテネとパルテノン神殿観光)
夕方 出港
7 昼 コルフ島入港(バスで シシィの宮殿と市内観光)
夕方 出港
同 
8 朝 ドブロブニク入港 個人散策
午後 出港
9 朝 ヴェネツィア入港、下船、観光 ヴェネツィア サン・クレメンテ島泊
San Clemente Palace 
10 朝 ヴェネツィア〜アムステルダム〜 KLM 機内泊
11
〜関空  
   

 
 
 
 
 
9日目 (日)  
 
6:00 起床。

6:30 ビュッフェに最後の朝食にいく。さしてかわらない品揃えだけれども、7連泊でも、これだけ毎日いちおう飽きずに食べられたのは、やはりありがたい。

ヴェネツィアが見えるよう、今度は右舷窓際に陣取る。
 
 

思えばゆっくりとした落ち着いた旅だった。寄港地の観光はあまり長くはないのだけれど、駅だの空港だの飛び回る必要もなく、寄港以外の時間も、すべて自分たちが好きなように出来る、ありがたい日々を過ごせた。
 

ヴェネツィアにもう内海に入り込んでいるようで、まだまだ薄暗い明けの海を、船は滑るように、少しずつ進んでいく。

今日のヴェネツィアの日の出は 6:56予定。入港は、8:00の予定だ。
 

高感度で撮ると、案外と明るく撮れた。
 

右舷、サン・マルコ広場前を再び拝みながら、進んでいく。

朝ぼらけのヴェネツィアは、まだ働いている人々のみで、観光客の姿は少ない。

こんな上からヴェネツィアを眺められるというのは、非常に贅沢である。やっぱりヴェネツィア出港にしてよかった。
 
 

新しい客船ターミナルを作っている埠頭を 右に直角に曲がれば、そこがクルーズ船の船だまりだ。

大きな大きな新幹線16両分もある巨体なのに、うまく曲がるもんだ。

1週間前にここから発ったのだが、もう帰ってきてしまった。

でも、また今日出発するクルーズ客が今頃ワクワクしながら、ヴェネツィアのホテルで目をさまし、待っていることだろう。
 

曇天であるが、東の空はかすかに赤みが差している。

さて下船である。  
7:30 今日は朝食をとる時間帯が集中しているらしく、食堂が混雑してきた。最後までコーヒーを飲み、かなりゆっくりできたが、ここで席を譲る。
 
 

8:15 手荷物をもって、日本人船員の指示したところに集合する。なんとなくみな、寂しそうな顔をしている。

ルームキーにもなっていたクルーズカードは記念に持って帰ってよい。ちなみに最近同じ船会社にリピートすると割引もあるので、おいておくとよいとのことだ。

15分もしないうちに、降りられるとのこと。
ツアーもあるので、日本人には一番をとっているんです、との説明だった。

我々は急がないのだが・・と苦笑しつつ、でもせっかく世話してもらえるので、一緒に降りる。
 
 
 
 

かなり肌寒い。関西の11月下旬ぐらい、ジャケットがほしいぐらいの気温だ。やはり先週、つまり9月の中旬から秋の冷え込みがきたそうだ。

おとといまで南の海で泳いでいたのに、思えばイタリア1個分は北上したのだなぁ、としみじみ思う。イタリアって日本みたいに 北と南で風土が違うわけだ。
 

JTBの人たちも他の人たちも、みな行儀がいいというか、なれなれしすぎず、あつかましくもなく、すっきりと わきまえた人々だった。お互い邪魔にならないようにする、という人びとの集まりだった。

乳児をかかえた若夫婦も、奥さんがすっきりとした顔をしていたのが、印象的だった。これで育児ストレスが発散できていたらいいが。
 
 
 
 

荷物ピックアップ  
 
日本人船員のあとについていくと、スポッとターミナル1階の 倉庫のようなところに出た。

タグの色で分けてあるためか、ツアーも個人参加も含め、我々日本人の分全部が、すっきりと纏められていた。3000人の荷物だから、帰りは、こうやってまとめてもらえて、とても助かった。
 

