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管理人Chun3の 2008東地中海紀行

0 準備編 (暗躍編?)

3 Nov.2008

 

(2008年9月 Chun3) 
 
 

そもそも  
 
あまりの業務過多とユーロ高に悲鳴をあげ、お金も準備も現地でも楽な
クルーズに逃げたのが2007年7月。

----------- これがコロンブス精神の目覚めであった。
 
 

クルーズ業界のスタートは早い。2007年7月、帰国して思い出にひたろうとすると、嗚呼 すでに2008年年末や2009年までクルーズが売り出されていた。

船なんて一生に一度ぐらいやろ、といってスィートにした舌の根も乾かぬうちに、

ユーロも高いから来年も船にしよう、ノウミソの住民票はパリだが、私がココロの本籍地をおいているヴェネツィアの発着は、絶対みせてあげたい。

と、すでになぜか 「2008クルーズ でぃぱーちゃー・ふろむ ヴェネツィア  コロンブス計画  (略してDFV計画)」  は 2007年7月末にきまっていたのだった。

もちろんハムテルさんは知るはずはない。知らないのか、きみたちは。ヒショでもツマでも、いつ言われてもいいように、そっと準備をしておくものなのだ。それが心構えというものである。
 


いや、けしてそれは横暴にきめられたのではない。

帰国間際に船会社のパンフを おそまきながらちらちらっと見たハムテルさんが、

「へぇ〜〜〜 ヴェネツィア発着もあるんや」 

と尻尾を振った(ように見えた)。このかすかなサインを見逃さなかったのは、さすが、といえよう。(自賛) 
 

「他の船は、もうちょっと美味しいんかなぁ」 

というハムテルさんのツブヤキも、
 → 「もうちょっと美味しい食事があったら 乗ってやってもいい」 
 → 「次は美味しい船に乗ろう」
と わたしは正しく解した。これもつきあいのなせるワザであろう。(自賛) 
 

あまり希望を言わないハムテル氏にあって、「興味ありげ」にみえることは、原子力潜水艦機密ぐらいの重要情報である。よって、ワタシはかなりの精度のアンテナをたてている。

友人は 「あんたは福本の妹か!」 という。どうも盗塁のために、投手の投球フォームをつぶさに研究し、早く走るためにカンガルーで軽い靴を作った選手らしい。なるほど、気があいそうな好敵手である。

旅行は、行けそうなときに 行けるか、と悠長に聞いていては遅いのだ。行けるときには、じゃ行こう、と行けるようにしておかないといけないのだ。
 
 
 

さて、ハムテルさんが今までまったく手もつけなかった、その「航海がはじまれば不要なはずのパンフ」が、なぜか船室に持ち込まれ

船旅もあとわずかとなり、つれてこられた意識から、楽しかった意識にうつりかわり,手持ち無沙汰になったころ」に さりげなく枕元に置かれていたことは、偶然の六甲オロシ(←風)の仕業でも、ベッドメイキングの担当のしわざでもないことは、たしかだ。

なぜか、彼があこがれるヴェネツィアを出港するページがめくってあったのは、地中海の風のせいといっておこう。そうだ、きっと。風のせい。
 
 
 



 

早期予約は、やはり安い。7泊、3食おやつ昼寝(?)移動つきで、2,200USD/人ぐらいのが、早期割引だと1,300とか1,500とかである。

直前までキャンセル料もかからないし、船だけ手配する場合、みな船室指定で押さえるから、早いもんがちである。

色々やってくれたクルーズ担当のおじさんにお礼メールをかきつつ、次の予約をお願いした。

でも、おじさん、やっぱ添乗しはった船とロイヤル・カリビアンはだいぶちゃうかったよ、といいたかったが、大人なので、そのあたりは濁した。
 

ちょっと『The Scarlet Letter』 風 文章にしてみました。
 
注意したこと 3点  
1点目は 船会社えらび。あまり堅苦しくない「カジュアル船」であることは当然だ。クルーズ客層では若手に類する我々には、まだ豪華な船は早すぎる。

まず、コスタかMSCのイタリア系で考えた。根拠としては、コーヒーがマシだろう、ということ、船内でマシなピザが食えるだろう、ということ。この2点だけである。

(ヴェネツィア発着 類似コースでロイヤル・カリビアンもあったが、目もくれなかった。タダでのせてやるといっても、人に譲る。)
 

