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rayonnement様の南仏ドライブ旅行
プロヴァンスから ラングドック、ミディ・ピレネーへ
2

 9 Oct.2000
23 Mar.2008 整理・移動再掲

 

(2000年 rayonnement様)
 
 


 

 

1 オルリー〜ニース〜エズ〜マントン マントン泊
2 マントン〜カンヌ〜サン・ラファエル
〜ボニュー〜アプト
アプト泊
Relais de Roquefure
3 アプト〜ゴルド〜ボリー
〜シャトーヌフ・デュ・パープ 〜アヴィニョン
〜サンレミ・ド・プロヴァンス〜レ・ボー

〜フォンヴィエィユ〜アルル

アルル泊
Hotel de la Muette
4 アルル〜ポン・デュ・ガール〜ニーム ニーム泊
Hotel le Majestic
5 ニーム〜カルカソンヌ
〜トゥールーズ〜パリ
  
    

 
 
 
 
 
3日目  
翌朝、朝食を取りにレストランへ行ってテーブルにつくと、ティーカップあるいはコーヒーカップがなく、日本で言えば小鉢くらいの 白いボールがセットされた皿の真ん中にのっていた。

コーヒーカップをもらおうとして、女主人に訊くと、コーヒーはそのボール(カフェオレ・ボウル)で飲むのだといわれ、それならばということで、それで飲みんだ。 

2食つき、3人で合計約900FF。日本では考えられない値段。


 

 

当時のレートで 1フランス・フラン=16円前後。 15,000円程度。

ちなみに 2008年では 3人で ハーフペンション(夕朝つき) 180euro〜214euroとある

1euro=100円なら 18,000円〜
1euro=170円なら 30,600円〜 ということになる・・・
 

アプト〜ゴルド  
アプトの宿を出て、一路、ゴルドへ向かった。天気は余りよくなかった。

ゴルドの丘へ上っていくと、市内に入る直前にゴルドの全体がよく見渡せる場所があり、そこで車を停めて、記念撮影。谷の向こう側に町全体がよく見え、ポスターでみた写真もここからと思われる。

町中を散歩して、教会の中の美術館のようなところも入り口から覗いただけで、やめた。
 

ボリー  
 
それからボリーの村へ。ゴルドの上ってくる道の途中を右折して(ゴルドから下ってくる場合は左折)細い一方通行の道に入る。細い上ノ両側は石そなので、接触しないように注意しながら、運転。数キロ走らせると駐車場があり、ボリーの村の入り口に到着。
 

観光客は2組くらいで、すこし寒々とした感じ。めずらしい所なのですが、娘にはつまらなかったようだ。 
 
 

シャトーヌフ・デュ・パープ  
 
その後はルシヨンに行きたかったが、時間がなくなりそうなのでやめて、シャトーヌフ・デュ・パープに行くことにした。

ここはプロヴァンスでは有名なワインの産地だ。村の中を適当に走って、適当なワイナリーを探し、いつもの通り、試飲。そのなかで味が良く、手ごろな値段のものを1本買った。

これはパリに帰ってから飲むつもりだったが、そのまま日本に持ち帰って今もわが家のワイン置き場にある。ここのワインは時間が経ったほうがおいしいと言われているが、いつになったらあけるのでしょう?
 
 

アヴィニョン
次の目的地はアヴィニョン。法皇城と有名なベネゼ橋に行った。この辺は全くお上りさんだ。

法皇庁は、外側は大きいが中身は希薄で、余りお勧めではない。ここはさっと流して、次はサン・レミ・ド・プロヴァンスから、レ・ボーへ。 


 
 
 
 
サン・レミ・ド・プロヴァンスから レ・ボーへ  
サン・レミ・ド・プロヴァンスは、町並みを見ながら通過。

町をぬけてしばらく南下すると、Glanum  グラヌム遺跡というローマ時代の町の遺跡が現われる。大きな門などが道の側にあり、無料で見られるが、メインは入場料を払ってはいる柵の中。

泉から沸き出た水が流れていくのに沿って町ができている様子がよく分かる。この情報は私が以前に入ったときの情報で、今回は入らなかった。
 

 
目的はレ・ボー・ド・プロヴァンス 。谷あいの道を通り抜けて大きく西に回り、再び谷あいに入ると、レ・ボーの入口だ。私たちが到着したのは15時頃だったので余り混んでいなかったが、村の入り口の駐車場のかなり前から道の両側にバスなどが 駐車している。村の有料駐車場にとめて、坂を上って行く。
 
最後の砦跡の入り口にたどり着く前に、妻と娘は土産屋でひっかかり気味。あとで、あとで、となだめて、砦跡に入場。ここからの景色はとても素晴らしい。さらに砦の最上部に登ると もっとよく見える。ここのポスターもよく見かける。

さて、その帰り道でお約束通り、妻と娘は土産屋覗き。私は町並みを見ながら、のんびりと過ごした。
 
その後は、アルルへ行くだけ、と思っていたが、急きょ、色々な提案があった。その一つはドーテの風車小屋

フォンヴィエイユ  
ミシュランの地図でどこの道に行けばいいかはわかっているが、なかなか見つからない。3度ほど同じ道を行ったり来たりしてやっと見つけたところは、石切り場、あるいはそれに関連した駐車場と思われるところだった。

そこの入り口には何の標識もなく、駐車場の奥の看板に地図が書いてあって、それには載っていた。

車を降りて10分くらい松林の間を登っていき、丘の上に出たところで風車小屋がありました。ああ、これなの、という感じだった。

その次はローマ時代の水道跡でこの辺を走っていると何個所かで見ることができる。もちろん、ポン・デュ・ガールのような大きなところはないが、畑の中に延々と続いている。田舎道に車を止めて、水路に上って昔を偲んだ。 

アルル泊  
18時過ぎにアルルに到着。ホテルは前日泊まったところから電話をかけてもらっていた、Hotel de la Muetteというところで、 一応★3。

トリプルの部屋で、3人朝食付きで 566F(駐車料金込み)。
 
アルルの町中は一方通行と細い道が多いので前回は目的地にたどり着くのに苦労したが、今回は一方通行の様子を覚えていたので、一発でホテルの前に 着いた。
 
早速 フォーラム広場に行ってゴッホのカフェの前で写真撮影。

夕食は、そのカフェの上階にあるレストランに行こうと思ったが、閉まっている。しかたなくホテルに戻り、お勧めのレストランを聞くと、私たちが行こうと思っていたレストランは火事で休業中とのことだった。
 
勧めてもらったレストランに行くと、なかなかしっかりしたレストラン なのだが、客は日本人ばかりでびっくり。3人の家族連れ、中年の現地ツアコンが引き連れた10人くらいの団体、そして私たち3人。

私たちが日本人の多さに驚いていると、そのレストランの奥さんも笑っていた。
 
その名前はクレジットの伝票からTelle Jean Claudと読める。いつものとおり、ムニュのなかから適当に選んで、ワインを1本飲んで435F。内容もよかった。 



 
 
 

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