50メートルほど歩いて出口にむかう途中、船員さんがちゃんと思い出してくれて、「ここが ホテルに荷物を送るところです」といって、話しもつけてくれた。

柱の陰、判りにくいところにある、講演台みたいな小さいデスクだった。よくホテル玄関脇にあり、ベルマンがたったままなにかゴソゴソしている、あのデスクだ。

これは判りにくかった。ちゃんとしたカウンターでもない。船員さんがちゃんと案内してくれ、無駄に尋ねまわらなくて、よかった。あるものは使わないと。
 
 

ホテル名、(その島に1軒しかホテルがないのでわかるだろうけど住所も きちんと用意してきていた。

わたしは、荷物につけるネームタグは 宿ごとにさしかええており、宿名、宿泊日、宿の住所や電話番号、自分の名前などをかいている。(本誌でエクセル名札ダウンロードできる)

スーツケースも、ホテル名がわかる名札に既に差し替えておいた。
 
 

船員は通訳もしてくれようとしたが、関係ないツアーの人たちを待たせたら悪いので、かまいません、行ってください、といって 自分たちで預けた。

作業服をきた男性2名が受けてくれた。チャオ〜で初めて、英語とイタリア語ちゃんぽんだったが、ホテルもちゃんと判ってくれて、あっさり預けた。 7ユーロx2。

高いかもしれないが、これで、好きな乗物でヴェネツィアを闊歩し、最後も気楽に手ぶらでホテルにいけるから、安いもんだ。

お金も握り締めていたので、すぐに払えた。今日中にいけるか、と確認をした。
 
 

外に出ると、まだ船員さんと 一部の日本人さんが、待ってくれていたようだ。手短にすんでよかった。

じゃぁ ここで、皆様、乗船ありがとうございました、といわれ、みなお礼を言う。
 
 
 

成田からのJTBツアーはこのまま ヴェネツィアの観光をして、空港から帰るはずだ(旅程を知っている)。一部に関空組の人がいるらしく、その人たちはフライト時刻の関係で、観光なしでヴェネツィア空港に送られていく。

とくに親しくしたわけではないのだが、なんとなく皆、にこっと目礼して、じゃぁ・・、と解散になった。
 
 
 

さぁもう1日楽しもう。
 
時計を見ると、8:30だった。こんな時間に放り出されてもな・・・と思うが、荷物も預けたし、ヴェネツィアは何度か来ており様子がわかっているので、気楽だ。

ハムテル氏も、また帰って来たぁ〜と言っている。
 

値段は気にしないで、往路と同じ、港からサン・マルコ広場へいく 往路と同じ Blu line に乗る。時刻も調べてあった。 

また 切符を買う。6ユーロx2。 荷物があると追加3ユーロかかるわけだから、ホテル・デリバリー7ユーロは安かったと思う。
 
 
 

サン・マルコ広場
港から 9:10の船で、サン・マルコ広場前へ。
 

先ほど乗ってきたMSCムジカの横を、とおりすぎる。まだ乗っている人もいる。さようなら。

また今日の夕方には、次の乗客をのせて再び出港するのだ。ずっと忙しい働きものの船だな。
 
 

サン・マルコに降り立つと、サン・クレメンテ・パレスにいく専用ボートの乗り場を探す。ホテルから写真を送ってくれたように、本当にすぐ横にあった。これなら、楽だ。
 

明日(月)の、空港にいく水上バス乗り場も探す。これもすぐ隣だった。平らでスーツケースでもいけるかどうか、目算を立てておく。
 

さ、これで下見は完了。

サン・マルコ広場に再見。朝9時台だが、まだ曇天のせいか、薄暗い。あいにくの曇天で肌寒いが、ヴェネツィアは曇天のほうが光線がよくて石の色がいいから、往路とは違った写真を撮れた。

ハムテル氏は 思いいれのあるサン・マルコ寺院を前に、また感動している。あれ、写真を撮っていて気づくが、工事の柵がだいぶ移動している。1週間経ったのだなぁとへんな感慨を持った。