土or日 出港というのも大事である。

コスタとMSCの2社でも、この路線に何隻も新しいのから古いのまで走らせている。ある程度の設備がほしかったのと、ゆれが少ないよう、大きめの船にした。
 
 
 

2点目は、食事だ。

前回、船内食のまずさに、ちゃぶだい返しをしたくなったぐらいなので、船内に 別料金で中華(MSCオーケストラ)か、和食(MSCムジカ)レストランをもっている、MSCにホケンをかけてみる。これ以上まずい飯にして、「もう欧州はいやだ」といわれてはかなわない。

ロイヤル・カリビアン社は初回で十分、卒業しよう(笑) アメリカそのものとおなじで、メシがまずすぎる。生きていけない。
 
 
 

3点目は、日本語フォローだ。

前回、欧米人に囲まれ「関空から ミニ語学留学状態」に追い込まれた相方は、気持ちは楽しみつつも、後半、頭がかなり外国語疲れを起こしていた。

今回はそこも考慮し、日本人船員がいて、日本語資料があって、日本人ツアー客がいる日程・船にしてみた。これにはかなり安心したようで、外国語への憧れ、やる気と、日本語での利便性と安堵がほどよく混じって、よかったようだ。

また、アメリカ船ほど、船員や客が話しかけてこない、「各自楽しんだらええやん」という全体のラテン気質?も、ほどよくよかった。
 

具体的コース
東地中海というのは決まっていたので、WEBとパンフで希望発着日にあうコースを探す。

時代の荒波 --- 大型船は、いよいよ東地中海にも来ていた。
 

7月、いちおう船室の好みを考えて別の船を1室押さえたが、やっぱり新造船は高い。予算より3〜400USD (一人あたり)ほど高めであった。

また船のコンセプトが多分あわない・・というか肌の加減で、慣れないエステ、スパが利用できないので、もったいない気はしていた。


9月、さらにイスタンブールの治安が悪化。2008にむけてテロも増えていくのは予想された。親族や会社から自粛令が出るのは困る。似たコースで イスタンブールまでいかない、MSCムジカのコースに変更。

ただし、この12ヶ月前の次点で、ムジカの妥当な客室は、満室。(注 クルーズ船はだいたい1年切ると、手配が遅い)、なんとかデッキ階層をさげ、開いていた1室確保した。部屋位置の好みをつたえ、秋にキャンセルがでたので、部屋をかえてもらった。

ただこのあと、希望にあうようなキャンセルは一切でなかった。

ふりかえってみると、「場所、階層、カテゴリー、左舷右舷」の希望項目のうち1個を若干ゆるめただけですんだので、幸いだったといえる。
 
 

支払いはセレーナで一部カードをきっておいた前金を、代理店が、MSC分に充当してくれるという。こういうとき代理店経由は楽なのだな、とふとおもった。

キャンセルは たいがいの船会社は、73日前まで無料である。旅行商品となると扱いが違ってくる。
 

 
支払いについてはどこから申し込むかで異なってくる。私が最近使っている代理店はすきほーだいでき、一部前金をカードで払い、残高は72日前までならいつ払ってもよく、72日切っててもよく (立て替えてくれる) というか末締めで 翌々月払いでもよく (いいのか?!) 適用レートはワタシがいう決済希望日に TTS+2円であることを確認しておいた。

ちなみに別の店や総代理店にきくと、全額前払いはムリです、とか、クレジットカードはムリです、とかいう返事であった。

ロイヤル・カリビアンのときは 72日前の為替レートで自動的にきまったことを考えると、MSCはかなりオトクだった。
 

2名で、3,500USD ほどとはいえ、自分で決済日をコントロールできるのは、かなりメリットである

まさかUSDも、15円は動かないだろう、まぁよくて5円ぐらい稼げるぐらいかな、5円なら17,500円、まぁちょっとは燃油の足しになるか、とおもっていたが、そのまさかが起こるのは 2008年の年を越してからである。
 


