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 まちゃーきジャポネ様の 紀行
2

 24 May 2007

 

(2007年12月 まちゃーきジャポネ様)
 
 


 
0 寝台 〜上野 寝台車  泊
1 成田〜パリ 全日空 パリ泊
IBIS Paris Bercy Expo 12eme 
2 ツアー
市内観光、ヴェルサイユ観光、クルーズ
3 シテ島など個人散策。
4 モン・サン・ミッシェルツアー
5 クリスマス  
ベルシー・ヴィラージュ
パリ〜ロンドン〜  全日空
機内泊
6 〜成田 
上野〜
寝台 
7 居住地着  
   

 
 
 
3日目(日)  
あいかわらず日本時間の時計をねぼけまなこで確認して、7時起床。朝食をとる。

今日の予定は半日団体で美術館へ行く。午後はフリー。
 

でも私は、午前の予定をパスすることにした。そんなに見たいと思わなかったし・・ 今思えば素直にいっとけばよかったのだが。

美術館前まで一緒させてもらい、一人街へ出てみる。心細い。朝早いのもあり、ちょっと表情に危機を感じるような人も歩いている。寒くて険しい顔になってるだけかもしれないが。

結果、町並みを楽しむ余裕は薄れ、すぐに目に付いたカフェに入る。地元の人が店主とにぎやかに話している。

緊張しつつ、憧れのショコラ・ショーを頼んでみる。冬のパリに来たら飲んでみたかったもの。牛乳の多いあっさり目の味にちょっと期待が外れる。

この後何度もカフェに駆け込むが、どこもトイレのドアに小銭を入れて入る、ということに驚く。

とりあえず、シテ島のノートルダムを目指すことにし、店を出る。だいぶ人も出てきたが、あいからずどきどき。スリやナンパを警戒していた。

バッグは、ショルダーの両チャック式、輪を通して防御。さらに上からふたがかぶさる。パスポートは首から百均で買ったケースで下げる腹巻で抑えるもの。
 

やたら足早になる。ポン・ヌフを渡り、いつの間にかシテ島に入っていたよう。地図を見ていると簡単にいけると思っていたけど、意外に距離はあり、方向感覚も戸惑う。
 

シテ縞  
 
ノートルダムはクリスマス前ということもあってか、すでににぎわっている。ぐるっと回って、それぞれの角度から写真をとる。見る角度でこんなに印象の違う教会なんだ。ガイドブックで見ていたイメージがつながる。私はサン・ルイ側から見た感じが好み。
 

サン・ルイ島に渡ってみる。どちらかというと、こういうところの店や古い建物を見てブラブラしたかったのだが、まだ時間も早かったし、カフェで飲み物すら入らなそうだったので、左岸側へ渉る。

午後からオランジュリー美術館に行きたかったので、バス停をチェックしておくことにする。

調べていた24番バスがセーヌ沿いからホテルのまん前を通っている。地下鉄は1人では乗らないと決めていた。路線図を見ると簡単に見えるが、通りのめどをつけるのが難しかった。

店やカフェでいちいち尋ねる。同じ道を何往復・・・。まずは帰りのバス停を発見。時刻表を見ると日曜のため時間を把握できず、運休していないよねと思ったが、その矢先に24番バスが停留所に着く。よかった、大丈夫。

時間を見て、めどをつける。セーヌ沿いの通りに出て、すぐに、オランジュリー方面のバス停も見つける。時刻表の上に電光掲示板があり、あと20分ほどと出ていた。
 
 

すでに12時前だったが緊張のためか空腹も感じず。

パリの道路はけっこう広いことも身にしみていたので、動かず、そこで待つことにした。川沿いの古本屋など見て、ひたすら待つ。

この旅行中はずっと天気がよく、わりと暖かかったので苦ではなく、 学生らしきグループも同じバスを待っていて、にぎやかになってきた。

あと5分ほどというとき、古本屋の男性が彼らに何か言っていた。学生の顔が少し変わる。何事? 聞き取れないしなんていったんだろう。

しばらくすると24番バスが見えてきた。よかった、と思っていたら、停留所を通過していった。え!日祝はここには止らないの?  