 
 
 
1日目  
まだ 10時にもなっていない。

予定では9〜11時に下船と思っていたが、相当早い。でもいちおう そういうケースは想定してあったので、あわてない。

日曜午前は寺院は閉まっている。じゃぁ空いているうちに、と 鐘楼を見上げる。

10分弱ほどですぐ料金ブースにつき、一人8ユーロでエレベーターに乗った。ぐぅーんとかなりの勢いで上がる。着いた。うぉ。ノンストップやん。

人が蟻んこのよう、とはこれを言うのだろう。

ぐるりと東西南北を楽しみ、ぼーっとする。

西の方角には、さきほど降り立った港があり、船も見えている。8:15まであの船にいたのに、9:30には サン・マルコ広場にいるとはね。

今日泊まる サン・クレメンテ島もよく見える。

コンパクトなサイズだが、カメラは拡大(望遠)も広角もかなりいける機種だったので、望遠鏡がわりにして楽しんだ。
 

そうこうしているうちに 10時の鐘がもろ頭上でごぃんごぃんと鳴り、観光客は悲鳴を上げる。たまたまだったが、大当たりだ。今回は本当に時刻運がよい。

満足したので、30分程度で降りる。



10時を過ぎれば  
ヴェネツィアは、10時を過ぎれば動き出すので、開いた店を冷やかし、ゆっくりと楽しむ。

出港のときに西半分を見たので、今度は北東あたりをぐるっと冷やかす。

どこまでいっても、幽玄で非現実的な不思議な町並みに、やはりハムテル氏はあてられてしまったらしい。

しかし、寒い。  
観光客は晩秋の装いから夏ものまで混じっているが、うっかり、寒いと自覚してしまったのが、いけなかった。

なんといっても長袖や重ね着しているとはいえ、9月の夏物で 15度やら、11月下旬の大阪にいるようなもんだ。歩いていないと寒い。この数年 この時期は40度の猛暑が続いたりしていたので、しくった。

服屋サンなんてほとんどナイ。あるんだけどブランドだ。おいおい。
でも、買おうか、というと、きっぱり断る相方だ。

まぁ魚市場(日曜だからなんもないが)を見て、橋までいって、あとは入れる屋内に入ろうと、考える。

曇天の光のまわる街は、とてもいい色気のある色をしていた。

昼食
店を冷やかしながら、ムール貝をたべようと、いちおう調べておいた店にいく。

ムール貝ってイタリア語でなんだったっけ、と思ったら、すごい ハムテル氏は、店の前に出ている日本語表記メニューをみたらいいと思いついてくれた。頭いいねー。

でも、あの、それ、まったく知らない、イカナイ店なんだけどさ・・・
 
 

そのうち、ハムテル氏はちょっと今回の旅行で初めて、ご機嫌がナナメになっていった。寒さが原因かもしれない。さっきまで機嫌がよかったのによくわからん。

奥のほうまで店を探してつれてきたのがいけなかっただろうか。

こっちの店いこうよ、といってもちょっと反抗されちゃったりして、なんとか思う店にきてもらった。寒くてひもじいときは、すぐ手近な店に入ればよかった。
 
 

とりあえず、現地の日本人がお薦めだという店に陣取る。人気なようで、すぐそこから埋まっていく。
 

ムール貝があると聞いて座ったのに、最終的にはだいぶたってから、女将がナイといってきた。それでさらにハムテル氏は機嫌を悪くしてしまった。
あちゃー 申し訳ない。
 
 

さらにその店は、本当に料理が出てこない。いくら イタリアの遅いスピードを判っているワタシにしたって、周囲の客にしたって、あまりに遅すぎるので、みなざわつき始めた。

だって 誰一人 ドリンクも何も出てこないんだもん。隣のアメリカ人も、40分以上待って、やっときたと思ったら、ビールの缶とコーラの缶だったので、怒っていた。

日曜でバイトが休んで、てんてこまいなんかねぇ。

ごはんが炊けてないのか?! スタートの客だからか。

いわゆる 「今 つかまえにいってるんちゃうか ははは」 というヤツである。
 
 