ワタシは前払いがけっこう好きである。

早くカードの引き落としがくる→早くマイルがつく→早く達して航空券にできる。


 
エア  
 
ちょっと時間は戻るが、1) 行きたい方面をきめ 2) 発着港を絞り、 3) 船を選び、 4) 乗下船時間がわかった段階で
スケジュール検索をして、エアを繋げられるか、確認をする。港/町、空港/町、空港/港 間の送迎や交通機関もチェックする。

船やホテルばっか考えて、あとになってエアとか空港移動を考える、なんてのは、クルーズの個人手配では、非常にまずい。
 
 

無論、14ヶ月後 2008年夏のエアスケジュールは まだ出ないので、2007年9月の同じような日程・曜日で検索し、想定する。
1年前の計画は、こういうときに便利。

ただし、1年後のエアのめぼしをつけるというのは、難しい。とくにどうも経済界からは「沈みつつある島」といわれる関空では難しいことである。昨今は、航空会社の運航もがらっとかわるし、撤退もある。アリタリアみたいに売り出されて永遠に引き取り手がみつからない会社まである。ストもある。
 

関空版、伊丹〜成田版、その他乗継なども含め、スカイチームで妥当なパターンを エクセルにちょいちょいと書き出した。機種、乗継時間も書き出した。スカイチームのWEBおよび各社WEBで 両方チェックした。

同時に、関空にいくバスや列車の時刻もチェックした。意外なことだが、最後の最後に「自宅〜空港」の便が無くて、タクシーでいくはめになったり、ということがある。
 
 


関空からヴェネツィアにいくとなると、通常はアリタリアを想定する。
欧州内フライトではなく、イタリア国内フライトにするほうが、色々な諸費用も安い。
 

が、アリタリアの身売り話が既に飛び交っており、またミラノ線廃止の動向も聞こえていたので、おそらく2008春夏にはミラノ線はなくなると踏んだ。悪いけど、私の中で、すでにアリタリアは嫁に行くか、寄宿舎にいれられる(再生への道)か、であった。実際そうなってしまった。

ミラノ便がなくなると、関空から一旦ローマまで降り、そこから戻ることになる。フィウミチーノはあまり利点はない。また、ストや整備の問題もあり、アリタリアはやめることにした。

だいたい、2007年7月から12月までバカンスをのぞいて、きっちり毎週土曜に管制塔やアリタリアのストをやられては、たまらないを越えて、うらやましすぎるじゃあないか。うちも金曜にストをやってみたい・・・
 
 


AF、JL、KL、KE などで 機体や乗り継ぎも含めて検討する。
時間や値段だけでなく、乗継空港もよく検討した。

KLは、かなり安い。関空会社か関西経団連かしらんが、なにを餌にまいたんだか、成田より関空に最新機種を投入してくれていたのも、ちょっとだけ嬉しい。

ハムテル氏は2007のミラノ乗継が、初めての乗継経験、見て周るだけでも、ものめずらしくて面白かったようだ。3時間半もいてヒマじゃなかったか、と聞くと、「全然」 という。 ん、まぁ 「いい兆候」。

今回も乗継時間を長くとることから、楽しめるスキポール、つまりはKLにする。

また、第1便が12時間だとやはりキツイだろうから、11時間と若干でも短めなKLにする。(KLは1週間に3、4日は 1時間早くつくので、実質10時間ちょっと)
 

また、欧州内路線は、小さい機種ではゆれがすごい。ハムテル氏接待対策としては、大き目の機種がとんでいる アムス〜ヴェネツィアのKLMの便は、希望どおりであった。
 
 

往復とも無理ないくいけそう、と練りあげた段階で、船をとり、同時にエアもおさえた。

エアは KLMのネットから個人正規割引。いつものJTBでもよかったのだが、格安で何度かちょっと担当者のレベルで影響される不都合もあったので、直前でもキャンセル3万円ぽっきりで、かつ最安値を宣言するWEBにする。
 

関空のKLMはいつも値段が2、3万円安いのでそれも助かる。燃料や空港使用料もAFより安く済む。

またAFのB777があまりきにいらなかったので、KLの機材も試してみたかった。
 

いろいろな希望・条件が 計ったように、すぱーん!とはまった。こういうときは掃除機で吸い込むように、きれいにキマル。 自分の中で、だいたいこの感覚がくると、手配時も現地でも正解になることが多いので、安堵した。
 

