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 matt-frafra様の  2007年紀行
2

pdated on 27 Dec.2007
10 Feb.2008写真追加

 

(matt-frafra様 2007年5月)
 
 


 
1 日 成田〜パリ 全日空 パリ泊
Lutetia
2 月 ルーヴル、オランジュリー
バトビュス
3 火 サント・シャペル、シャルトル
4 水 ピカソ美術館、フランソワ・ミロン通りなど
シテ島、サン・ルイ島
左岸)サン・セヴラン教会、クリュニー美術館
5 木 マルモッタン美術館、オルセー美術館
6 金 モンマルトル
7 土 左岸散策 
パリ〜 全日空
機内泊
8 日 〜成田
   

 
3日目  
本日のメインテーマは、「ゴシックとステンドグラス」。

サント・シャペル、ノートルダム寺院、シャルトル大聖堂を1日で駆け巡り、ステンドグラスとゴシックの建物の比較をやろうという企画である。
 

一眼レフのISOガイドラインを高感度1600に設定。スナップショットはIXYで。

芸術新潮、とんぼの本のコピーを忘れず、持っていく。
 

サンジェルマンを抜け、ポン・ヌフからシテ島へ、コンシェルジェリの横を通り、サント・シャペルへ、セキュリティチェックでちょっと並ぶ。どうも裁判所へ入る人もセキュリティチェックを受けているようだ。
 

礼拝堂の2階は、2度目だが、やはり息を呑む美しさだ。主祭壇が工事中で若干残念だったが、ISO1600の威力を十分発揮、前回に比べても、いい写真が撮れた。

ここのよさはステンドグラスの連なりである。当時高価だったガラスを惜しげもなく使い、堂を構成するという、まぁお金がないとできないことではあるが、使った結果が世界遺産になるとはルイ9世も思ってなかっただろう。
 

こうなると、ノートルダムって、落ちるのよ。ファサードは意外につまらないし。しかし、ノートルダムの本質はあるのだなあ、これが。後のお楽しみ。
 

シャルトル行き  
今回、シャルトル行きに当たって、2つの方法を考えた。

到着時刻は昼過ぎから夕方。西日が入るから。教会にもよるが、主祭壇よりもファサードのバラ窓が美しいところは、夕方。

1) モンパルナスから列車で行く

2) ツアーに乗る
 

理由はいろいろあるのだが家族2名を引き連れながら列車に乗ってというのは、僕の精神的な負担もあり、バスに乗せれば居眠りをしていることもできるという気楽さを買って、ツアーにする。

「ガイドは英語だよ」と妻に言うと、「ともかく付いて歩けば」。
シティラマで。
 
 

ツアー  
シャルトルは、教会そのものもすばらしい。とくにファサードのタンバンと人像円柱の彫刻群のすばらしさ。

僕はロマネスクからゴシックの彫刻、絵画を「神が神の姿であった時代」、ルネサンスの彫刻、絵画を「神が人の姿になった時代」と思っている。

ここの彫刻は、まさに「神が神の姿である」。

アンドレ・マルローは、これらの像を「イメージよりも祈りである」と位置づけている。さすが、見方が違う。

また、法隆寺の百済観音との類似性を言及するのである。

ゴシック初期の傑作である。
 

さて、内陣へ。教会そのものの持つ荘厳さ、そこに存在するステンドグラス。華やかさではサント・シャペルに負けるが、物語性や一つ一つの構成は、シャルトルである。

ロダンは「紫色の光が指す」と表現したようだ。天気が悪くそこまではいかないが、圧倒される色感である。
 

外に出て教会を見ると、無骨なバットレス、フライング・バットレス、南門のファサードいずれも中世からゴシックの面影を残すものである。街の歩道には巡礼の道しるべ。
 

帰りのバスではそこそこ居眠り。ツアーバスにして良かったのかな。
 
 


正面 扉口の人像円柱


ステンドグラス 「聖レオビヌス伝」より 酒樽運びを中心に
クリックすると拡大

 

 
 
4日目  
地下鉄でChemin Vertへ、ピカソ美術館に向かう。

マレのこの辺りも、歩いていて楽しい。店舗があるわけではないが、静かに歩ける感じがする。

ピカソも好きだ。あれだけ、しっかりしたデッサン力を持っていたからこそ、自由に何でも創れたのだ。才能のすばらしさ。常に変貌を繰り返しながら、時代の先端を走りぬけた天才だ。かなりのスケベだけど。
 

青の時代の「二十歳の自画像」、「片目の老女」すばらしい作品である。彫刻や陶芸は遊び心にあふれる。いろんなところでピカソは見てきたので、ここが一番とは言わないが、作品のレベルは高い。
 

ヴォージュ広場からフランソワ・ミロンに向けて、ところでヴォージュ広場を抜けたところで、ものすごい数のパトカー、警察車両に出会う。

この日はサルコの大統領就任式で、どうもバスティーユの広場はデモでもあるようだ。「君子危うきに近寄らず」である。
 

サルコを評価する  
日本では人気いまいちのサルコだ。『ごろつきをごろつきと呼んでなぜ悪い?』、『暴動に参加している連中はならず者』、『人間のクズは人間のクズ以外のなにものでもない』との過激な?発言が嫌われているようだが、私はよく言ったと思っている。

たしかに、彼らごろつきに人権はあるかもしれないが、所詮は付和雷同の主張もないごろつきにしか過ぎないのだ。サルコだって(金持ちではあるが)母方はユダヤ系のハンガリー難民なのだ。

ところで、なんとなくパリの治安というか、スリ、物売り、ミサンガ男などなどが減っている気がするのだが。サルコのおかげか?
 
 

フランソワ・ミロン通り Rue Francois Miron で15世紀のパリの古い木組み民家を見て、


 
 

rue des Barres  バレス通りへ
 

ここのサン・ジェルヴェ = サン・プロテ教会もいい雰囲気だ。通りも静か。

修道院の産物を売る店もちょっと変わっていて面白い。
 
 

サン・ルイ島へ。  
ガレットを食べる。
 

シテ島へ。「ノートルダムって、後姿いいねえ」女房の言。

ノートルダム・ド・パリの後姿(後陣)は、なかなかのもの。シャルトルに比べると、実に軽やかなフライング・バットレスのリズムがいい。ノートルダムを見るときは後姿も忘れずに。
 
 

左岸
 
シテ島を後にして、サン・セヴラン教会。ここはガーゴイルの数、連なりがすごい。なんか意地で付けたような感じもある。教会の前を抜けクリュニー中世美術館へ。
 

場所もいいし、雰囲気もいいし。ローマの(首のない)彫刻群Aこういう構成は日本では不可能でしょう。ステンドグラスの展示も面白い。圧巻は一角獣のタペストリである。赤が美しい。この色彩がいつまで残るのだろう。傑作だ。重要な作品。ここも「紙が神であった時代だ」。
 

 リュクサンブールの横を通り、歩いて帰る。今日はよく歩いた。
 



 
 
 
 
 
 
 

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