向こうのイタリア娘二人も、40分たって、やっとハムとコーラ缶がでたので、さんざん悪態をついている。

テラス席だったので(広場ともいう) とくに足が寒くて震えていた。内席にすればよかった。でもヘタに寒いなんていえない状況だから、じっとしていた。
 
 

60分経ったころ、やっとパスタ第一陣がきはじめた。隣の祖母と娘と孫、という組み合わせは、でてきたパスタが 日本のような小さい小さい直径15cmぐらいの)皿で、サラダも日本のパックサラダのようなものが へちょへちょと載っている。

なんか 「ツウの人」が書いた本にも載っているし、現地在住の人の話にもあったし、期待していたのだが、これは・・・
 ツウすぎたんちゃうか・・・
 

7卓ほどの人が全員 「・・・・」とそのおばあちゃんの皿をみて唖然としていた。

ヴェネツィアだから観光客むけにどんどん成っているのは判るが、どう考えても ブログやら本と雲泥の差の味である。

絶賛だというイカ墨パスタも うーん? みんなつまらなそうに、つついていた。

36ユーロで、とりあえず退散。

街で自分で選んで、自分で失敗するほうがいいや、と 反省した。

ドゥカーレ宮殿
ハムテル氏は口数も少なく、元気がない。

まぁ普段一緒に暮らしているから、だいたいどんな心理状況なのか判るだけに、わたしの心持は微妙だ。

ちょっと弱ったなぁ・・・ と思いつつ、寒いのだろうと考え、入れて座れるところを考え、ドゥカーレ宮殿を思いつく。
 
 
 

1階クロークで荷物を預ける。

ずっと機嫌よかったのに、なんで悪くなっちゃったんだろう。

寒いかな? え、寒いのはダイジョウブって? うーん。

お腹すいているのかな。こういうときは懐かしい日本の飴ちゃんがいいかも。おやつをあげる。・・・食べる。
 

1階回廊の暗くてさみしい長ベンチで、しばらく休憩。しっかし ココ、しっけてるなぁ・・・
 

あのー 上、あがろうよ。だましスカシ、なだめしたがダメだ。
 

「椅子が上にはない!」とのたまう。 
 
 

・・・・あれ? もしかしてまだ午前だけど、疲れてるのか? 
今日は下船しただけなのだが。

そうかもしれない。そうだ、きっと。散策もかねて、レストラン探して、人がわさわさ居るところ1時間程度うろうろして、お腹も空いて、「歩きたくない」とかいってたな。やっと符号する。あ・・・・そうでしたか。

普段、どこにいっても先に私が疲れるほうだ。まさかハムテル氏がもうくたびれているのだとは、思いもつかなかった。まさか午前の部で疲れていたとは。そうかそうか悪いことをした。
 
 

私は知っている街だからあっちこっち引き回したけど、そうやね、しらない裏道とおって、気も疲れるわね。

11:30にまだ店が始まってないのに店に入ろう、、とかいってたよね。あれは疲れて座りたかったということかー。そっかー。 

あまり気分をはっきりと表さない牛さんだから、牛飼いは大変だ。
 
 

上階を椅子があるか偵察にいこうとするが、ガードの人にきくと、首を振られる。一旦入ると、戻ってこられない。

ええぃ、ひとまず牛さんのところに戻って、「上に椅子あるって!」 と だまくらかす。 

いや、18年ほどまえに来たとき、議場にはロングロング椅子があった記憶がある。ウソではない。
 

それでも疲れちゃった牛さんはあまり反応がない。 むぅー。

よし、ここは 母譲りの「押してだめなら退いてみる攻撃」だ。

「じゃワタシだけみてくるね、ここで待っててね」 というと、おやつでパワーがでたのか、「いく。」とだけぽつんといって、うちのホルスタイン氏は歩き出してくれた。

ふふふ、うちの牛さんは、基本 濡れ落ち葉が入ってるんで、奥さんがどこかにいくと行きたがるのだ。
 
 
 