ホテル  
当初ヴェネツィア映画祭とヴェネツィアの祭りにあてていたため、13ヶ月前の段階でその土日は、満室だった。徳島の阿波踊り状態というか。

そのあとは結局1後泊できるよう、1週ずらした。

またクルーズ客が泊るので、(実際この土曜は2000人級の船が6隻出港、日曜も数隻)、ヴェネツィアの金土日は手ごろなところも高級なところも、目を着けたところは満室が多かった。
 

とりあえず いくつかアタリをつけながら、妥当なところをキャンセル料がかからないように、1軒、おさえておいた。

後ほどもう1軒 別の角度から考えた候補も、おさえておいた。

エアとホテルと船がおさえられたら、実は10数日の欧州個人手配は、もうこれで終わりである。実にあっさりしている。 

こうして、前年9月の段階で、わたしはヒマになってしまった・・・
 
 

ホテル 熟考
 
ヴェネツィアは何度か訪問しており、あそこの交通の特異性(費用、時間、方法)は身に染みている。

色々考えたが、あちらがたてば こちらが立たず、でうまく ぴたっと収まらない。そういうときは、もう少し落ち着いてから違う角度で考えることにして、一旦、その2007年9月における準備は手仕舞いとした。
 
 

ホテルについては、交通機関の時間や料金を考え、組み合わせて合計8パターンぐらいを練った。最終的に、3〜2ヶ月前 2008年6月〜7月段階で、メストレに前泊、サン・クレメンテ島に後泊に決定。

ほかはやんわりとキャンセルした。向こうさんも商売だから、あまり直前にキャンセルするのもアコギだ。
 

サン・クレメンテのホテルがいくらで取れるか、によっては別ホテルになる。

放出価格の法則を観察したり、けっこう今回は時間をかけて煮詰めた。しっかりと固まったので、現地ではまったく困ることもなく、色々な想定を活用しながら、大変満足度の高い前・後泊ができた。
 

念入りに準備したので、現地で同行者にあまり苦労をみせず、さらっと手配や決断ができたことも良かった。ツアコン役は、同行者に不安感や大変さを感じさせないというのも大事なことだ。この点、今年はかなりよくやれたと思う。

国家試験も、これぐらい対策をたて、周到にやっていたら高得点が取れたと思うのだが。
 
 

寄港地観光  
クルーズにとって楽ちんなことに、寄港地観光は交通も手配も、なんも考えなくてよい。最悪でも、船で下船2日前までにかんがえればいい。

陸ツアーとちがって、集合場所にいく手間も、時間をあわせることさえもいらない。

ただ、ツアーにないとこに行きたいだとか、自分で散策しようかな、車を借りようかな、と思うなら、調べておくにこしたことはない。

 


ヴェネツィアおよび寄港地観光は、ツアーや個人でいきたいところなど、ピックアップし、軽く「想定」をかけておいた。

船会社のエクスカーションはWEBから入手し、どれにするか、それとも個人で周るか、など 2007年の段階で、おおよそ決めておいた。

ツアーはだいたい半日コースが44〜48euro/人など わかっていたので、概算で予算にも組み込んだ。
 
 

決済
 
予算表は当初 円安ギミに117円で設定していたが、円高風がふきつつあったので、かなりの円高 100円前半で春先に、船賃(USD建て)を決済できた。

ホテルも事前決済のものは、ある程度で見切って、決済をした。

その後円高に猛烈にすすんだが、金額が微々なので、差損益はコーヒー代ぐらいだし、どこかで決断しなければいけない、欲でくらまないよう、自分で採算ラインをきめることにしている。
 

航空券代は、当然 購入後すぐ、2007年内に決済。オイルがあがることが想定できたので、マシなうちに手をうてた。
 

今回は、こういった為替レートの見切りや、手配時期により、二人合計で 17万円分、節約できた。
 

仕上げ
 
3ヶ月前 残りこまごました都市ごとの交通を調べあげて、決定をした。微細な点の問い合わせも、このころ。

早めにしておいたので、2ヶ月前〜旅行前が大変楽になった。クルーズは寄港地が多いので、調査も大変である。早めに、とおすすめしたい。
 

今年は 調べた先からすべて印刷し、1枚タイプのクリアファイルに放り込んでラベルをつけておいた。旅行前は、要るものを持っていくだけですんで、大変楽であった。
 

エクセル自作しおりに、必要な資料画面もキャプチャーしてとりこんだので、もっていく資料が減った。

ただ、母と違い、ハムテル氏はまったくしおりを使ってくれないので、(家に1つあれば十分という健康的な意見だ) 自分用となってしまっている。
 

通販サイトや関空のサイトで、化粧品やバッグの値段を調べる。
あきらかに通販サイトのほうが安いため、あっさり買う(え?)
最悪の場合に備え、ちょっとお人に渡せるようなものも買っておく。
 