学生たちはそこから離れなかったから、ほかに手立てがあるのだろう。私は地下鉄はアテにしてなかったし、歩くのもけっこう距離があることがわかったので、休憩がてら目前のカフェにふらふら入る。

緊張感のため、疲れた。1人だと神経を異常に使う。が、そんなにスリばかりでもなく、そうそうナンパも(私に関しては)なかったので、もう少しリラックスして歩いても、いいようだった。
 

カフェ  
メニューを貰い昼を食べようかとも思ったが解読する元気がなく、コーヒーにする。なんだかとても疲れてしまい、そんなに時間もおかず店を出てしまう。チップも含め3ユーロ。

ちょうど出たところで24番のホテル方面のバスが来た。まだ日は高くもったいなかったが・・帰ることにした。たかが歩いたり道を探すだけでも、1人だとあらゆる神経を使って疲れる

運転手に、ホテル方面に行くか確認。切符もそこで購入して乗り込んだ。腰を落ち着けて、ほっとする。窓の外を楽しみつつ、帰る。

アナウンスが早く、降りる場所までプリントしてきた路線図で確認し、20分ほどで難なくホテル前の停留所に降りる。ホー。

部屋に戻り、しばし仮眠。外は天気もよく、もったいないことこのうえないが、体力気力の回復を待つ。
 
 

出かける
 
15時過ぎ、ようやく行動開始。隣のスーパーが日曜なのに開いてるので、土産を探しに出かける。が、まず腹ごしらえ。またもやPaulで食べることにする。パンでよかったが座りたかったので、イートインの席に着く。

メニューがやっぱり難しい。見覚えのあるフロマージュの文字を見つけ注文。キッシュだった。サラダとデザートもついたが、お腹がいっぱい。

デザートは、もちかえりにさせてくれた。

隣は親子で、思春期まっさかりのお嬢さんがしっかりデザートまでたいらげていた。
 

スーパーを覗く。広いし、皆カートも大きくたっぷり買物をしている。洋服から食料品、土産にもってこいの大きいチョコなど、なんでもある。たくさんある乳製品の中から、以前おいしいと聞いたスノーブルのマロンコンフィを見つける。
 

ツアー参加のMさんと、ばったり会う。とてもほっとし、やっと人に会えた心地がした。彼女は今タクシーで帰ったところだという。

彼女は、目当ての美術館にも行き、充実したよう。私の武勇伝なんて話せない。
 

彼女と、明日のモン・サン・ミッシェルいきのロビー集合時間を確認し、別れる。

品物をかごに詰め、空いてそうなレジに並ぶ。次というところで店員に、マダム〜〜なんとかかんとかと話しかけられるが、意味がわからず品数の問題かと別のところに並ぶ。でもそこは大きいカート専用らしく、果てしなく商品がレジをとおされてゆく・・・。

買物も終え、部屋へ。昼が遅かったため、夕食は持ち帰りしたガトーショコラですませた。なるべく現地の食事をすると決めていたのになあ。
 

明日は、ロビーに6:45。私たちのほか、あと4人参加されるそうなので、2台タクシーを呼んでもらい行くことに。

朝と夜の交通手段が不安だったので、よかった。レセプションのコールはアテにできなかったので、自前の目覚ましを初めてセット。


 
 
4日目(月)  
寝坊できないので、ちょくちょく目が覚める。6時前起床。

モン・サン・ミッシェルはパリより北にあるので、長袖下着、タートル、セーター、タイツ、フリースの靴下で防寒。カイロも背中にはる。

朝食が始まる6:30に、R階へ。15分で済ませないと、と急ぎつつ食べながら、添乗員が明日と最終日の案内等をする。

明日はクリスマスだから、たいがいの場所がクローズで、隣のスーパーもホテルのレストランも休み。食事や買い物を今日中にすませるよう伝えられる。

また、明日のチェックアウト以降も、14時までは時間があるとのこと。
 

ロビーに降り、3人に分かれ、タクシーに。まだ暗い中、マイバス社を目指す。夜のような暗さの中、マイバスに到着。気を使って同行者に助手席にむりに乗り込んだのが災いしたか、3ユーロほど多く支払うことに。


助手席に乗ると追加料金です。
ツアーバス
 
15分ほどして、3台のバスが来て出発。現地の日本人女性が案内してくれる。通っていく名所の案内や仮眠する人の配慮も心地よく、片道4時間ほどの道中を共にする。
 

やはりノルマンデイの方は寒々しく、車窓の光景がみるみる変わっていく 。真っ白で、運転手の緊張感も伝わるようだった。

休憩も挟み、11:40頃到着。残念ながら、その日は霧がものすごく、遠目から見られるはずのモン・サン・ミッシェルがさっぱり見えない。

気づくと、そのふもとの駐車場に着いていた。
 
 

まずは島内のレストランで、昼食。この日もメニューはスープに白身魚とじゃがいも、デザートはアップルパイ。1人で動いたときもそんな気合をいれたものは食べていないが、貴重な一食一食がかぶると残念であった。
 