さてさて。ご案内。
 
宮殿にいった人はご存知だと思うが、いきなり始まる黄金の廊下で、機嫌がなおり、さらに大航海時代ファンが絶対食いつくと思った 地図の間で、 ダンナサンの機嫌は地下5階から鐘楼の上ぐらいに戻った。

わたしは宮殿の地図の間に感謝をささげる。将来、手入れするなら、寄付してもいいぐらいだ。
 

牛さんは、すっかり元に戻って一件落着。
 

テラスからヴェネツィアの海を 大公だか殿様の気分で眺める。ここにたくさんの帆船が終結して、たくさんの積荷を降ろす様を見下ろし、またあるときは兵力に向かって演説をしたこともあったかもしれない。

ヴェネツィアという都市国家の勢力に思いをはせる。
 
 
 

それにしても、陽がささず、寒くて、歩き回って、ひさびさに人も多いところで、疲れたのだろう。つい1,2時間ぐらいとこちらのテンポで案内してしまったので、悪いことをした、と反省。あとはゆっくりすることに。

あとは好きそうな夜景をみせて、ムールの餌をあげておこう、と仕上げに余念がない。
 


 
 
 
 
 
 
サン・クレメンテ島へ  
 
そんなこんなで、またまた2時間以上も宮殿にて過ごしたわけだが、おかげでだいぶお互いに疲れがとれた。外にでると、曇天がいささか薄らいで、明るく、すこし温かくなってきた。

サン・マルコ広場すぐ横手の乗り場から、サン・クレメンテ島への船に乗る。といっても島にはホテルしかないから、ホテル専用ボートだ。
 

上級ランクのホテルだもんで、ボートも上級。まるで高級車の風合いがある。

座席は質のいい白い革張りで、オーディオセットが仕込まれている。なんていうのか、ひとことでいうとダイナースな雰囲気だ。
 

相乗りする人々は、みな宿泊客であるが、シンプルな中に、高級な素材であることが人目でわかる。

なんというか、ヒルトンプラザのウィンドーにいる心持だ。

パリでいえば、リッツだクリヨンだのラウンジに、どうがんばったってアジアの庶民がいるような空気を、想像していただきたい。

裕福な階級であろう、全身すきのない皆さんには、頭の先から靴のさきっぽまで、本当に ちらりと目線を流されてしまった。
 
 
 
 


サン・マルコ側から。
ホテル専用ボート
 
 
 
 
 

 

こちらも まあぁま身奇麗にしていたのでよかったが、ちょっと冷や汗だった。これがもっと普段着だったら、船底に穴掘ってでも入りたいぐらいだった。
ボートは進む。  
 
ボートは、サンマルコ広場たもとを垂直に離れ、そのまま直進、1つ島と島のあいだをぬけて、そのすぐ裏に向かう。

5分程度で、ちょうどいい。本当に、サン・マルコ広場からすぐだ。

すこし海の大通り(?)を横切るときは 大波でぐわんぐわん揺れるのだけど、遠くの陸地を見ているようにした。

小窓もあって、開けられる。
 
 

このホテル専用ボートは、ありがたいことに、タダだ。

しかも、なんと20分に一本、24時間運行している。つまりは お客様がお望みならいつでも船出しますから、ってことらしい。

この頻度は本当に恐れ入った。

24時をまわると、連絡次第で出してくれるらしい。時刻表が桟橋にあって、驚いたことにだいたい定時で運航していた。
 
 

空港や港からの船着場と並びで発着するので、スーツケースをほとんど転がす必要がない。おすすめである。
 

また、行き来するたびにサン・マルコ広場を ばっちり眺められ、ゴンドラ気分だ。これで無料ってありがたいじゃないか。宿代に含まれているのであろうが、結局この日はヴェネツィアは 徒歩とこのホテルボートのみで、 ほかの船ののり放題切符は買わずにすんだ。
 
 

サン・マルコ側の船着場には専用の待合所もあり、 よその人も乗ってこない。運転手もホテル専属だから、丁寧だし、サン・マルコ側でも、ホテル側でも、きちんと手伝ってくれる。
 