 



2ヶ月前。保険、電話の手配。カード・お金関係を確認。 

海外旅行傷害保険は、クレジットカード付帯では足りない。船旅は何がおこるかわからないので、疾病・救援 無制限でないとヤバイ。。昨年調べてあったので、資料から数値だけ調べなおし、ことしもAIUのネットのものにする。疾病・救援を無制限、にできるのは 現在ざっと調べた限り、ここだけのようだ。
 

海外携帯は毎年手配していたが、送料も馬鹿にならない。また仕事関係で、メールができるほうがいい。調べてみると、auの海外携帯がちょうど夏の間だけ無料になっており、しかも新機種が投入されていた。

海外携帯はいつも外国語バージョンなので、母もハムテル氏もいじりにくく、鳴っていても どうしていいかわからない状況だった。日本の携帯があれば、誰でも触れるし、そのほうがいいだろう。いい機種だったら、次の機種交換でその機種にしてみよう、ということで、ネットから予約する。やはり人気なようで、出発当日は予約者以外は機種がない、と関空のauに貼り出されていた。
 

また、KDDIのポイントを国際電話カードにし、2枚持参。寄港地ごとに公衆電話で日本に電話した。携帯電話と違い、あと何分話せるかわかり、さらにプリペイドであることも気が楽であった。
 

申し込んだりするものは、だいたい2ヶ月前に始めるとスムーズである。


1ヶ月前 週末ごとに家の大掃除を開始する。留守番に、義父母と実母がくるので。 コレが一番のクエストである。年末より念入りに掃除した気がする。
 

おそらくどの女性も、「旅行前の常」だとおもうが、歩きやすい靴だの、みて恥ずかしくない程度のパリッとしたインナー だの 旅行でかぶる帽子、だの買ってしまう。男性からみるとナゾらしい。


2週間前 9月突入。

冷蔵庫や最終の食品、服・洗濯のことを考える。

魚の餌や水足しも3日に1度にして、ならしつつ、様子をみる。

ベランダ植木も、水対策をとった。容器にはめたり、ペットボトルやビニルを置いたりして、何日ぐらい水がもつか、見てみる。が、9月前半の暑さでは、1日持たなかった・・ 効果的だったのは、スダレ防御、および 水ゴケである。

旅行で使う秋冬衣類をひっぱりだし、風通し、クリーニング、洗濯。
外は、38度の猛暑であった。

イカリ、成城石井、カルフールにいったついでに、お菓子の値段をみておく。
 

関空いきの便など、すべての便を最終チェック。ヴェネツィア空港からホテルがちょうど時間がかわるころで、新しい時刻表がぎりぎり入手できた。まちかねた。
 

ホテル、エアなど最終確認、(ここでミスがあればまだ間に合う)、ホテルにもリコンファームをかねて、到着時間やちょっとした質問を出す。
経験上、1週間前だと返事がくるまで間に合わないことがあるので、2週間前にやる。
 


1週間前 早めに仕事の引継書をかきはじめ、残り5日間の予定を計算。周囲は「秒読み段階」といっていた

郵便や新聞、PC関係などの留守中の始末。
 

自分のスーツケースをつかわず、義親のLとMサイズを借りる。ハムテルさんと車でとりに行くが、そのためにお礼をかねて ちょっとしたお菓子を 普段の食材宅配で、一緒にとりよせておいた。阪急さんは本当に助かる。借りる段階で、ちょっとお礼つけて渡しておく。

モノは、先般もらって美味しかった九州の海鮮せんべいみたいなの。九州出身の人だから、「あ、これ、みつけましてん〜」 といいつつ、自然に渡せる。お姑さんもお舅さんも喜んでくれた。
 
 
 

スーツケースを開いて、ぽんぽんいれておいた。足りないもの、買いにいくものは書き出して、購入する日を考えておいた。
 
 