でも、こちらはより海に近いせいか、魚は身がしまり、肉厚でおいしかった。名物のシードルとオムレツは注文しなかったが、満足。ここのレストランは、なぜ鳥が頭上を飛んでいた。そんなシーンも外国っぽくて良い。
 

モン・サン・ミッシェル  
 
昼食を終え、いよいよ見学。土産売り場の通路を抜けると長い階段をひたすら上がる。途中、本当にギブアップと言いたくなった。

日ごろ歩きなれている都心の人方たちはそうでもないのか、教会の内部や、改めて下の地平線を見る。

不思議な場所だな。この日は満月で朝、潮が満ちてたらしい。そういえば、ここへ向かう車内からも、日が昇ってもしばらく満月が見えるという、不思議な景色を見ながら来た。

壮大な景観に憧れて来たのだが、当時の様子や生活を聞くと、寒さも手伝うのか、悲しい気持ちになってくる。

見学を終え、各自お土産を見たりしながら、下へ降りる。Mさんとお土産を買ってしばらく歩いていると、「おつりを間違えられた気がする」という。

20ユーロ渡して10ユーロほど足りないという。レシートもなく証拠不十分だが、日本人のスタッフもいたので、はじめから10ユーロ足りないと伝えてみた。するとあっさり返してくれた。

警戒しながら過ごしてきたが、ここで初めてガイド本に載っていたような経験をした。
 

途中から、だいぶ日が差し、塔の天辺の天使もくっきり見えてきた。改めて、モン・サン・ミッシェルをバックに二人で写真を撮っていると、昼食時に相席した二人が見学を終えでてきた。お互いに撮影をした。

すると二人は、明日帰るからと、。ツアー先でもらったという切符をくれた。とてもうれしく、礼を言ってバスに乗った。

パリへ  
4時前には出発。行きと違い、景色がよく見える。モン・サン・ミッシェルもかっこいい姿を見せ、見送ってくれた。

帰り道はとても長く感じ、途中疲れたのかフランス人の運転手も荒い運転で、車内をヒヤッとさせた。

前の車に近づきすぎ、たまらずガイドが「アトンシオン!」と叫んだのに、逆ギレし、しばらく 「マダーム!」と怒りの言い訳を並べていた。

ガイドも逆撫でしてはいけないと黙っていたが、パリにつく頃、丁寧にみなにフォローしていた。運転手は手放しでガイドにかみついていたらしい。週末に多い地方からのサンデードライバーというのが迷惑をかけたらしい。

それにしても皆の命より自分の感情を優先するのだから、怖い。スピードの計測器が設置されると爆破してしまうような気の荒いところも、この国の人たちは持ち合わせているという。
 
 

気がつくと、エッフェル塔が見えた。2時間ほど爆睡していた 

20:30頃マイバス社に帰ってきた。

夕食は途中休憩したパーキングでパンを買っていたので、皆でまっすぐ帰る予定だった。人でタクシー乗り場へ向かっていく。なかなかタクシーは止まらない。

そのうちの2人は元気なおばさま達だったがすぐ向かいのラーメン屋で食べて帰る、と言った。皆誘われたが、夜の移動に不安もあったため、4人で先に帰ることにした。
 
 
 

メトロで
 
タクシーを諦めメトロで近くまで行こうと、先導する女性の後姿は、とても頼もしかった。

14号線でクール・サンテミリオンまでいく。ちょうどさっきもらった切符が早くも使える。みなで分ける。一人では乗るつもりのなかった初メトロにわくわく。

ホームは人も少なく、思ったより階段も少なく感じた。昨日と違い、人といる安心感。ほっとしすぎてどこで乗り降りしたか覚えていない。
 

色々話しながら帰る。昨日は車内アナウンスも耳と目を凝らしていたが、今日はついていくだけ。

駅を出て少し歩くとすぐタクシーがあり、ラッキーと駆け寄る。Mさんは英語もフランス語も話せたので、交渉を任せる。地図を見せ住所を告げると、近くてガッカリの反応だったが4人を乗せてホテルに向かってくれた=B

降りるときに男性はなかなか下ろしてもらえず、またもや加算され、計10ユーロほどだったと思う。誘導してくれた二人に礼を言って、各自部屋へ帰る。

バスで食べたパンでは足りなかったが、我慢して寝ることに。明日は最終日。14時にホテル出発といってたので、午前中はぜひ外出したい=B

さんとオペラ座にシャガールの天井画を見に行こう、とバスの中で話していたのだが、明日は開いていないとガイドが帰りの車内で話していたので、諦めたところだった。

Mさんはゆっくりすると言っていたので、明日は1人でまた出かけるつもり。
 
 

荷物をまとめ終え、23時過ぎ眠る 


 



 
 
 
 
 
 
 

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