ただ、部外者は乗りづらい。かつ島につくとすぐボーイがいて、無線でレセプションと連携しており、島だけ見学に行く、ということはできないとおもう。

ホテルの会合ホールでのレセプションやセレモニーに参加する人は勿論乗れる。


ボートから
サン・クレメンテ島上陸  
 
5,6分ほど、島やら広場の遠景を楽しんでいるうちに、あっさりサン・クレメンテ島。島全体がホテルの敷地で、塀で囲まれている。まだ築浅だ。

ヒルトンは箱が大きすぎて、サービス面で色々と滞るところをあちこちで耳にしていたこと、庭でゆっくりしたかったことなどから、こちら サン・クレメンテ・パレスにした。
 

もとは修道院だった建物を、最近改装してオープンしたので、なんといっても、最下位カテゴリーでも部屋がでかい。勿論全室バスタブつき。旅のあいだバスタブがなかったので、最後は あくせくせず、1泊ゆっくりとしよう、という心積もりである。

San Clemente Palace  チェックイン
まだ、16時前だ。
 

島の桟橋につくと、女性には、やはり運転手が手をとっておろしてくれる。

すぐホテルのベルボーイがいて、すぐ無線で内部と連絡をとっている。えらく手際がいいな、とおもったら、会議も開くらしく、現代的対応ができるようハードもソフトも整備されているようだ。

さっと他の客の大きなバゲージを ホテルの金色カートに載せ、もっていってしまう。正面を100mほど進むと、こぎれいに手入れされた、煉瓦の建物が、ある。
 

築浅だけあって、道はきれいに固められ、車椅子やカートでも支障ない。 車椅子や杖の人なら、とくにここなら 船の乗り降りもフォローがあるから、かえって路地裏ホテルよりいいんじゃないかな、歩き回る距離も少ない、と 足の悪い父のことを考えた。
 
 
 

また玄関に向かう正面のアプローチは、人が大勢すれちがうため、邪魔になるような植栽は一切控えてあった。一番植えて自慢したい場所なのであるが、客のことをよく考えている、とおもった。
 

広い庭園がある。というより ゴルフ場や 自然公園のようななかに、建物がぽつんとある様子だ。

庭はよく整備され、あまり植栽は多くないように見えて、もっとも適した季節の花や草を、さりげなくかなり高等なテクニックで、管理してあった。

目立たず誇らず、かつ質のいい庭というのは案外少ないのだが、こんな観光地で恐れ入った。
 
 
 

アメリカのような広大な芝生があったが、よく手入れされて、土も肥えていた。この夏は白い花で揃えたとか言っていた。
 

普通どこもかしこも同じ草木、ということもよくあるのだが、ここでは、曲がり角や小道、丘、待ち合わせ場所、など 随所で植え替えて配慮をしてあった。

とくに女性の衣服にうっかりつきそうな場所だとか、長く過ごす場所には 匂いや花粉がきつくないものを、きちんとそろえてあった。
 

水と石づくりの街の魔力から離れ、ほっとする空間であった。
 
 
 
 
 


 
 
 
 

建物内部
 

修道院を改装しただけあって、ホテル用の建物とは若干赴きが異なった。

ちょっとガラーンとした感じを受ける。なにせ通路も高さもだだっぴろい。装飾も、歴代の宮殿ホテルというわけではないから、要所要所を飾ってあるという程度だ。
 

小部屋がレセプションになっており、本当に、1、2名ずつ対応するようなスペースだ。ふと見ると、我々のスーツケースが鎮座していて、思わずハムテル氏をつついて、着いてたよ、とにっこりすると、横でベルが頷いていた。

有能そうな女性が、対応。1泊かと問われ、残念ながら、と答えると、マニュアルでない様子で、それは残念、また夏にいらっしゃい、とのことだった。

きれいな英語でさらさらと幾つかの説明をされた。館内レストランのうちいくつかは9月から閉まっていること、朝食はよって レストラン◎◎でとること、ほか何かあったら何でも言ってほしい、など、いわゆる高級ホテルの対応だった。