今回は、慣れた気分で ふらつー持ち物エクセルをみずにやったら、見事にポシェット類を忘れた。やはり確認は大事だ。

両方の家に資料や緊急連絡先などを渡す。
 


3日前 一部をのぞき、荷ができた。

ナマモノ関係(冷蔵庫、魚、ゴミ、洗濯)の最終調整に入る。

旅行にもっていく重要品目・書類関係の最終チェック。
 

とにかく北京五輪の関係で すべての仕事が6月までの前倒しになり、7、8、9月の仕事がゆっくりしていたので、ありがたかった。来年以降もこのスケジュールでいきたいものだが、もう北京五輪はないよな・・・



2日前 荷物を詰め終わる。まだ入れられないものは、めだつビニル袋や紙袋にいれておく。
 

今年から衣類は、タオルや下着は洗濯ネットにいれることに。むれない、何がはいっているか分かる。スーツケースをあけて検査されても恥ずかしくない。袋のように、バリバリ言わない。洗濯ネットって、なんとなく丸ぅく まとまってくれるので、ビニル・ナイロン袋より滑らず、よかった。洗濯ネットのまま船の引き出しに放り込んでいた。
 
 

その他のパンツ、スカート、インナー、Tシャル類は 店頭ではいっているようなパリっとした、封シールのある透明PP袋にいれた。パリッとしてそのまま平らなままスーツケースにいれる。探せばこの袋はけっこう身近にあるもので、わたしはあちこちの会社から 旅行パンフレットや 郵便物が届くので、そのとき、きれいなものをとっておいた。勿論、ブラウスなど衣料品を買ったときのPP袋もとっておいた。(もっていなければ、アスクルで頼んでもいい。) 不動産会社から届くものなどけっこう上等なPP袋にはいっていて、ホクホクしていた(笑)

利点は、巻いたりかさねて袋にいれるより、はるかにすきっと入れられた。また独特のにおいや湿り気もなく、買ったばかりのブラウスのように、そのまま持参できた。ちょっとしたインナーも、きれいにブティック畳みしていれれば、シワもなく、持参できた。

現地でも洗ったものとそうでないものの区別がつきやすく、よかった。

借りたスーツケースは両方、引っ張れるバーがついているが、このバーの分だけ内部がへっこんでいるので、けっこう詰めるのに苦労した。靴の箱はスーツケースにぴったりなので、色々なものを詰めるのに助かった。
 

KLMのインターネットチェックインのため、30時間前の朝5時前に起床するため、ちょっと早く寝る。


前日  あまりにチェックインチェックインと唱えながら寝たため、夢のなかで操作しており、起きたとき現実がどっちかわからなかった。このとき2時。あれ・もう一度寝る。

むくと起きて、ふたたび操作にいくが、まだ始まっていない。寝ぼけて1時間違えていた。再度寝る。

起きて操作する。一部の席がとれない。むむむ・・上級会員むけらしい。かといって8000円相当もだして確保するのもシャクであるので、とれる範囲で席をとる。座席詳細のサイト シート・グルで足元に箱があるとか勉強してあったので、そこは避けた。

朝再度おきてもう一度考えると、やはり1時間間違えて、1時間遅くチェックインしたと気づく。1時間間違えていた、というのは実はあっていて、あと数分だったようだ。

何度も寝たり起きたりしたので、ワケわからなくなっていた。こんなことは、新人で入社したころ以来だ。
 
 
 
 

衣類の調整(もって行かない、いらないもんを着る)。 
冷蔵庫やゴミの最終チェック。

仕事おさめ (え?) 
 
 

夜 

明日に備え、「寝不足」にする。サイトやメール箱などの準備。

天候最終チェック。

欧州から日本へフライト機材が無事飛んでいるか、最終チェック(成田AF組はこれはやったほうがいい。おすすめ)。この段階で遅延や欠航があれば、明日の自分のフライトに影響する。
 

ハムテルさんは、「時差調整before ボーディング」との名目で、ほぼ完徹するらしく、オンラインゲームで中世ヴェネツィアを舞台に、明け方まで遊んでいた。(いや、もうあと1日でいきますってー)
 

両方の家に留守ちゅうのお願いをする。



 
 
 
 
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