翌日、サン・マルコ広場から空港にいくのかときかれ、送迎ボート(つまりチャーター)は聞かれた。これは事前にメールでも聞かれていたが、 送迎ボートは中型なのであまり揺れないが、空港用は小さい水上タクシーと同じタイプの船のようで、あれは揺れるから遠慮した。

広場から水上バスでいくことを伝えた。
 

別の小部屋には安楽椅子があり、座りながらチェックインできる仕様だった。ほか会議やセレモニーを行うようで、暫定的に ◎◎会議の人はこちら、といったデスクもあった。

各部屋ごとに何かあるので、覗いてみないとわからない作りだ。
ずいぶんとおしゃれなものを売る売店も、そういった部屋の一つにあった。
 
 

手続きが終わったのをみはからって、我々の荷物を積んだベルがすぐ横に付いた。

総合病院みたいなだだっぴろい廊下を、上階に案内する。絨毯が新しいので、歩きやすい。島全部がホテル敷地だからドコうろついてもいい、と説明してくれる。
 
 
 
 


 
 


エレベーターも大きいが、階段も大きい。
 


廊下。十分 部屋1室とれるぐらいの もったいないスペース。隣の部屋のドアはかなり遠い。
 
 
 
 

 


 
 
部屋  
部屋は、 最下位カテゴリで中庭むけスタンダードのはずだが、 会員なので、ビューのましな外むきの部屋にしてくれたらしい。もっといいスィートなどはサン・マルコ広場が見える。ただしこれは庭や船からいくらでも見えるので、あまりこだわらなくてもよいと言える。
 

ビジネスホテルの小さい部屋が2つとれるぐらいだった。
 
 

幾つかのサイトから料金やプランを見比べ、一番 安く放出していた hotelclubから押さえた。日曜だからとはいえ、フルビュッフェつきでボートつきで、たった300ユーロ台とは、高騰しているヴェネツィアにおいて、ほんとにいいんですか、とありがたい。
 

どうせ高い土地なら、いいホテルでその値段を出すほうがいい。クローゼットのなかに、518〜620euroの室料表記あり。案外と時期や曜日によっては放出している。
 
 
 

バスルームも広い。3人ぐらい並べる。実は、あまりそう高級な品質ではないが、日本のシティホテルぐらいに、きれいで無難に整っている。シャワーブースもある。タオル地カバーをした椅子は、気が利いていた。


 

玄関ホールは、ここも 1つ小さい14平方Mぐらいのビジネスホテルが作れそうだった。

収納が多く、傘からプールバッグ、裁縫道具まで色々とおいてあった。
 


窓からは、ボートの桟橋が見えた。

これで最下位ランク。
 
 
 


玄関ホール。この倍ある。

 

散歩  
 
17:30 荷物を開き、シャワーで人心地ついて、散歩に繰り出す。

スリッパが見当たらないので、手持ちのスリッパを出した。

青々とした緑の島で、うちの牛さんもすっかりリフレッシュできたようだ。最後のホテルは色々なパターンから慎重に選んだが、ここにしてよかった、とおもった。

またヴェネツィアに来るなら、ここだな。
 

小さい島にみえて、全敷地が庭、ということで、かなりゆったりしている。パターゴルフの穴も切ってあった。

噴水のある蓮池が和んだ。
 
 


兎の置物?とおもったら、逃げた。・・・本ものだった。

ほかにも4、5匹は見かけた。放し飼いらしい。

まさか夕食用・・・?
 

別棟はバンケットやレセプションもするらしく、ガラガラとカートを押すスタッフがいた。基本的に車輪移動を想定してあるらしく、移動用の道は整備され、車椅子やバギーでも支障ない。

先がどうなっているのだろう、とそそられるような道もあった。
 

丘の上の。  
 
庭はシンプルに見えて、ちょっとした小高い丘があったり、樹木の陰にベンチがあったり、 芝生のスペースや雑木林があったり、と目立たずに工夫を凝らしてあった。小道を散策していくと、色々ある仕組みだ。
 
 

ずっと一周してみると、サンマルコ広場をみはらす、別の桟橋もあったりした。夏には使うのかもしれない。
 
 

17:40 サン・マルコ広場いきのボートに乗る。 18:20〜30に、MSCムジカとコスタセレーナが通るのだ。

桟橋にはたくさんの魚も群れていて、魚好きのハムテル氏は喜んでくれた。
 

ホテルについてから2時間ほどゆっくりした。
 

クルーズ船にさようなら
 

18:20 サン・マルコ広場前の桟橋で「張って」いると、 のしのし MSCムジカがやってきた。

やはりもう一本あとのボートでは間に合わないところだった。折り返していくうちのホテル・ボートは、巨大船が来ているというのに、慌てもせず、すぐ前を横切っていった。

見ていると、どんな小さい船も、ゴンドラでさえもびびらずに、巨大船に近づいている。海路には水深で杭をうってコースどりしてあるので、安心しているようだ。
 
 
 

今朝おりた船だ。また今日から新しい客をのせて、あのコースを周るのだ。

1週間前の日曜日、どきどきしながら、ヴェネツィアを左舷から眺めていたのが、もう自分はいまここにいる。
 

のっしのっしという言葉がぴったりの様子で、船が進んでいく。知らなかった観光客たちはみな目を丸くして、写真を撮っている。
 
 
 

 
つづいてすぐ後ろにコスタ・セレーナもついて、進んでいった。

よく考えたら、こんなカナルを通らなくても外海に出られるはずなのだが、やはりサン・マルコ広場を見せるためにルーティングされているのだろう。意気な計らいだな、とおもった。

2隻は、重い巨体をうっそりと動かしながら、うまくS字にまがって消えていった。


左 セレーナ 右 ムジカ
散策
元気もとりもどした二人なので、そのまま、サン・マルコ付近をぶらぶらする。彫像を心行くまで眺めて、かっこいいアングルを探したり、獅子の噛み付きそうな口に感嘆した。
 

まだ行っていない、サン・マルコから東のほうにぶらぶらと歩いていく。

午前の失敗を踏まえ、ハムテル氏はすっきりした海に面した広い道がすきみたいだから、そこをぶらぶらと進む。

ほかに美術館や教会もあるけれど、もうくたびれも考慮して、行かないでいい。
 

夕食は、ムール貝リベンジ、ということで、たぶん観光客むけだろうが、だいぶ広場から離れたところで、ほどほどに愛想のいい男性がいる店にした。

呼び込みに、ムールとビールでもいいのか、というと それでも全然かまわない、という。

調べていた店もあったが、昼と同じ失敗は避けたいので、もうここでいいや、と入ることにした。

相方は、ほかのイタリアの若者の真似をして、コーラを頼んでいた。
フリットとムール、パスタとドリンク2つで、52ユーロ。ほどほどの味ではあったが、気持ちよく食べられた。

すこし遠ざかったせいか あまりひどくぼったくっている感じでもなく、ほどほどであった。

店員は27、8ぐらいの青年で、ほどよく気さくに、ほどよい距離で面倒をみてくれた。
 

日の入り
 
今日の日の入りは 19:12。

19:30 店をでると、暗くなっていた。すこし人少なになった中、夜景を ゆっくりと楽しむ。
 

昔、サンタ・マリア駅近くだとか、リアルト橋近くに泊まった際は、夜のサン・マルコには行けなかったので、今回はサン・マルコ広場の夜景を楽しむべく、計画。
 

早朝の雨がまだ路面をぬらしており、ともしびが映って、なんともいえない幽玄とした世界になっていた。
 
 

広場の老舗カフェは、競ってステージを出し、弦やピアノの音色が流れていた。
 

20:40の ボートで、戻る。前泊と後泊で、ヴェネツィアをすこしかじっただけだが、相方は十分満足したようだ。

ひさびさのバスタブに身を沈め、身体をほぐす。
 


対岸もライトアップ


 
 

つづく

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